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誕生日の放課後

放課後も執務室に来るようアレクセイに言われたので、エカテリーナは授業が終わるとさっそく顔を出した。


「お嬢様、ようこそ」


アレクセイの姿はまだなく、ノヴァクたちが立ち上がってエカテリーナを迎える。


「お嬢様……我々が申し上げるのも僭越ですが、昼休みはまこと良きひとときでございました。閣下の誕生日をあのように温かく祝うことができるとは、嬉しいことです」

「ノヴァク卿、皆様。お兄様への細やかなお心遣い、いつもありがたく存じておりますわ。もしやお兄様は今まで、お誕生日を祝うことをお好みではありませんでしたの?」


お兄様だけでなく、皆さんもいつも通りの様子だったということは、お兄様が祝う必要なしと指示してたんじゃないだろうか。


エカテリーナの言葉に、ノヴァクはなんとも言えない表情をした。


「前公爵……お父君が、祝い事は非常に賑やかにすることをお好みでした。少々いき過ぎる場合もありましたため、閣下はご自分が公爵位を継承された後は、そのようなことは無くすと決めておられたのです。公爵邸には様々な方から祝いの品々が届いておりますが、ほぼすべて事務的に処理することになっております」


……とっても奥歯にものがはさまった感じの言い方と、親父が光源氏的タラシ野郎だったっていうイメージから勝手に想像すると、派手なパーティに加えて、なんかいかがわしい真似をしてたんじゃって疑いが。お兄様が嫌ってたのはそれなんじゃ。

親父がそういう真似をしてたのって、お祖父様が亡くなってからだろうな。お兄様が十歳から十七歳にかけて。多感な年頃だってのに……クソ親父め。


そこへ、アレクセイがやって来た。


「エカテリーナ、来ていたか」

「はい、お兄様」

「わざわざすまない。お前のガラスペンについて、少し相談したいと思う。ハリル、一緒に」

「はい」


商業流通長のハリル・タラールが一礼した。にんまりと期待のこもった、なんともイイ笑顔だ。


「実はわたくしも、ご相談したいと思っておりましたの。このガラスペンを、ムラーノ工房の商品として、利益を得られるよう育てたいのですわ。ご協力いただけますかしら」


エカテリーナが言うと、アレクセイは微笑む。


「さすがだ、話が早い。あれは、素晴らしい可能性があると思うよ。筆記用具として革新的な上、美しい。……これほどのものを創り出して、まず家族への贈り物にするのは、お前くらいではないかな。

あまりに無欲だと心配したが、事業として発展させる展望もきちんと持っているようで安心した。お前はやはり賢い子だ」


いえすみません、私が創り出したわけじゃないから欲を出すとかあり得ないだけなんです。前世の明治時代にガラスペンを考案した風鈴職人さん、ほんとにすみません。

はっ、風鈴職人さん、もしかして特許とか取ってたんだろうか。いや特許の有効期限はたしか二十年だから、とっくに期限切れてるか。そしてユールグラン皇国は、前世の特許とかを保護する国際条約パリ条約は非加盟。……って当たり前だろ異世界なんだから、気にしてどーする。

あ、こっちの世界にも特許的な仕組みはあるのかなあ。


「お嬢様、ガラスペンというもの、一度よく見せていただけませんか」

「ああ!どうぞ、ハリル様。ぜひ書き心地をお試しくださいまし」


考えごとから引き戻されたエカテリーナが、あわてて自分のガラスペンを差し出すと、ハリルはインクをつけてさっそく書き始めた。

やはり最初に書くのは自分の名前、と思ったら、次々と複数の言語で自分の名前を書いているようだ。さすが、世界各国に拠点を持つ大商会の宗主の血筋。この時代にすでにグローバル。

あっ、右から左へ書くパターンも⁉︎

と思ったら、縦書ききたー!しかも表意文字じゃ?前世の漢字と同じではないけど、なんとなく文字自体に意味がありそうな形状!

内心で盛り上がるエカテリーナをよそに、ハリルは手を止めて唸った。


「……一度のインクで、これだけ書ける。そして閣下が仰せになった通り、どちらの方向にもなめらかに書けますね。ガラスですから当然羽根ペンと違い、先端が潰れて削り直すような必要もなく、長く使える。この太さも、慣れれば持ちやすいと感じるでしょう。

神々の山嶺の向こう、私の故国のさらにはるかな彼方にある東の国々では、動物の毛で作った柔らかなペン先を用いています。このペン先の形状は、その東の国の筆記用具を思わせます」


おお……ハリルさん博識。この世界って前世と本当に似ているんだなあ。

確かにガラスペンのペン先って、形が毛筆に似ていると思う。前世のガラスペンの生みの親、明治時代の風鈴職人さんは、羽根ペンではなく毛筆が当たり前の日本人だったからこそ、ガラスペンを創り出せたのかもしれない。

……えっと、そうすると、この皇国にひょっこりガラスペンが出現したのは理屈が合わないことに……?

いや知らん気にしない!今さら考えてもしゃーないもん!


