皇都見物
そんなわけで早速その週末、エカテリーナはいつもより少しおめかしをして、足取り軽く馬車へと向かった。
馬車の前にはすでに、いつもより少しあらたまった服装のアレクセイが待っていて、妹を見て微笑んだ。
「お待たせして申し訳ございません」
「美しい女性を待つのは、心楽しいひとときだ。お前が教えてくれたことだよ、エカテリーナ」
いやーん嬉しい。
お兄様の場合、リップサービスではなく本気でこれを言えちゃうレベルのシスコンだからすごい。ありがとうございます。
差し出された右手に左手を重ね、アレクセイのエスコートで馬車に乗り込む。
「何度もすまないが、本当にこんなことでいいのか?」
「もちろんですわ。わたくし嬉しくてなりませんの」
本当に何度も確認されたけどね。宝石どころか、馬とか、私専用の馬車とか、しまいにゃ城をひとつあげるからそっちにしなさいとか……。
おかしいですから。成績が良かったから『城』あげるって。おかしいにも程がありますから!保養地にある別邸のひとつだそうだけど『優美な造りだからお前にふさわしい』じゃないです。そういう問題じゃない。
そして公爵領幹部の皆さんがお兄様を止めてくれないのがショックだった……止めて、ツッコミ入れて。ノヴァクさんの『嫁入り道具は別途進めれば良いかと』って呟きが怖かったし。勝手にいろいろ見繕う気マンマンなんじゃなかろうか。前世でどこかの博物館で見た、徳川御三家からどっかの大名に輿入れした姫君の嫁入り道具、蒔絵やら螺鈿やらすごかったなあ……。
つか、ノヴァクさん、私に皇后を狙わせるのを諦めてないんじゃなかろうな。あの人も一度や二度で諦めないに違いないか……。でもね、ないから、絶対狙わないから!フローラちゃんとも皇子とも友達になれたのに、あの二人から断罪イベントされて破滅する羽目になったら心が死ぬわ!
と、とりあえず考えないでおこう。
カラカラと車輪の音を立てて馬車は進む。
皇都は皇城を中心に広がっている。皇城に近い地区には高位貴族の皇都邸や官公庁の建物が並ぶ。静謐で美しく、石畳の街路は広くよく整備されている。東京の皇居周辺の雰囲気にどこか似ているようだ。お伽話のお城のように美しい皇城の姿がよく見えているが、江戸時代には江戸城がこんな風にそびえて見えたのだろう。
「お前が見たがっていた、セルゲイ公の彫像があれだ」
「やはり大きゅうございますのね!」
皇都公爵邸と魔法学園を移動する時のいつもの道のりでは、ピョートル大帝の彫像がある通りを使う。今回は皇都見物の手始めとして、二人のご先祖セルゲイ公の彫像がある通りへ来ていた。
「どことなく、お祖父様に似ておられるようですわ」
「ああ、昔、同じことをお祖父様に言ったことがある。生まれた時から面影があったからセルゲイと名付けられたのかもしれないなと、笑っておられた」
お兄様がいくつくらいの頃かな。お祖父様とのツーショット肖像画に描かれてた十歳より小さい頃じゃないかな。その頃から利発だったんだろうな、大人みたいな口をきくちっちゃいお兄様、可愛かっただろうなー。ふふ。
つい微笑むと、アレクセイが首を傾げる。
「楽しいか?」
「ごめんなさいまし、お小さい頃のお兄様を想像しておりましたの。さぞお可愛いらしかったことでしょう」
アレクセイは首を振った。
「いつも可愛げがないと言われていたよ」
それはクソババアが言ったことでは?
小さい頃のお兄様、やっぱり傷ついたのかな。そりゃそうだよね。
「……そんな昔から私は、ひとと親しく交わるのが苦手だったんだ。望んでそう振る舞っているわけではないのだが、側には誰も寄りたがらない」
ふっと言葉を切ったのは、一人だけいた友達を思い出してのことかもしれない。
珍しく、アレクセイはうつむいた。
「私が居ることを喜んでくれるのは、お祖父様とお前くらいだ。お前はいつも、私が仕事をしすぎると心配してくれるが、私の取り柄は仕事くらいなものなんだよ。時間が空いて好きにしろと言われても、やりたいことひとつ思い付かない。……つまらない人間なんだ。私と一緒に一日過ごしても、楽しくはないと思う」
そんな兄を見つめて、エカテリーナは思う。
お兄様ったら……。
かわいいっ‼︎
なんだろうこの、超絶できる男がちょっと弱ってる姿の可愛さ!
アラサー目線で、普段大人びてるけどまだ十七歳の男の子が告白した弱音と思うとまた可愛い!
だから何度も確認してきたのかー、内心こんなコンプレックスでちょっぴりうじうじしてたのかー。やだわーいとしいわー。
エカテリーナは兄の手を取って、両手で握った。
「お兄様……言葉ごときでお伝えできるものではございませんでしょうけれど、お兄様がいらしてくださると、わたくしは本当に楽しゅうございます。そして、安心できますの。
わたくし、お母様が亡くなられてからずっと寂しゅうございました。ですけれど、皇都へ来て倒れた後、お兄様が手を取ってくださって、寂しさがなくなりましたのよ。
お兄様は大きくて温かいお手をしていらっしゃいます。そして、誠実で力強い、頼もしいお人柄でいらっしゃいます。それに、豊かな知識をお持ちですわ。……どこぞの、女性に優しい洗練された紳士とやらより、お兄様とご一緒できる方がずうっと楽しいと断言できましてよ」
アレクセイは目を見開いた。
どうせあのクソババア、お気に入りの父親とお兄様をしじゅう比べて、小さい頃の親父は可愛かったのにお前は可愛げがないとか言ったんだろ。小さなお兄様は冷ややかにババアを見返して、でも心の底で傷付いていたんじゃないだろうか。想像しただけで抱きしめたくなるわ。
子供は、人間は、全員違うんだよっ!それぞれ違った良さがあるに決まってんだろ、みんな違ってみんないいんだよ。
とか言っといて私はお兄様が推しですみんないいとか言ってお兄様がいいですごめんなさい!でもストライクゾーンは人それぞれだってことぐらい理解してるぞ。
つかババア、お兄様はあんたの孫だ。普通は無条件で愛せる存在だぞ。そりゃすべての人が孫がかわいいわけじゃない、これも人それぞれだろうが、てめーはダメだ。なんであんたはそんなんだったんだ。
「ありがとう、エカテリーナ」
アレクセイはエカテリーナの手を取って、押しいただくように額に当てた。
やーん、前髪が手にかかってサラサラー。
「お前は本当に天からの賜物だ。優しく、賢く、美しい。これほど素晴らしいものを賜るに足る人間なのかと、自分を省みて不思議になるよ」
いえお兄様、私はただのブラコン妹です。
なんかすいません。