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 何事にも一生懸命に頑張る、まつりちゃんが眩しく輝いてみえる。その明かりがどこか温かくて、ふっと力が抜けると、自然と頬が緩んでいくのを感じた。



「……カナデさんって、そーゆう真面目にタラシっぽいところありますよねぇ」

「え? 何、真面目にタラシって……新しいわね」


 突然、まつりちゃんから出た言葉に思わず、前のめりに食いついてしまう。

 まつりちゃんはそんな私の行動が面白かったのか、クスクスを声を漏らしながら、人差し指を突き出して、指したのは……目の前。


「え?」 

「カナデさんのことですってばぁー」

「は、わた、私のことっ!?」


 すっとんきょんな声が出てしまって、勝手に羞恥に悶える。「というか、すっとんきょんって言葉、久しぶりに使った」なんて、自分で自分にツッコミを入れて、なんとか冷静さを取り戻そうとうするが、いろいろと脳内が混乱している。

 ほんと、たまに若い子の言うことがわからない。

 日々、言葉が進化している。

 その時代に順応したり、知識がないとコミュニケーションが取れないので、こう言った会話も大事なので、つい、聴きなれない言葉わーどを聞くと、つい、前のめりの体制になってしまうのは、この職業のクセというか、なんなのか。

 とりあえず、あとでネットで調べようと、メモ帳に走り書きをする。


「はぁ。でも、事務所も急に声優なんて……フツーにアニメとか見てたけど、実際、こーんなにも大変だったなんてぇ……」


 収録から解放されたマツリは、気が抜けたのか、疲れたような困ったような表情を浮かべなから不安を吐露した。

 その気持ちは、胸に走る小さな痛みとともに同調してしまう部分がある。


「そうね……だけど、今はできるならなんでも仕事をしないといけない時代だからね」


 すべてを同調することができないのは、私が大人になったからなのか、はわからない。

 けれど、まつりちゃんには悲観的になりすぎてほしくない。少しでも安心してほしくて、うまく笑えていない表情筋を、精一杯動かして、穏やかな笑顔にすることが私のいる大人としての立ち位置だと、奮い立たせる。

 それに、マツリの事務所は小さいけれど、所属しているタレントの売り方戦略をキチンと考えているようで、依頼された仕事をなんでもかんでも請けるのでなく、こうしてボイスサンプルを収録しながら、現場に送り出しても問題がないようにできる教育はキチンと行なっている。十分、良心的なほうだ。


「はいー……。お仕事があるだけでも恵まれてるってわかってるんですけどぉ」


 彼女はまだ十代、頭でなんとなく理解できても、納得して消化するまでの時間は短くない。


「でも、ちゃんとこの前言ったことを復習してきて、ほんと、マツリちゃんこそ真面目で、その上、努力家よ」


 この言葉は、嘘偽りのない、真実の言葉。まつりちゃんには自信をもって欲しい。

 そんな想いをこめて軽く肩を叩くと、まつりちゃんは、嬉しそうに笑ったあと、再び、困ったように眉を下げた。


「そんな風に褒めてくれるのは、カナデさんだけですよぉ。・・・みんな真剣に聞いてくれないっていうか、ふざけてるーなんて勘違いされちゃうんですもん……」


 マツリの個性の一つは見た目も去ることながら、その特徴的な声。

 特徴があることは印象がつきやすい一方で、悪い面もある。諸刃の剣だ。



「……まぁ、この前も言ったけど。まつりちゃんの声はかき氷みたいで、急に食べるとキーンとして驚く感覚に近いのよね。特徴がある反面一本調子に聞こえてしまう声質なの」


 欠点とも言うべきことを指摘すると、まつりちゃんの眉はますます下がる。


「でもね。とっても素敵な声で、繊細な表現もできるし、努力だってする。一本調子とは違う、自然な喋りの感覚をつかむまでのレベルになるまで大変だったはずよ?

 それに、こんな風に落ち着いて喋れば、また違った魅力もあって、”やっぱりかき氷食べたい!”って思わせる。だから自信をもって!」


 いろいろ、大人として……と思っていても、付き合いが長くなればなるほど、その人を知れば知るほど、思い入れは強くなってしまうもので。

 なんと言っても、可愛いくて真面目な子は”私の好みどストライク”なので話していて、純粋に楽しくて、そして応援したくなる。励ましたくて言葉を重ねると、一瞬、目を見開いたあと、くしゃりと笑顔をなった。


「ふふっ。カナデさんってけっこー面白いですよね?

 前々から思ってたんですけどぉ。ふふっかき氷って……ありがとうございますぅ」


 いつもの眩しいほどの強さではない、でも静かに夜を照らす月明かりのような、静かで甘やかな笑顔に胸を打たれながらも浸りきれずにいる。気になる、いや、引っかかる言葉があった。


「お、面白い?」

「はいー。サクッと、核心突かれてイタイーってなるんですよぉ」


 ついつい指摘というかディレクションが熱くなってしまう時もあって嫌がられてしまうこともある。


「……でも、すごくわかりやすく説明してあげよう、どうにか良くしてあげようって、カナデさん思ってくれてるってなって……だから、頑張ろうってなれたんですぅ」


 けれど、まつりちゃんにとっては、それだけじゃないことを感じてもらえている。

 そのことが、じんわりと暖かいスープのように、胸の内に温かさが染み渡っていく。


「……私も、まつりちゃんにそう言ってもらえて嬉しい。

 食い意地はってるから、そんな表現するんだーって言われるちゃうのよねー。

 でも、その方が楽しいでしょ? それに、素敵な声は私の耳にとっては美味しい音だもの」

「はいっ! 私も楽しいほーが好きです! カナデさんに激しく同意ですぅー」


 両手を上げて、同意を表すまつりはキラキラとした輝きを発していて眩しい。

 これが……私になかったものなのかもしれない。


 静かに影を落としていく。


「あ、もう、こんな時間だ! 事務所に顔出す予定だった!」


 今気になっていること、今後のことなどの相談から、今、若い子に流行っていることに雑談に花が咲き誇って、花畑ができた頃。まつりちゃんは壁にかけてある時計をみて大きな声をあげた。


「そうなの!? 時間大丈夫?」

「はい〜。カナデさんとこんな風にしゃべっちゃうかなーって。いちおう、多めに時間組んでたんで、大丈夫ですっ」

「ほんと、意外としっかり者よね。データはいつもどおり事務所に送るけど、マツリちゃんにも送るから。順番とか変更とか何かあったら、連絡頂戴ね」

「はーい! じゃあ、お疲れ様でしたぁー」


 シュパっと、敬礼のようなポーズをとったまつりちゃんは足音を立てながら慌ただしく部屋を出ていく。

 その後ろ姿を見送りながら、少しだけ、過去を振り返って、暗い気持ちになってしまう。


「はぁ」


 気持ちを切り替えるように勢いよく、そして、大きく息を吐き出す。

 こうして表舞台を支える裏方業をしている私は……この職業を選んだのは……諦めの悪さを表しているようで、そんな自分がちょっとだけ嫌にも思う。

 でも、あの経験があったからこそ、私はこうしてアドバイスをすることもできる。


「さーて。あと一踏ん張り、作業しなくっちゃね」


 デスク作業で凝り固まった肩を動かす。

 首をコキコキと鳴らして、ずれたメガネを戻す。


「うん」


 なんとも言えないジレンマを感じながら、今日も私は仕事をする。


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