学期末
思えば怒涛の日々だった。
学園の教室、ホームルームで、先生の話を聞きながらエカテリーナはしみじみそう思っていた。
今日は終業式。一学期が終わり、明日から夏休みとなる。
入学式がつい昨日のことだったような、長い日々だったような。
行幸とかプロジェクトなんちゃらとか、ほんとにいろいろあったけど。入学式の頃は、乙女ゲームの皇国滅亡フラグと破滅フラグを折らなきゃ!ってその一心だったなあ。
そして皇国滅亡フラグ、つまり魔獣登場のイベントはクリアして、いやフローラちゃんがクリアしてくれて。
破滅フラグは……あの頃は、ヒロインにも皇子にも近寄らない会話しない!って思ってたんだっけ。
いやー、はっはっは。
うん、すっかりグダグダ……ほぼ毎日話してますよ。
ヒロイン、フローラちゃんとは、もはや親友ポジションと言って過言ではない。ほんと、いい友達になれたと思う。優しくて努力家で、実はすごく頭がいいのに控えめで、でも芯が強くて。アラサーも尊敬するくらい、いい子だよ。
さらに、皇子とまでほぼ毎日会話してる。だって向こうが声かけてくるんだもん!一緒にいるフローラちゃんのために、親密度上げないといけないし。悪役令嬢はヒロインと皇子を応援しています!
皇子、お兄様に持っていくお昼を、毎度ひとつふたつねだって食べちゃうんだよね。細身のくせによく食う奴。
毎回美味しいって褒めてくれるから、悪い気しなくって……お兄様はあんまり甘い物がお好みじゃないとわかってからも、皇子が喜ぶだろうしって甘いのも作っちゃったりする。いや自分が食べたいからだけどね。他にも甘党の人いるしね。
いつも思うけど、彼もいい子。考え方に深みがあると思う。でも、ものすごく頭がいいんだろうけど、表に出さないで一歩引いてるような。トップになることを宿命づけられた生まれだから、ワンマンにならないよう自分を抑えることにしているのじゃないか。こんな年頃でその自制心って、お兄様と違う方向性ですごいよ。
そして二人とは、成績でもいいライバル関係。
先日の期末テスト、皇子が本気出してくるのは感じてたから、こちらも真剣に勉強しましたよ。
そして結果は!
一位、ミハイル・ユールグラン。
二位、フローラ・チェルニー。
三位、エカテリーナ・ユールノヴァ。
……三位に沈みましたー。
ま、やりきった結果ですからね。皇子とフローラちゃんを、心から祝福しましたよ。
二人とも本当に立派だと思う。皇子なんて、全科目満点だった可能性すらある。フローラちゃんと私で答え合わせして、かなりいい点取れたと思ったその上をいったんだから。
『ほっとした……嬉しい。生まれて初めてだ、こんな気持ち』
貼り出された順位を見て、苦笑いしてた皇子が印象的だったなー。こんなに必死で点取りにいったこと、なかったんだろうね。正直ちょっと悔しかったけど、彼が報われてよかったとも思う。やがて皇帝の位につく君の、学園生活の思い出のひとコマになるなら光栄だよ、うん。
そして私が悔しがるどころじゃないほど、お兄様が一生懸命フォローしてくれました。工房の準備で忙しかったのだから当然だ、お前のしたことは学校の勉強よりはるかに価値がある、などなど。
順位表の前で、ひしっとハグして頭なでなでしながらですから!どんだけご褒美か!むしろ三位でよかったわ!
でもそのお兄様は、公爵位を継承した直後ですごく大変だったはずの時期でさえ、一位をキープしてたという……。比べるとお恥ずかしい限りです。
思わず、言ってみました。
『お兄様はわたくしに甘すぎますわ。わたくし駄目になってしまいます』
そしたら、お兄様は私の頭をなでる手を止めて、哀しそうにおっしゃいました。
『……嫌いになったか?』
どっかん!と音を立てて愛情ロケット点火一秒成層圏突破して宇宙空間到達しました地球は青かったー!
愛着一本ロケット一秒!
何言ってんだ自分!
思いっきりハグを返して、そんなはずがございませんあり得ません、と一生懸命言ってたら、皇子が頭痛をこらえる感じで額を押さえて呟いていた。
『……どう追いつけば』
追いつくもなにも、君が一位だってば。
ところであの時、マリーナちゃんたちうちのクラスの女子と、三年生らしい先輩女子(お兄様のクラスメイト?)でやけに人口密度が高かったなあ。
みんな今回頑張ったのかな。
フローラちゃんと皇子と、いい関係が作れたのは嬉しいけど、問題は破滅フラグがどうなるかわからないこと!
もう大丈夫じゃない?と思うんだよ。
思うんだけど。
あんなにあるわけないと思った魔獣出現があったんだから!
突然お膳立てが整って断罪イベント発動、がありえないと言い切れないんだよー。怖いよー!
だから、すっかりグダグダの破滅フラグ対策だけど、これ以上皇子には近寄らない!
皇子、頼むから私には話しかけてくるなー!さっさとフローラちゃんとうまくいってくれー!
