元お嬢様とキモオタ幽霊、希望の未来へDraw Go!(中)
『カードゲームで、拙者の最強を証明したい。ということなんですな!』
「はぁ?女の人に振られて死んだ無念ではなかったのですの…?」
『霊体になって肉欲から解き放たれ、ようやく己の本心に気付いたのでござる。拙者もっと強く、最強になりたかったと…。』
…。…もはや何も言うまい。麗華は諦めの境地で続きを促した。
「しかしどうやると言うんですの?貴方はもう死んでますわ。」
『拙者の代わりに、麗華殿がプレイするのですな!名声は必要ない故!自己満足で十分でござるよ。』
「私は無能者ですのよ?」
『それくらい、問題ないで御座る。拙者の時代にはギフトなどといったものは無かった故。多少のハンデぐらい甘んじて受け入れるで御座る。』
なるほど、それなら協力するのも不可能ではない。落としどころ、といったところだろうか。
しかし、と麗華は思いなおす。自分は死ぬつもりだったのだ。こんな変な幽霊の戯言を聞き入れる理由がどこにあるというのだろう。
それに300年前のトッププレイヤーというのも眉唾ものだ。仮に事実だとして、その実力が現在果たして通用するのか?
そこまで考えた麗華は、
「なるほど、お話は分かりましたわ。ですが、どうも私では力になれそうにありません。それではごきげんよう。」
『…。やはり受け入れがたいことでござるよな…。此度は拙者もあきらめるでござるよ。』
倉之助を見なかったことにして帰路を急いだ。
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帰り道、麗華ははしたなく怒鳴っていた。
「どうして付いてくるんですの!?諦めたのではなかったんですの!?」
というのも、倉之助が諦め悪く付きまとっているからである。
対して、倉之助は困惑顔であった。
『いやあ、拙者も何分初めての事で困惑してるのですが……』
彼は意を決して話した。
『どうやら、麗華殿に憑りついてしまったみたいみたいでござる……。』
「嘘でしょう……!?」
『……。てへっ☆!』
麗華は生まれて初めて男性のウィンクに殺意を覚えた。
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中年男性の霊に憑かれる…?
もしかしてこれから自殺した時、自分の最後はこの語尾の怪しい変なオッサンに看取られなければならないのか…?
その未来図は麗華にとって、ベッドが固いことよりも遥かに受け入れられない事態だった。
「冗談じゃないわ!何とかならないの!?」
『うう……。拙者に言われましても……。拙者も何とかしようとはして居るのですが……。』
「使えないわね!」
麗華は久しぶりに怒っていた。実家にいたころはイジメられるばかりであったため、怒るのも久々であった。
『麗華殿はこれからどうするつもりでござるか?』
「決まってるじゃない!神社に行ってお祓いしてもらうのよ!」
『そんな殺生な!麗華殿!?麗華殿ぉぉぉぉぉぉ!?』
はやく帰って、この近くの神社の場所を調べなければならない。
そう思って家の前まで帰ってくる。
呼び鈴を鳴らそうとしたその時。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」
私を預かってくれる事になったおじさんの、悲痛な叫びが木霊した。
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「おじさん!どうしたんですか!?」
麗華は慌てて家の中に入った。目に飛び込んできたのは、おじさんとスキンヘッドにサングラス、着崩したスーツと如何にも堅気ではない風貌の男。そんな二人が、カードで決闘をしている様子だった。
「れ、麗華ちゃん…。帰ってきたんだね」
「ほぉ、これが例の娘さんでっか。偉い別嬪さんですなあ!」
おどおどとした様子のおじさんとは対照的にスキンヘッドの男は上機嫌だった。
「麗華ちゃん、おじさんは達は少し話があるから、部屋に戻ってるといいよ……。」
「ええやないですかい、その子にも見せてあげたら?オジサンが、決闘で負けるところをねぇ!ギャハハハ!」
盤面は既に終盤。おじさんライフは残り僅かで手札もない、場にはパワー3000ポイントのユニット〈ランサー〉が一体のみ。対して対戦相手の場にはパワー5000のミニオン〈グレート・ベア〉2体が並んでいる。
「いやあ、これ攻撃しちまったらまたワイが勝ってしまいますなぁ!あ、まだわかりませんかな!そちらにはギフトが残っていましたな!失敬失敬。」
「う…うう…。」苦しそうな表情のおじさん。
「ハハハ、どうなる事やら。〈グレート・ベア〉でアタックだ!」
「頼む…!ギフト"活力”使用、〈ランサー〉のパワーを3000ポイントアップして、〈グレート・ベア〉をブロックする!」
「あちゃー、これで〈グレート・ベア〉は戦闘で負けてしまいますなあ…。どないしましょ?
