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ユールノヴァの夢

さっき気になった特許について訊いてみると、皇国にも発明を一定期間独占的に使用できる制度はあるとのことだった。

有効期限は十年。最初は三年だったものが、だんだん長くなっているという。


なんとこれは、ユールノヴァ公爵家五代目当主ヴァシーリーが、当時の皇帝に働きかけて作ったものだそうだ。当時、他国から有名な発明家をユールノヴァ領に招いて鉱山の採掘や製鉄の改善に役立つ発明をしてもらったところ、大きな効果をあげた。それで、彼にずっと留まっていてもらおうと、さまざまな厚遇の一環で、彼の権利を守る制度を制定したという。

発明家の出身国を含め他国には特許制度はなかったそうだから、皇国にいた方が権利が守られるなら、発明家も皇国にずっと居ようと思っただろう。賢いやり方だ。

すごい必死だったんだなーって気もするけど。


「ただし、この制度に登録することが常に有利に働くとは限らないんだ。登録するために製法や原理などを届け出る必要があるから、手の内をすべてさらすことになる。期限が切れると、いっせいに真似をされてしまうだろう」


おお、それも前世の特許と同じです。仕事のからみで知的財産権についてざっと教えてもらった時、特許の目的は発明者の権利を守って発明を奨励することと、発明の内容を公開して広く利用を図ること、とかって習った覚えが。


「十年の独占権にその価値があるかどうか、職人とダニールによく相談しなさい」


ダニールとはユールノヴァ公爵家法律顧問のダニール・リーガル。よく名前は聞くけれど、エカテリーナはまだ会ったことはない。


「はい、ありがとう存じます。ダニール様はたいそう優秀な方と聞き及びますもの、いろいろ相談させていただきとうございますわ」

「何か気になっていることでもあるのか」

「ご先祖ヴァシーリー公に倣い、良い職人を集めるために、工房に規則を作ろうと思いますの。働く側に守らせるだけでなく、雇う側であるわたくしが守るべき規則ですわ。

働く時間やお給金について……たとえば長時間働くことを強いてはならない、お給金は一定額を保証し、工房が利益を上げた場合はその利益の一部を報償として別途支給する、といったことですわね。それらを契約書に明記して取り交わすようにしたいのです。

その内容を、皇国の法に照らして問題がないかをご相談しとうございますの」


五代目の話もヒントになったけど、元社畜として、雇用者側になるなら就業規則とか雇用契約は作りたい。


前世で『会社は誰のものか』って議論が起こったことがあるそうだ。出資者である株主、働く者である従業員、そして顧客。会社は、この三者の誰のものなのかと。

前世では、実態として答えは出ていた気がする。会社は株主のもの。お金持ってる人が強いんですよ。その傾向がどんどん強くなっていた。特に欧米でだけど。社会の仕組みさえ、お金を持っている人に有利なようじりじり変わっていって。

でもさあ、『会社は誰のものか』って話を前世で聞いた時、そんなの答え決まってるやん、何を議論する必要があるの?と思ったんだよね。そんなの、三者すべてのものだよ。株主も従業員も顧客も、それぞれの権利がありそれぞれの義務がある。その権利と義務がバランス良く釣り合って成り立つべきなのが会社じゃないのか、って。


ま、頭の片隅でそんなこと考えてたくせに、使い捨てられて過労死した従業員でしたがね。でもだからこそ、ここでそのバランスを取る組織を目指してみたい。江戸の仇を長崎で取る!もっと遠いけどな!


この世界は、その前世以上に雇用者側が有利。あれでも前世は、長い年月をかけて労働者の権利が確立してきた世界だったもの。

とはいえ、雇用される側になんの権利もないわけではない。法律や慣例で、それなりに守られてはいるらしいと、執務室でお手伝いしているうちにちょこちょこ耳にした。そのへん、専門家にきちんと聞いてみたい。


「思う通りにやりなさい。ヴァシーリー公も称賛なされるだろう、私もその試みにどんな成果が出るか知りたいと思う。お前の発想は本当に素晴らしい」


アレクセイが微笑む。

すみません、私の発想ではなく前世で議論されてたことなんですすみません。


「……お前は、まだ世の中に出て四ヶ月ほどにしかならないというのに。私にとってはもちろん、公爵家にとってかけがえのない一員になってくれた。仕事に貢献してくれるだけでなく、お前の愛情や思いやりにどれほどの喜びをもらえたことか。どんなに感謝しても足りない」

「……」


あ、いかん。

軽く不意打ちだったんで感動のあまり震えが……あああ嬉しい!


