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〜幕間の小話〜

ーー 先輩A(匿名希望)の素朴な疑問。ーー


 俺は、片手にも満たないほど従業員で構成されている小さなレコーディングスタジオで働いている、レコーディングエンジニアだ。

 これぐらいの小規模だと、仕事の依頼自体が少なかったり、個人の安い案件ばかりになることが多いのだが……なぜか、なかなかの企業との仕事がある。詳しくは知らない(あえて聞いていない)が、社長と言うか、オーナーにはコネクションがあるようだ。

 まぁ、でも、その企業の名を出せば「聞いたことがある……」なんて案件のおかげで、この仕事に理解がなかった親は喜んでいる。


 そんな、簡単には語ることが難しいうちのスタジオには、社長だけでなく、ちょっと変わったエンジニアがいる。年齢は俺と同い年か、ちょい年上の女。多業種からの転職だから、年功序列がない先輩後輩はよくあることだ。言い方が悪いがパッと見、暗く地味な外見。なのに、口を開くと、明るく、社長にも遠慮なくツッコミを入れる、かなりの大物だ。

 その後輩について、ある変わった噂を耳にしたのは偶然だった。


ーー人の声を食べ物に例えるエンジニアがいる。それが、なかなか的を射ているから面白い。


 なんて、噂だった。

 そうなると、片手にも満たない小規模なスタジオだ。おのずと、噂の元を知るのは簡単なことだった。

 確かに、彼女の言動や仕事ぶりを見ていると、噂は本当のようだった。


「いただきまーす!」


 そこで、俺には素朴な疑問が生まれた。

 彼女はどこからどうやって、その感性の引き出しが生まれたのだろうか。と。前職はコンビニのバイトで、ただ、趣味がオタクだったから、機材に多少詳しいと言っていたけれど。


「……おいしそうに食べるね」


 社内の決まった昼休み時間。

 電話は留守電に切り替わり、慌てずにゆっくりゴハンが食べれるようになっている。電話を気にせず、各々、自由に過ごせる時間。

 俺は思いきって、彼女に話しかけることにした。もちろん、普段からちょこちょこと雑談はしているが、プライベートに近い話題は、お互い話したことがない。


「はぁ……美味しいですから?」


 珍しく俺が話しかけたことに驚いたのか、それとも、そんな風に言われると思っていなかったのか、彼女は口の中に入っていたものをゴクリと飲み込むと、不思議そうに言葉を返してきた。

 まぁ、最低限の雑談しかしない先輩から声をかけられたらそうなるかもしれない。と思いつつも、彼女の机を見ると、机の上にはいくつものコッペパンが並んでていた。


「・・・これ、全部食べるの?」

「はい。一応、そのつもりです」


 俺の目には全て、同じコッペパンにしか見ないが……マジ?

 人の好みにあれこれ言うつもりはない……それに、もしかしたら俺が気づかないだけで違うパンなのかもしれない。

 だがしかし、俺が言うのもなんだが、若い時からこんな食生活は健康に不安が募る。この世界ぎょうかいは不摂生で亡くなる人も多い。念には念をで、恐る恐る聞いてみることにした。


「まさかだけど、全部、同じ、じゃないよね……?」


 そんな俺の様子が面白かったらしく、口を大きく開けて彼女は笑った。


「あはは。まさか。確かにこれ、見た目は同じコッペパンなんですけど……今、食べているのは、焼きそばパン。で、これが、たまごパン。で、これが、ウィンナーパン。で、最後にデザートの、いちごクリームパンです」


 楽しげに説明されたが、正直、理解できない。いろんな意味で。

 一応、先輩として、味は違えど、栄養のバランスが悪いと思うこの食生活をあとでオーナーに相談しようと、静かに決意した。

 そこまで脳内が到達して、ふと気づいた。

 彼女が声を食べ物に例えるのは、この、食べることからではないか。

 そうなってくると、全てに合点が行く。

 ウンウンと一人で納得していると、彼女から不思議そうな声が再びかかった。


「先輩、今日はどうしたんですか?」

「あ、いや。なんでもないよ」


 さすがに”彼女の生態が気になっていて、その上、今、自己解決したから大丈夫”なんて言えるわけもなく、笑顔でごまかした。


「はぁ……?」


 彼女はレンズ越しに目を瞬かせると、不思議そうに返事をした。

 その姿が面白くて、気づけば、噂を口にしていた。


「ーーそう言えば、声を食べ物に例えるって聞いたけど、面白いよね」

「へ。え。ええぇーー!! 先輩の耳まで入ってるんですかー!?」


 俺が知っていると思っていなかったらしく、椅子をガタガタを揺らして、激しく後ろの棚にぶつかった。同時に、とても鈍い音が聞こえた。


「だ、大丈夫か?」

「はっはい……」


 耳まで真っ赤にしたかと思えば、ブツブツと何かを口走ったり、百面相をし出したのが、あまりにも可哀想だったので、フォローを入れることにした。


「でも、悪いことじゃないと思うから、気にしなくていいと思うよ」

「あーまぁ、そう、ですよね。前向き、前向きに……はは」


 フォローじゃないようなフォローだが、これは致し方がない。特殊すぎる案件だ。

 彼女もそのことを感覚的に察しているのか、かわいた笑いを発していた。


「でも、それだけ美味しそうに食べるってことは、食べ物が好きだから、そう言う表現しちゃうんだろう?」


 彼女のクセが悪いものではないと言うつもりで、発した言葉だったが、思いの外、彼女はその言葉に食いついてきた。


「あ、あのっ! 私、食い意地なんて張ってませんから!」

「おっおう……」

「確かに食べ物って美味しくて、満たされますよ!? でも、それには限界ってモノがあって……」


 ・・・それは食い意地というモノではないだろうか?

 という疑問は、心の中にとどめておいた。

 彼女は俺の返事なんてなくても、どんどんヒートアップしていく。


「でも、音は制限なく食べれるんですよ! ハッピーな気分だけがどんどん蓄積されていって、そこには限界なんてないんですよっ! すっごい、素敵だなって思いませんか!?」


 そう、瞳を輝かせる彼女は、仕事を楽しんでいることがよく分かった。

 そう言えば、俺、仕事が楽しいって思ったの、あったっけ。最近っていうか、ここ数ヶ月、思い出せる記憶が全然、ない。


「・・・」


 彼女を言葉をきっかけに、揺り起こされる想い。

 

「はっ! あ、あぁぁのっアツくるしくてすみません。てか、引いてますよね。いや、引いていいただいて結構なんですけど、その、あの、オーナーだけには黙っていてくださいっ!!」


 なんの言葉を発せずにいた俺をなんと思ったのか、彼女は慌てて、口止めをしてきた。

 まぁ、オーナーは腐ってもオーナーだ。下につくものとして、変に取られてしまうような……弱みはなかったことにすることが一番である。それは彼女だけでなく、俺自身にも言えること。


「いや、引いてるとかじゃないけど。このことは言わないよ」


 そう言うと、彼女は安心したように、ホッと息をついた。

 そして、乱れたデスクを整えて、食事を再開した。


 彼女の感性は、やはり、食事から来るものだと、俺自身も心の中で疑問が解けたので、買ってきていたカップラーメンにお湯を注ぐべく、給湯室へと向かった。

先輩の食生活もなかなかにアンバランスな気がします。

そして、謎多き(?)のオーナーは後々、登場します!

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