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マネージャー上坂さんの場合

『ー…新しいプロジェクトはじまります。あなたの想いをカタチにしませんか?』


 プロモーション映像を想定したナレーション。どこか落ち着きがない。

 ナレーション、プロモーションもそうだが、CMなどしゃく(時間)が決まっているので、時間内に収めてかつ、情報を正確に届けなければいけない。これはナレーションだけでなく、アニメや吹き替え映画などもそうだが、決まった長さに合わせて収録をしなければいけない。もちろん、大抵の原稿は尺の長さを考えて作られているが、セリフとナレーションの感覚は似て非なるもので、慣れていないと、つい早くなってしまい、こんな風に落ち着きなく聞こえてしまうのだ。


「うーん。この言葉、もう少しを入れてみたらどうかな?

 あとは、言葉のメリハリをもっと意識しないと単調になりかけているわよ」

『間、ですか。あと、メリハリ……』


 演者とはその場で演技指示されたものに対応できるちからも試される。

 新人声優ではあるけど、そこは甘くはない。


「私も考えてみるけど、つかさくんも考えてみて」

『はい、ちょっと考えてみますね!』


 ブースとの会話を一度、切って、原稿を読み直す。間や単調という指摘は、基本的な技術でもある。

 間は相手に何か言われて考えている”間”、簡単に言えば、空白の時間だ。他にもいろんな意味がある、言葉を強調するために”間”を開けたり、相手との会話をしている時の短い”間”だったり、”間”というのは、目に見えないゆえ、感覚がものを言う。

 そして、”単調”というのは、簡単に言えば、”棒読み”という言葉がわかりやすく、そして、声優にとっては、致命的な指摘でもある。淡々と表現する、というのは、単調ではない。簡単にできそうで、微妙なニュアンスで表現をしなければならないので、意外と難しいのだ。新人声優の陥りがちなナレーション。ゆったりと読むものほど、どうしても穏やかに、波がなくなると、ただの平坦なものになってしまい、聞いている人の集中力が散漫になり、印象に残らない。それでは意味がないのだ。

 ナレーションは本当に難しい。

 かと言って、ナレーションを頭で理解していても、それを言語化するのは難しい。

 でも、もう少し、具体的なアドバイスができないものかと、頭をひねっていると独特の音を立てながら防音扉が開く。


「お疲れ様です」


 静かに、でも芯のある声には聞き覚えがあった。


「あ、上坂こうさかさん、お疲れ様です! まだ収録終わってなくて……すみません」

「あぁ、いいんですよ。また、うちのつかさが無茶なおねだりしたんでしょうから」


 そこにはスーツ姿の上坂さんの姿があった。つかさくんのマネージャーさんだ。


「いえっ。私の技術が至らなくて」

「いいんですよ。カナデさんの仕事は丁寧かつ細やかで我々事務所としても、とても助かっています」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 顔見知りになってくると喋りが砕けてしまうゆるい業界にしては珍しく、スーツにメガネをした上坂さんはいつも礼儀正しく堅い姿勢を崩さない。

 そのため、一見、冷たい印象を受けがちだが、こんな風に、きちんと仕事をすれば評価をし、言葉にしてもらえる。信頼してもらっていると自信になる。

 こうして、こんなスタッフの端くれの私にも気が使えるのはすごい。刻々と変わる業務の中、意外と抜けてしまう気遣い。だからこそ、上坂さんの現場スタッフの評価も高いとよく耳にする。


ーーー私にも、上坂さんみたいなマネージャーさんがいたら……


「カナデさん?」

「あ、すみません。考え込んでしまいました」

「いえいえ。全く、つかさも困ったものですね。身の丈に合わないこんな難しいナレーション原稿に挑戦するなんて」


 デスクの上に広げてあった原稿を手に取った上坂さんは目元を細める。

 一見、辛辣な言葉ではあるけれど、それはマネージャーとして冷静な判断だ。マネージャー歴はそんなに長くないと聞いている。年齢は同じくらいだったはず。

 もちろん、現場で培ってきたものもあるけれど、原稿を読んで瞬時に判断することはそう簡単なことではないし、自社の声優を思い、レベルも把握しているからこそ言える言葉である。

 それが正しいことだとも分かっているけれど、私はーー。


「……確かに、今のレベルでは厳しいかもしれませんが、つかさくんの今後の可能性も含めて、私は良い原稿を選んだと思いましたよ」


 もし、可能性が見えるなら挑戦させて上げたい。

 それが今後の成長につながるかもしれない、と思っているから。


「そうですね」

 私の言葉に、目元を緩めたのは一瞬だった。

「ですが、練習不足のようですね。これではダメです。現場のスタッフさんに迷惑をかけてしまうような声優は現場に出せません」


 続いた言葉は、厳しく、そして正しい。


 芸能はエンターテイメントであり、ビジネスだ。どれだけ上坂さんが頑張って現場を円滑になるようにしたところで、声優本人が空気をぶち壊して良いワケがない。

 そして、現状、私の腕も足らないこともあって、こうして予定時間を過ぎているのも現実だ。もっと私の腕が良かったら、つかさくんを早く導けたのかもしれない。自分の力不足も同時に痛感する。

 

「そう、ですよね……」


 上坂さんの冷静な判断はビジネスとして正しいのは頭では理解している。

 それでも、言葉を受け止めるながらも気分も沈んでしまう。私はあまり冷静すぎる厳しすぎる現実が……嫌いだ。

 今は仕事中。暗い雰囲気になったままの状態でいられない。切り替えなければ、と思っていたら……意外にもその空気を壊したのは上坂さんだった。


「ふっ。カナデさんは優しいですね。

 でも、あまりへこませすぎるのも良くないと、社長から注意されてしまうので、そう言った考えを聞くとハッとさせられます」


 貴重すぎる上坂の微笑みに驚いて、一拍、間が開いてしまった。

 見惚れてた……なんてことじゃなくて、珍しくて驚いただけと、ワケのわからないフォローをしながら、慌てて言葉を重ねる。

 急浮上する心。さっきまで落ち込んでいたクセにと思いながらも、なんて自分の心は単純なのだろう。


「そんな! あ、甘過ぎてしまうところがあるのは分かっているのですけれど……上坂さんのよう律することができればって……」

「ふふっ。隣の芝生は青い、ですね。お互いにお互いになりたいと思ってるなんて、私たちは飴と鞭みたいな離れることができない存在……それにメガネ仲間同士、気が合うのかもしれませんね」


 貴重な微笑みが続いてしまい、うまい返しが思いつかず、口をパクパク動かすことしかできない。

 ……今日はご機嫌なの、かな?


「そ、そう言ってもらえると嬉しいです。精進します」


 なんとか、音にして言葉を返す。なんだか恥ずかしくなって、頬が熱い。

 顔赤くなってる? 恥ずかしくて聞けないけど。


「あぁ、そういえば、カナデさんは人の声を食べ物によく例えると伺いました。

 ……私の声は、例えるとなにになりますか?」


 最近、よく言われるようになって自覚したが、私のクセらしい、度々、くちにしていたその表現。


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