「お兄様……そのお言葉、なにより嬉しゅうございます」

「そう言ってくれて嬉しい」


と、アレクセイが表情をあらためた。


「――私が公爵の位を継いでまだ一年足らず。なすべきことは未だ多いが、落ち着きしだい取り組みたいと思っていることがある。かつてお祖父様が始めようとされたことだが、形になる前に亡くなられた。お祖父様の遺産とも言えるものだ。それを、私が引き継ぎたい。

ゆくゆくは、ユールノヴァの総力をかける大事業になる可能性がある。……お前も、力を貸してくれないか」

「もちろんですわ!お兄様のなさりたいことにご一緒できるとは、嬉しいことでございますわ。しかも、お祖父様から引き継がれたことですもの。わたくし、何なりとさせていただきます」


お兄様のやりたいことなら無条件で応援しますとも。しかも、お祖父様の遺産とも言える大事業……またもプロジェクトなんちゃら的ロマンの予感がします。大好物です。


「アーロン」


アレクセイが呼ぶと、鉱山長のアーロン・カイルがさっと立ち上がった。ハリルと入れ替わりでやって来た彼は、手に、立派な革のフォルダーを持っている。


「お嬢様、まずはこれをご覧ください。大叔父様アイザック博士がお書きになった論文です」


差し出す手つきのうやうやしいこと。外見も学者のようなアーロンさんは鉱物マニアで、鉱物学者であるアイザック大叔父様を崇拝しているようだから。大叔父様の論文は、彼にとって経典のようなものなのかもしれない。

しかし、まずは、って言われたけどけっこう大作だぞこの論文……。

あ、中身もガチだ。がっつり専門用語のやつだこれ。

でも頑張る。解るところを拾い読んでなんとか。


とりあえず論文タイトルは『起動魔法の継続〜虹石の含有魔力および魔法陣の活用〜』

虹石は魔力が凝縮した鉱物という説がある、って教えてもらったな。

そして、魔法陣!前世の感覚ではロマンだけど、この世界ではねえ……。たびたび研究はされてきていて、魔力制御の本にはたいてい載っている。けれど、手間暇かかる割に魔力の増幅とかの効果は大したことないと結論付けられて、今はほぼすたれてしまったものなんだよね。


でも、人間の魔力ではなく虹石の魔力活用?魔法陣で?出来るのどうやるの?

あ、そういえばユールノヴァ初代セルゲイ公の愛剣。あれ、虹石がはめ込んであって、魔力がある人が持つと軽量化が起動するんだった。約四百年前にすでに、虹石を利用する技術は芽生えていた。

だけどあれの起動条件は人間の魔力で、持っている間しか機能しない。その起動した魔法を、魔法陣と虹石で継続できるの?それ、すごくない?


第一章は、虹石魔力の利用実例。

セルゲイ公の愛剣をはじめ、皇国各地に残る虹石の魔力を利用している事例が多数書かれてる。すごい、よくぞこんなに。大叔父様、フィールドワークの鬼だな。


第ニ章、魔法陣の効果。

うっ……私には厳しい。わからん。でも、魔力の増幅を主な目的として研究されてきた魔法陣だけど、魔力さえ継続供給できれば、起動した魔法を魔法陣により継続して発動できるという機能もある、という結論はわかった。


第三章、虹石魔力と魔法陣の接続。

そう、ここがポイントだよね。人間の魔力なら、人間が魔法陣に流し込むことで自分の魔力に魔法陣の効果を乗せられる。だけど虹石の魔力をどうやって魔法陣とつなげるの?

……と思ったら、虹石を魔法陣に組み込むと。人間の魔力を魔法陣に流し込む場合も、実は流れ込むポイントがあると……そこにピンポイントで虹石をセットすれば、虹石の魔力を魔法陣に供給できる、ということね。


第四章、虹石魔法陣の実践。

実際に起動するための条件ね。――ってすごい大掛かりだな!虹石の量、こんなに要るのか!

質も、凝縮した魔力が同種であることが望ましいと。同種の魔力が高い純度で凝縮した虹石をこれだけ集めるって……。

魔法陣もめっちゃデカい。これ全部、寸分の狂いなく書くのか……誰がやるんだろう……。


だけど。わかってきたぞ――。

魔力を鉱物から取り出して継続させられる、という意味。

これは。これに当たるものが、前世で世界を変えた。


ああ、手が震える。なんてことだろう。

きっとこれは、この世界を変える。


エカテリーナは革のフォルダーを持っていた手を、テーブルの上に下ろした。手の震えから、カタカタとフォルダーがテーブルを叩く。


これは――産業革命だ。

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