アレクセイもガラスペンが入ったベルベットの箱を開いてハリルに渡した。色ガラスのペンを、ハリルはじっくりと検分する。


「閣下へ贈られたものは、実用品でありながら芸術品と言うべき逸品ですね。ユールノヴァ公爵がお使いになるにふさわしい。お嬢様が雇い入れられた職人は、非常に腕が立つようです」

「まあハリル様、さすがよくおわかりですこと。その職人は、まだ二十二歳ですの。これからさらに素晴らしいものを作ってくれると、期待しておりますのよ」

「ほう……」


唸ったハリルに、アレクセイが尋ねた。


「どう思う、ハリル。商品として」

「売れます」


きっぱりとハリルは答える。


「これが売れないとしたら、売る商人がよほどのボンクラということになるでしょうね。ぜひ売ってみたいです」


……ふふふふふと笑うハリルさん、目が輝いてます。キラキラではなく、爛々と。

商人の本能?すげえ。

ていうか、お兄様の前でボンクラとか言っちゃいますか?


「むしろ心配なのは、需要に製造が追いつけないことでしょうか。これを作れる職人は、一人しかいないのですね」


あ、ハリルさんやっぱりさすが。


「ええ、そうですの。その職人に頼んで、ムラーノ工房で以前働いていた職人たちに声をかけてもらっておりますわ。けれど、戻って来てくれるかはまだわかりませんの」

「すでに動いておいででしたか」


ハリルは微笑む。


「ハリル様がガラスペンは売れると言ってくださいましたし、職人たちが今働いている工房よりも、よい待遇を保証してみますわ。ですけれど、戻って来てくれたとしても、ガラスペンについてはその職人たちに、今の職人と同じ水準のものが作れるかはわからないと思っておりますの。

その場合は他の職人には、グラスなどムラーノ工房らしい作品を担当してもらうこととすれば、利益は確保できると思いますわ。ガラスペンは稀少価値を追求し、当分は本当に一握りの方だけにお売りしてみてはと。そうしながら他の職人にも技術を伝え、供給体制が整ったところで、売る数を増やすのです。その頃までに、ガラスペンは上級貴族の持ち物というイメージを根付かせることができれば、かなりの利幅を乗せても十分売れるのではないかと考えておりましたのよ」

「……」


しばしの沈黙の後、ハリルはしみじみとため息をついた。


「お嬢様が驚くべき方であることは、わかっていたつもりでしたが。そこまでお考えになれるご令嬢は、二人とおられないでしょう」

「いえ!素人考えにすぎませんわ。本当にそうしたことができるものか、何も見当はついておりませんの」


すいません前世が令嬢じゃなかっただけなんですすいません。

そしてこんなの、テレ東系列のなんちゃらの夜明けとか見てた知識で考えただけの、机上の空論ですから。思い通りにいくかどうか、さっぱり自信はないですよ。


「素人がそれだけ考えられるのが非凡なんだよ、賢者エカテリーナ」


アレクセイは笑う。


「ガラスペンの事業をハリルの配下に引き継いでもらおうかと思ったが……それだけ構想が出来ているなら、このままお前が事業を率いた方がいいか?」

「率いるなどとは僭越でございますけれど、わたくしがお願いして買っていただいた工房ですもの、わたくしが責任を持つべきと思いますの」

「お前らしい。責任感の強い子だからな」


アレクセイは嘆息した。


「実務を任せられる者をつけるから、あまり時間を取られて体調を崩すことのないように。それだけは気をつけてくれ」

「ありがとう存じますわ、お兄様。必ず仰せの通りにいたします。わたくし何も存じませんもの、何かあればすぐお兄様とハリル様に相談させてくださいましね」

「ああ、ぜひそうして欲しい」

「いつでもお声がけください。しかしお嬢様、さきほどお話しになった方針はたいへん理に適っておりました。迷わずお考えの通りに進めてくださればよろしいかと思います」

「お言葉嬉しゅうございます。ですけれどわたくし、ガラスペンが上級貴族の持ち物というイメージを、具体的にどうすれば根付かせることができるのかわかりませんの。わかったようなことを口にしているばかりですのよ、お恥ずかしゅうございますわ」


お兄様に広告塔になってもらって、なんて考えたけど。お兄様もまだ学生の身だし、性格的にそういうのはあまり好きではなさそう。お兄様に嫌な思いなんてしてほしくないから却下。でもじゃあ他にどうする。

するとアレクセイとハリルが目を見交わし、ふっと笑った。


「エカテリーナ、私に贈ってくれたものと同等か、これ以上に豪華なガラスペンを、職人に用意させることはできるか」


アレクセイの言葉に、エカテリーナは大いに戸惑う。


「これ以上、とおっしゃいまして?公爵たるお兄様にふさわしく、職人が技術の限りを尽くして素晴らしいものを作ってくれましたの……同等であればご用意はできましょうけれど、何にお使いになりますの?」


アレクセイはあっさりと言った。


「皇帝陛下に献上するんだよ。必ずお気に召すだろう」


なるほどそっかーそれなら一発で高貴なお方の持ち物イメージ確立ですね!

お兄様なら拝謁して手渡しも可能ですもんね!

……って、トップセールスにも程があるわ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 社畜が賢者にクラスチェンジですか。 社畜のプレゼンと謙遜と、お兄様&部下たちへの持ち上げがとどまるところを知らない状態のようですね。 エカテリーナは、そろそろ自身の正しい価値を知った方が…
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