TS転生百合男子、百合ることに悩む
<起>
僕は鈴木優。○×高校に通う、17歳の女子高生。背は高すぎず小さすぎず、体重もフツー。髪型はナチュラルショートボブ。胸は……ノーコメントで。こんな、どこにでもいそうな何の変哲もない女の子に見えますが、実は重大な秘密があるのです。
実は僕、転生してるんです。死因はお約束のトラック事故、生前は百合 (花じゃないですよ。女同士の恋愛のアレです)が三度の食事より大好きな、百合男子でした。まあ、行き先はお馴染み異世界じゃなくて現実世界でしたケド。生前の名前は……どうでもいいですよね。それが何の因果か、女の子に生まれ変わってしまいました。
女社会って外から眺めているよりずっとエゲツナイものがありましたが、17年も女やってると女装同様慣れるものですね。月のものは未だに慣れませんけど。
そんな僕ですが、今ひとつの悩みを抱えています。それは……。
「ゆーぽん!」
脳内で自己紹介しながら放課後の学校の廊下を歩いていると、いきなり背後から抱きつかれました。この声と行動は親友のかえちゃんこと、佐藤楓ちゃんのものです。
「かえちゃーん、重い~。体重かけないでー」
かえちゃんの腕をタップしながら苦情を入れます。
「あ、ひっどー! ダイエット中なの知ってて体重のこと言う? んー、ゆーぽんのシャンプーのかほり~、くんくん」
「ちょ、かえちゃん変態みたいだよソレ」
かえちゃんが腕を解いてくれたので、彼女の方に向き直ります。視界に入ったかえちゃんは、背が僕より1センチ高くて、肩甲骨まであるストレートロングが可愛い女の子です。
「ねーねーゆーぽん、一緒に新しくできたクレープの屋台行こうよ。すごいイケてるらしいよ」
「ダイエット中じゃなかったの?」
「ほら、それはそれ。これはこれーってやつ? ああ、誘惑に弱い自分が悲しい……」
かえちゃんがよよよとシナを作ります。今では僕も天下無敵の女子高生なので、甘いものは大好物。
「しょうがないなあ……じゃあ行こう?」
「やったー! ゆーぽん大好き!」
また、がばっと抱きつかれます。実は悩みというのはかえちゃんのことです。こうしてスキンシップ多めでグイグイ来る子ですから、僕も悪い気はしません。ただ、当事者となってみると、同性に慕情を抱いていいのかという悩みが頭をもたげます。また、何より僕はTS百合に否定的なのです。
主義と慕情。この2つの板挟みが、今日も僕を悩ませます。思わず、右のつま先でトントンと床を叩いてしまいます。これ、困ったときの僕の癖です。
<承>
「かえちゃん、話って何?」
ある日の放課後、かえちゃんに学校の屋上へ呼び出されました。周りに人影はなく、初夏の風が吹き抜けていきます。
「んー……。えーっとね」
はて? なんだかもじもじとしていて、いつもとずいぶん様子が違います。
「えーとさ、上手く言えないんだけど、私、ゆーぽんのこと好きでさ」
「うん? 僕もかえちゃん好きだよ?」
僕の言葉に、かえちゃんが天を仰ぎます。
「そーじゃなくって、ゆーぽんのこといいなって思ってるっていうか、その、ぶっちゃけLOVE的な意味で愛してる! ……みたい」
え、えええええええっ!?