……なんてなァ!そんなバレバレの仕掛けにかかる訳ないだろうが!手札から魔法〈コンバット・アシスト〉!これで〈グレート・ベア〉のパワーは2000上がり、この戦闘でライフに貫通ダメージを与えるようになる!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「さらに、〈グレート・ベア〉の効果でっせ!このモンスターが戦闘で勝利した時、カードを一枚手札に加える。まいどまいど!」
そこで行われていたのは酷く凄惨な蹂躙劇であった。潤沢な手札と盤面を築くスキンヘッドが、手札も盤面も壊滅しているおじさんを一方的に攻撃している。
「ひ、ひどいですわ……。」
『戦闘によってアドバンテージを得るユニットを主体に、コンバットトリックでアシストするコンセプトデッキでござるか……。ユニット中心のデッキだとその物量と制圧力に苦労する事になるでござるよ……。』
「これで終わりや!あんさんの負け。決闘の取り決めに従って、この家の財産はすべてうちらのもんですわ!」
「あ…あぁ……」
おじさんは絶望しきった顔で崩れ落ちた。
麗華は慌てて問い詰める。
「ちょ、ちょっとどういうことですの!財産は全てって、そんな横暴!」
「おや、お嬢さん知りませんの?ここいら一帯は、うちらのもんなんスわ。祖父の代に一つ決闘がありましてね。それ以来、ここら一帯の村人は借金返すまでウチの一族に絶対服従。まあ返せるまで何代かかるやら分かりませんがね。決闘なんてモンつくってくれた神様には感謝感激雨あられってかんじですわ!」
決闘、それは神が定めたと言われる神聖な戦い。その勝敗によって決まった取り決めは何人たりともたがえることは出来ない。現代社会が、カードゲームによって動かされている最たる要因であった。
「でも決闘にも抜け道があるんやな。決闘の取り決めは、決闘で上書きしてしまえばいい。だから、そのおっさんは借金の減額を求めてワイに挑んできたんや。身の程知らずになぁ!そしてこれから行われる財産没収はベットされた勝者の正当な権利、ちゅうわけや。ガハハ!でも、ワイも鬼やない家までは取らへんて。それともオッサンまだやりますかい?そうやなぁ、次はそこのお嬢ちゃん賭けてってのうはどうです?」
「もう、いいだろう…。私が身の程知らずだったんだ…。さっさと金目のものを持ってかえってくれ…。」
「ほな、おおきに!」
そうして、スキンヘッドの男は家を物色しはじめた。
「麗華ちゃん、ごめんな…。しばらく、柔らかいベッドにしてやることは出来ないみたいだ…。」
そう語るおじさんの顔を見ていられなくて、麗華は与えられた部屋へと逃げだした。
♦
「私、少し怒ってますわ」
麗華は弱者だった。だから知っている。強者に理不尽に弱者を蹂躙する。受け入れるしかない。麗華はそれを知っていた。
おじさんは弱者だった。だから当然だ。北条家で生きた15年の歳月がその蹂躙を肯定する。最初から挑まなければよかったのだ。身の程を知る。それが当然であるべき姿なのだ。
でも、
――――しばらく、柔らかいベッドにしてやることは出来ないみたいだ…。
もしかすると、この決闘は私の為を思って行われたのではないか。そんな下らないと思える可能性、その想像が麗華の頭をつかんで離さなかった。
『拙者もですな……。拙者の時代は決闘など無く、だれもかれもがカードを楽しんでいたで御座る。カードで他人の尊厳を踏みにじるなど……!』
そう、可能性。
普段なら泣き寝入りするしかないこの状況。無能者が能力者に勝つことなんてできない。しかも相手は他人から搾取した潤沢な金でデッキを強力にカスタマイズしているだろう。逆立ちしても勝ってっこない。
しかし、今は、ある可能性が麗華の前に浮かんでいた。
「倉之助、と言いましたか。」
一度は死を覚悟したこの身。
『なんでで御座るか?』
「勝てますか?」
『誰に聞いているでござるか?』
ならば、賭けてみるのも悪くない。
『完膚なきまでの勝利を約束するでござるよ!』
キモいだけだっただった中年のウィンクが、不思議と今は頼もしくみえた。