公爵家の女主人
お茶の後にはビュッフェスタイルで昼食も提供し、略式のガーデンパーティ状態となった。
ユールノヴァ公爵家の女主人となったエカテリーナにとって、パーティを仕切る予行演習に最適というわけだ。友達を大勢連れて来るけどいいかしら、とだけ相談したエカテリーナにそう提案してくれたグラハムは、さすが老練な執事である。
つーか自分でそれを思い付くべきだったね。家政方面の自分のスキルの低さが情けないぜくそう。勉強や事業と違ってこのジャンルは、知識も経験もなさすぎる。
だからこそ頑張っていこう。
「この小ぶりなパイがたいそう美味しゅうございますわ。お二人がいつも公爵閣下へお届けになるお昼は、もしやこうしたものですの?」
「ええ、こちらはチェルニー男爵夫人からいただいたレシピですのよ。当家のシェフも感心しておりましたので、お願いして使わせていただきましたの」
実はチェルニー男爵夫妻は祖父セルゲイの級友だったというエピソードを披露すると、級友たちのフローラを見る目がわかりやすく変わったようだった。さすが宰相や主要大臣を歴任したお祖父様、今なお若者たちにも知名度ハンパないですね!
フローラに話しかける生徒も増えて、パイを褒めたりレシピを欲しがったり、もういじめなんて跡形もない。
「先ほどお茶うけでもいただいたのですけど、薔薇の形をしたクッキーが素敵ですわ。お味もとてもよろしくて、きっと公爵家伝統のお菓子なのですわね」
「僕は毎年ここへ来ているけど、あれは初めてだ。新しく工夫したんだと思うよ。……エカテリーナ、薔薇のクッキーが素敵で美味しいと人気だよ」
「お口に合って嬉しゅうございますわ。シェフの新しい工夫ですの」
実は、前世のロングセラー菓子パンをヒントにシェフに作ってもらったものだったりする。あれ名前になぜクッキーがついていたのか謎だったわー。そしてカロリー爆弾だった。でも美味しかったな。今回のクッキーは形を真似ただけで本当にクッキーだけど、シェフが公爵家伝統の薔薇ジャムをのせて絶品に仕上げてくれた。
ちなみに公爵家伝統のお菓子は他にちゃんとあって、薔薇ジャムの入った小さな丸いドーナッツのようなもの。意外に素朴だけど、我が家が古くからの家柄なればこそですね。これも美味しい。
入れ替わり立ち替わり話しかけてくる級友たちに答えつつ、また離れたところで困っている者がいないか気を配ったりと、初心者なりに女主人として頑張るエカテリーナである。
ずっと近くにミハイルがいるので最初は勘弁してと思っていたが、こういう場での人のさばき方はさすがというか、複数から同時に話しかけられたエカテリーナをアシストしてくれたりするので、むしろありがたい存在だ。
特に男子が話しかけてくるとほぼ全てミハイルが対応してくれるのには、エカテリーナは感心している。
さすがだよ、皇子。これで君が破滅フラグの化身でなかったら、毎回来て欲しいくらいだよ。
ま、フローラちゃんもずっと近くに居てくれて、いつの間にか二人かなり親しげに話すようになってきたし、いいか。この二人を応援するためには、本当に毎回招くべきかもしれない。
毎回来て欲しいといえばクルイモフ兄妹で、今日も仲良く喧嘩しているが、二人ともそこに居るだけで場を温かく心地よくするオーラがある。それに魅かれて、二人の周りには人が絶えない。彼らが居てくれれば、たいていのイベントは成功となりそうだ。
……しかし一番すごいというか、いっそあっぱれというかなのは君たちだな。
ソイヤトリオ!
行幸やらテストやらでほぼ忘れてたわ。いや、よく来たよね。すごい生命力というか。
まーよく食うこと。そして使用人を捕まえてはあれこれ文句言ってるっぽい。味が気に入らんなら食うなよ、文句があったらベルサイユへいらっしゃい!じゃなくて私に言えや。と思ったけど、目が合ったらビクっとなって大人しくなった……。
少年少女、特に少年たちが旺盛な食欲で昼食を平らげた頃になると、いかに見事な薔薇園といえど、いささか飽きるというかまったりした空気になってきた。
なのでそろそろ、と思ったタイミングで、庭園に緊張が走る。
当主アレクセイが現れたのだ。
エカテリーナとフローラとミハイルを、一団の級友たちが取り巻く芝生の一角へ、長身の公爵は悠然と歩み寄ってゆく。誰かが声を上げて登場を告げたわけでもないのに、彼のもとへ皆の視線が吸い寄せられていった。
なんという迫力。さすがお兄様。
ただでさえ高校生なんて、最高学年と新入生じゃ大人と子供って感じだよね。同じ三年生のニコライさんだって、同級生の男子たちとは体格も落ち着きも数段上なんだけど、お兄様はさらに違うわー。
妹とミハイルの前に立つと、アレクセイは一礼する。
「ミハイル殿下、ようこそお越しくださいました」
「突然すまない。今日のことを話に聞いて」
ここでミハイルはちらりとエカテリーナを見、アレクセイへ向き直ってにこっと笑う。
「男子も大勢来るようだったから、僕も来たいと思ったんだ。とてもきれいな薔薇だから」
「……」
アレクセイがネオンブルーの目を細める。
虫に虫除けに来たと言われた心境……と言っては、臣下として差し障りがあろうが。
やや薄めの唇をわずかに吊り上げると、それは不思議なほど獰猛な印象の笑みになった。
「当家の武具に興味がおありとか。そろそろ花にも飽きた頃でしょう、ご案内いたします」
「忙しい君に時間を取らせるなんて申し訳ないな。代わりの誰かに案内してもらえたらと思うけど。立派に代役を務められる家族ができたことだし」
「皇子殿下のご案内を当主以外が務めるなど、あり得ますまい」
両者とも笑顔がびくともしない。
「では男子一同で移動だね。ありがとう、よろしく頼む」
……ああ、駄目だなあ自分。
そんな二人を前に、にこやかな笑顔を顔に貼り付けたまま、エカテリーナは内心ため息をついた。
お兄様と皇子の会話に裏の意味があるようなのは解るけど、意味を読み取ることはできない。なんだろう、武具が見たいって言葉が何かの符牒になるんだろうか。ロイヤルとノーブルの会話は奥が深いなあ。
本人が思っているのとは別方面で残念なエカテリーナであった。前世の頃からこの方面では友人一同に太鼓判を押される残念女だった、筋金入りの残念思考が改善される日は来るのだろうか。
「エカテリーナ、後でまた」
「どうぞお楽しみくださいまし」
見送ったミハイルの背中に若干のドナドナ感があるのはなんでやろ、とエカテリーナは内心で首をかしげたが、すぐ消し飛んだ。ミハイルと共に去りかけたアレクセイが戻ってきて、つと身を寄せて囁いたからだ。
「グラハムが褒めていた、立派な女主人ぶりだと。初めてなのに、よくやっているね」
そして、少しかがんで妹の耳元に顔を寄せた状態で甘く微笑んだので、流れ弾をくらったエカテリーナの背後の令嬢たちがうっと呻いて赤面し、エカテリーナは舞い上がった。
褒められたー嬉しー!いや正確にはグラハムさんに褒められたんだけど、お兄様から伝えてもらえて嬉しさ倍増!よーし苦手ジャンルでも頑張れるぞー!
「女性たちのもてなしを頼む。あの件だけでなく、邸にあるものはすべて、お前の好きにしてかまわない」
「ありがとう存じますわ、お兄様」
じゃあ、女子もシークレットイベントいってみよう。