……と心で叫ぶだけじゃなく、二人の親密度を上げる策でも立てるべきなんだろうけど。
すまん……才能がない、らしい。恋愛関係、いろいろ才能ないって、前世の友達のお墨付きなのよ。自分ではどこがイカンのかさっぱりわからないんだけど、そこが駄目だと。
単にモテなかったんだけど、たまに変な奴にやたら食いつかれ、なんで他をスルーしてあれにいくのかと友達に責められ……スルーしたことなんかねーよ、私の何が悪かったってんだよ。
今生では箱入り娘を通り越して幽閉の身。あんなに恋したのに報われなかったお母様を思い出すと、恋愛も男性も信じられない。お兄様だけが安心できる存在。
……って、今生の令嬢エカテリーナも、根深いブラコンなんだな。初めて自覚したわ。
でも昨日は頑張った!
自分用にレフ君にもらった試作品の透明ガラスペン、テスト結果が出た後にあと二本もらってきてたのを、フローラちゃんと皇子を呼び出してプレゼントした。これからもよきライバルとして、一緒に切磋琢磨しましょうね、ってことで。
フローラちゃんといつも一緒に勉強してるのに、自分だけ便利なもの使うの、気が引けてたんだよね。だから、皇子も巻き込んでトップスリーのお祝いってことにしたら、フローラちゃんも遠慮せず受け取ってくれると思って。皇子も頑張ったし、記念になれば嬉しいなと。
……いや皇子たるお方に試作品を渡すのはどうかと思ったけど、身分があれでもまだ子供なんだから。頑張った記念程度のことで、高価な完成品をあげるのはイカンと思う。
二人とも、喜んでくれた。
そういや、皇子にはお兄様仕様の大きいペンをあげたんだけど、手の大きさがお兄様と同じくらいでちょっと驚いた。皇子も身長はそこそこ高いほうなんだけど、これからもっと伸びるのかも?いやすでに、入学した頃より背が高くなった?
ま、それはともかく、その時に夏休みの予定について雑談したのよ。休みの後半に皇子がユールノヴァ領に来る予定だと、お兄様から聞いていたから、当然その話になった。
で。フローラちゃんに提案しました。
『お嫌でなければ、フローラ様もミハイル様とご一緒に、我が領地へお出でになりませんこと?来学期までずっとお会いできないなど、わたくし寂しくてたまりませんの』
『それはーー私もエカテリーナ様にお会いできないなんて寂しいです。でも、まさか……』
うん、皇子と一緒なんて恐れ多いよね。そんなことお願いできないよね。
チラッ。
チラッ。
『あー……フローラ、もし嫌でなければ、僕と一緒にユールノヴァ領に行ってほしい。連れがいてくれたほうが旅は楽しいから』
よっしゃあ!
『私なんかがご一緒させていただくなんて申し訳ありませんけど、もし本当にそう思ってくださるなら』
『もちろん本当の気持ちだよ。君とは一度、ゆっくり話し合ったほうがいいような気がしていたんだ』
よーし。よーしよし!
皇子が領地に来るってお兄様から聞いた時には、どうしようどうしよう!って思ったけど。
ピンチはチャンス!この機会に、皇子とフローラちゃんの仲を一気に縮めるアシストができるはず。
二人で旅なんて、親密度が爆上がり間違いなしのイベントじゃない?
悪役令嬢プロデュースの特別イベント!フローラちゃん、頑張って!
これは我ながらナイスアシストだと思う。
ちゃんと頑張ってるぞ自分!
なお、雑談でもうひとつ驚いたこと。
ガラスペンを作ったのはお兄様への誕生日プレゼントにするためだと話して、ふと尋ねた。
『ミハイル様のお誕生日はいつ頃ですの?』
『四月十日だよ。とっくに過ぎた』
え。
入学式のすぐ後?私が倒れて授業を休んでた時?
えええええ?てことは、つまり。
『ミハイル様、十六歳でいらっしゃいますの!?』
『そうだよ、知らなかった?』
し……知らなかった。まだ十五歳だとばっかり……あの時もあの時も、十五歳なのにえらい、とか、まだ十五歳のくせにとかすっかり思い込んで……。
いやアラサーから見れば十五歳も十六歳も大差ない、んだけど。なんだろう、なんかやたらこう……わーん、なんでそんな早く生まれてるんだよー!
あわあわしてたら、皇子がふふ、と笑った。
『誕生日を訊かれたのは、初めてかもしれない。ちょっと新鮮だ』
う……すまん皇子。思えば君は両陛下の一粒種、生まれた時には皇国全土が祝賀ムードに包まれただろう。誕生日は一般常識なんじゃ?うちは親戚なのに知らなくてすまん。
『アレクセイももう少し、僕のこと話しておいてくれたらいいのに』
なにおうお兄様は悪くない!
『ミハイル様!お兄様を悪くおっしゃるなら、わたくしがお相手になりましてよ!』
武術はまったく経験ないけど、物理作用系の魔力では学年トップクラスなんだからな!かかってこいやー!
『……』
爆笑すんなー!
活動報告に書籍化の情報を記載しました。
発売してくださるのは角川ビーンズ文庫です。イラストレーター様から掲載許可をいただいた、エカテリーナとアレクセイのキャララフを掲載しております。ぜひご覧ください!