悪役令嬢のファーストダンス
爵位継承の祝宴においては、公爵は大階段の踊り場で足を止め、祝いに集まった人々に感謝の言葉を述べる慣例だ。
むろんアレクセイも足を止め、大広間を群れ集う人々を見渡した。背筋の伸びた長身がいっそう大きく見え、自ら光を放つようなネオンブルーの視線に、人々は気圧されたように静まってゆく。
しんと沈黙が落ちた。
「まずは皆、今日この日に、集まってくれたことに感謝する」
響きの良い、よく通る声が、大広間に広がる。
「私、アレクセイ・ユールノヴァは、ユールノヴァ公爵位を継承した。若輩の身ではあるが、このユールノヴァ領の安定と発展のため、身命を賭して取り組み、戦ってゆくつもりだ」
会場の一部の者共を見据えて、一瞬、瞳の光がいっそう強くなった。
だがすぐに、冷静な、冷徹な色に戻る。
「……皆も私と共に、励んでくれることを期待する。
そして、皆に紹介する。私と共に、ユールノヴァを受け継いでくれる者を」
傍らへ目を向けた、アレクセイの表情が一変した。優しく微笑んで、エカテリーナの手を取る。
「我が妹、エカテリーナ・ユールノヴァ。長らく母と共に静養していたため、皆の前に出るのはこれが初めてになる」
アレクセイがエカテリーナの手を掲げた。
エカテリーナが微笑むと、わあっ、と大広間から歓声があがる。
「聡明なこの妹は、これから私の支えとなり、ユールノヴァの統治を助けてくれるだろう。ユールノヴァに連なる者すべて、エカテリーナにふさわしい敬意を払うように」
アレクセイの言葉に、御意!という声がいっせいに上がり、大広間は再び拍手に包まれた。
――さすがお兄様。
簡潔にして的確、そしてシスコンなお言葉です。
この感じ、魔法学園の入学式を思い出すなあ。あの時も、視線ひとつで全校生徒を静まりかえらせてたし。
あの時は私は聞く側だったけど、こうして隣に立って皆さんの反応を見ると、あらためてお兄様はすごいと思います。この広々とした大広間を埋めるほどの人数を前にして、まったく臆することがない。それどころか、皆のほうが、お兄様の気迫に圧されてますよ。
そして、お兄様と同じ場所に立ってみて、初めて知った。こうして群衆と向き合っていると、人々の感情がなんとなく伝わってくるものだということ。たくさんの顔に浮かぶ表情はみな笑顔でも、お兄様の言葉に応じてひりつくような緊張がこちらまでまつわりついてきたり、それぞれの期待や欲望みたいなものが立ちのぼるように感じたり、するものだということ。
お兄様は、公爵を継ぐ者として生まれた。
いずれこの場所に立つことを運命付けられ、そうあるべく生きてきた。
私は、ここに立つことがこれほど孤独なことだと、少しもわかっていなかった。
私という妹が現れたことで、お兄様は一人ではなくなったんだ。こうして手を取り合って立つ者がいる、それがお兄様にとってとても大きなことなのだと、やっとわかった気がする。
あらためて、約束しますよ。
私はお兄様の手を離しません。
まだまだ前世でアラサー社畜だった記憶は根強くて、こんな所で何やってんだ自分、と思う気持ちも消えないんですけど。
お兄様はその若さですでに立派な統治者で、私がどれくらい役に立てるかわかりませんけど。
お兄様を支えるために精一杯力を尽くします。
だって私はブラコンですから!
エカテリーナは兄の手を握る。
アレクセイは妹を見て微笑み、その手を握り返して囁いた。
「練習の成果を見せる時が来たよ、エカテリーナ」
きゃーっ!
誓ったそばからなんですが、めっちゃ逃げたい。
この人数からの注目を浴びながら、二人でこの祝宴のファーストダンスを踊らなければならないという!一番身分の高い者が最初に踊るなんてルール、誰が決めたんだ出て来いやー!
という内心をおくびにも出さず、エカテリーナは微笑んだ。
「お兄様と踊ることができて、嬉しゅうございますわ」
体調を崩してしまい、短くてすみません。