遭遇
「エカテリーナ」
入学式を終えて学舎に移動しているところへ、アレクセイがやってきた。
「お兄様!」
嬉々としてエカテリーナは兄に駆け寄る。
「お兄様、先程のご挨拶、ご立派でしたわ」
「ん?ああ。急な代役だったんだ、大したことは言っていない」
やっぱり代役でビンゴか。しっかしこともなげにおっしゃいますな。
「私より、皇子殿下のことが気になったのではないか?」
「え?」
「私の後に、ミハイル殿下のお言葉があっただろう。どう思った」
え〜ええええ?
なんで皇子?やべえ話の間ずーっと変なこと考えてたのがバレた?
「あ……殿下ですわね。そう、その、ご立派なお言葉で……」
いかん、我ながら明らかにキョドっとる。
ここは正直に言っておこう。お兄様なら怒らないよね。
「その……あまり、印象に……残っておりません、の……」
「……」
あ、間が。
呆れられたんだろうなー。でもでも皇子よりお兄様の方が素敵だったから!しゃーないもん!
「あの、それよりお兄様!ひとつお尋ねして宜しゅうございまして?」
「あ、ああ、もちろん」
「お兄様は、どこかのご令嬢と婚約していらっしゃいますの⁉︎」
「……は?」
いやお兄様キョトンとしないで。
「いえ、わたくしが口出しすることではないとわかっておりますわ。
でもこれだけは申し上げます、わたくしお兄様の奥様になる方がどんな方でも、決して意地悪なんていたしません!たとえ女同士の確執が生まれようと、お兄様を困らせるようなことはしないとお約束いたしますわ!」
『嫁いびりダメ絶対!』
いつも心にこの標語!
思わず握りこぶしで力説するエカテリーナであった。
「確執……」
呟いて、アレクセイは笑い出す。
……レアだわ、お兄様が声出して笑ってるの初めて見たわー。大人っぽさが薄れてかわいい。
けど笑ってる場合じゃないです。嫁姑問題はたぶん女の根源的な問題ですよー。嫁にも姑にもなったことないけど。
ちょっと向こうで、学舎に向かっていた在校生たちが、呆然とアレクセイを見ているのがちらりと目に入った。
「わ、私はまだ婚約していない」
片眼鏡を外して涙を拭いながら、アレクセイが答える。
「卒業してから検討することになっている。公爵領の仕事と学業を両立しているうちは、それどころではないからね。
それに、私が結婚するのは、お前をしかるべき家に嫁がせてからだ。だから、確執などと心配する必要は全くない」
婚約してないのかー。とりあえずほっとしたわ。
そして片眼鏡を外したお兄様、さらにかわいいわ。
「わたくし、お嫁に行くのはお兄様のお幸せを見届けてからにしとうございますわ」
「それではお互い結婚できないな。ずっと一緒にいることになる」
「まあ素敵!わたくしそれが一番幸せですわ」
だってお兄様はイチ推しだからね!
「子供だな、お前は」
苦笑つつ、アレクセイは嬉しそうだ。
「もう少し大人になって、好きな相手ができたら言いなさい。お前を幸せにできる男であれば、望みの通りにしてあげよう」
ありがとう、お兄様。
実はあなたより十一歳も年上のアラサー成分入っててごめんなさい。
攻略対象じゃないお兄様が好きすぎて、ちょこっと出てくるだけの場面を見るために寸暇を惜しんで乙女ゲームをプレイしたあげく死んだアホなので、ずっと一緒にいてしまう可能性大です。
いつかあなたの過労死フラグを折るためにも、側から離れないつもりですから!
アレクセイと別れ、エカテリーナは新入生の学舎へ急ぐ。
すっかり遅れてしまった。もうほとんどの生徒が学舎に入っていて、数人の後ろ姿が見えるばかりだ。
それを追って小走りになったところで、一人の後ろ姿に目が吸い寄せられた。
華奢な身体つきの、女生徒だった。
ふんわりしたセミロングの髪は、桜のような淡いピンク色。後ろ姿だけで、可憐な雰囲気が伝わってくる。
ーーー瞳の色は、アメジストのように鮮やかな紫。くっきりとした大きな目、長いまつ毛、可愛い制服が完璧に似合う容姿。
遠目の後ろ姿だけでは解るはずのない情報が、怒涛のように頭に湧き上がってくる。
それも当然。だって、あれは、自分。
制服が似合うのも当然。これは、あのキャラに合わせてデザインされたものだから。
コマンド入れてないのに、なんで歩いていくの?
(違う、ヒロインだよ!今はゲームを操作してるわけじゃない!しっかりしろ自分!)
自分って、誰だっけ。
カクン、と足の力が抜けた。
(しまった、ロックかかったーーー)
「エカテリーナ!」
遠くでアレクセイの声が聞こえた気がしたが。
そのまま、ブラックアウトした。
書き溜めていた分を出し切ってしまったので、今後は更新が遅れます。すみません。
たくさんの評価やブックマークをいただいて、とても嬉しいです。ありがとうございます……!