かえちゃんは毛先をいじりながらうつむいてしまいます。
なんということでしょう、かえちゃんからのLOVE矢印が自分に向いてしまいました。正直困ってしまいます。僕だってかえちゃんが大好きだけど、改めてLOVEを突きつけられると困惑するというものです。なにより、僕がTS百合の当事者になってしまうなんて……。
かえちゃんの顔が赤いです。これは大マジです。僕も真剣に応えなければいけませんが、ちょっとどころか激しく動揺してしまってるので即答が難しいです。つい、右のつま先でトントンと床を叩いてしまいます。
「……かえちゃん、一日考えさせてもらっていい?」
無言でコクリとうなずく彼女。思わず一日待ってと言ってしまった手前、一日で答えを出さなければいけません。
<転>
その日の夜。すっかり女子高生している内装の自室でかえちゃんへ答えを自問自答しているけれど、答えが出せません。かえちゃんの想いを受け入れるべきか否か。なんて難しい問題なのでしょう。思わずまた、右のつま先でトントンと床を叩いてしまっています。
こういうときは、誰かに相談したい。僕は部屋を出て、隣の部屋のドアをノックしました。
「お姉ちゃん、僕だけど入っていい?」
「はいよー。どーぞ」
今生の僕には、一人の姉がいる。名前を愛といって、今年大学三年生になるとても頼りになるお姉ちゃん。え? 合算したら僕のほうが年上じゃないかって? そうはいうけど、僕は女の子としての人生をやり直すのに忙しくて、結局17歳の女子高生なりの人生経験しか積めませんでした。案外こんなもんです、転生者の人生って。まあ、他の転生者さんと話したことがないので他の人はどうかわからないですけど。
扉を開けて中に入ると、お姉ちゃんが椅子をこちらに向けて座っていた。肩まであるミディアムレイヤーを持つ、スレンダーなメガネ美人。机の上のノートパソコンでレポートを書いていたようです。テーブルの上にビールの缶が3本並んでいます。去年初ビールを体験してからというもの、すっかりハマってしまったとのこと。こんなにビール好きなのにどうやって体型を維持しているのか、僕にも教えてほしいものです。
「ちょっと相談に乗ってほしいことがあって」
お姉ちゃんの対面にちょこんと女の子座りすると、お姉ちゃんがうんうんとうなずいて話を促します。さて、どう切り出したものかな……。
「友達の話なんだけど、その子が親友に告白されちゃってどう答えたらいいか悩んでるんだけど、どうアドバイスしてあげたらいいかな。その子にはどうしても開かせないヒミツがあって、それでも悩んでるんだけど」
ちょっと遠回りした尋ね方をしてみました。
「あー、そういう……。いわゆるドーセーアイだよね? 私個人としてはアリだと思うんだけど」
お姉ちゃんは、何か得心がいった様子で頬に手を当ててうなずいています。見透かされてたりしないよね?
「でも、その子には重いヒミツがあるの! それが引っかかってるんだよ」
まさか、オノレの主義に悩むTS転生元百合男子なんだよとか口が裂けても言えないので、言葉を濁します。
「その秘密ってのがなんだかわからないけど、要はさ」
お姉ちゃんが一旦言葉を切って背伸び。
「お互いが好きかどうかっていうのが、やっぱり一番大事なことだと思うよ。本当に好きならその秘密も受け入れられるんじゃないかな」
残りのビールを飲みながら、明快に答えを出します。そういうものなのかな。
「あとさ、優。相談って人にするときは実は自分ですでに答えが出てるもんだよ、だからガンバレ」
手を伸ばして僕の頭をぽんぽんと叩く。やっぱり自分のことだって見透かされてるよね……。
お姉ちゃんにお礼を述べて、自室に引き上げて宿題を片付けることにしました。明日、ちゃんとかえちゃんに答えないと。
<結>
「ゆーぽん、決めてくれた?」
今日も人気のない放課後の屋上で、再びかえちゃんと向かい合います。なんとも言えない真剣な空気が僕たちの間に張り詰めます。
「かえちゃん、僕ね」
言葉を切り、一拍間を置きます。
「僕、かえちゃんの告白OKするよ」
僕の決心を口に出します。すると、かえちゃんは泣き出してしまいました。ええ、どうしよう!?
「ごめん、かえちゃん! なにか嫌なこと言った?」
思わずおろおろと取り乱してしまいます。
「違うの、嬉しくって……。嬉し涙ってほんとにあるんだね」
ハンカチを取り出してかえちゃんの涙を拭います。こんなにも僕のことを好きだったんだ……。OKしてよかった。
「かえちゃん、こんな僕でよかったらよろしくおねがいします」
「ゆーぽんだからいいんだよ」
なんだか会話になっていないけど、僕も温かい気持ちになってきます。
どちらからともなく手を伸ばして、恋人つなぎ。
僕は、なんてくだらないことにこだわっていたんだろう。性別の垣根を超えた愛が好きなくせに、前世が男だからなんてさまつなことにこだわって。一歩間違ったら、大好きなかえちゃんを傷つけてしまうところでした。
僕の最大のヒミツをかえちゃんに伝えたらびっくりするかな。でも、愛さえあれば大丈夫だよね!