試験結果でにぎやかです
「エカテリーナ」
かけられた声に、エカテリーナはぱあっと顔を輝かせた。
「お兄様!」
試験結果を囲んでいた生徒たちが、すみやかに大きくアレクセイの前に道をあけている。まるでモーゼの前に紅海が割れるがごとしだ。さすがお兄様。
アレクセイが腕を広げたので、エカテリーナは遠慮なくそこへ飛び込んだ。
「よく頑張った。お前を誇らしく思うよ」
妹を抱きしめて、アレクセイはいとおしげに言う。
やったーお兄様に褒められたー!一位になれてよかったー!
さっきのやらかした気分をどっかのワームホールに放り込んで、エカテリーナは舞い上がった。
「褒めていただけて嬉しゅうございます。でも、お兄様のお足元にも及びませんわ」
そう、ちらりと見上げる三年生の順位表。一位、アレクセイ・ユールノヴァ。不動の首席。
「私はそう育てられただけだ。お前の努力の方が価値がある」
アレクセイはあっさりと言う。
やっぱりそういう考え方ですね。育てられた通りにみんなが育つ訳ではない、自分の努力や資質も大きいのに、さらっとこう言えちゃうんだなあ。
ちなみに、二年生の一位はウラジーミル・ユールマグナ。なるほど優秀。
「君たち兄妹は本当に仲がいいね」
苦笑するミハイルと、笑顔で見守るフローラ。そして、その隣になぜかクラスメイトのマリーナ・クルイモフとオリガ・フルールスがいて、なにやらうっとりと胸の前で手を組んでいる。
「まあ、マリーナ様、オリガ様。いかがなさいましたの?」
兄から少しだけ離れてエカテリーナが尋ねると、マリーナはうふふと笑った。
「お二人が急いで教室を出ていかれたものですから、きっとこちらにいらしたのだと思って見に来ましたの。いつも熱心に勉強していらっしゃいますもの、きっとよいお点を取っておられるとは思っておりましたけど、まさか一位と二位だなんて!素晴らしいですわ。わたくし達まで嬉しくなりましてよ」
「まあ、恐れ入りますわ」
気にしてわざわざ来てくれたのか。ええ子らや。
と、そこへ声がかかった。深みのある、佳い声だ。
「どうしたお前、ここで何やってる。お前が十位以内になんか入ってるわけないだろうが」
「……あらお兄様」
トーンと温度が二段くらい下がった声で、マリーナが言った。
え、お兄様?
声をかけてきた方を見てみると、見事な赤毛に金色の瞳、マッチョなスポーツマンタイプの背の高い青年が足を止めてこちらを見ている。
あらまこの人、いつぞやお兄様のクラスに行った時、お兄様の執務室を教えてくれた人だわ。なるほどマリーナちゃんと同じ色彩、運動神経良さそうなところも共通してる。マリーナちゃんのお兄さんだったんか。すると妹同士、兄同士で同じクラスなのかー。
「お、公爵。今回も一位か、すごいな。それに妹君まで。お久しぶり、覚えているかわからんが、ニコライ・クルイモフという」
「お久しゅうございます、もちろん覚えておりましてよ。あの折にはお世話になりまして、かたじけのうございました」
微笑むエカテリーナの傍らで、アレクセイがマリーナを見て笑みを見せる。
「こちらが君の妹君か」
「おう、うちの猿だ」
ははは、とニコライは笑い、マリーナはキーッと怒りの声を上げた。
「ちょっとお兄様!今なんておっしゃって⁉︎わたくしが猿だったらお兄様なんか大猿ですわよ!物置小屋をふたつも破壊するような馬鹿力の大食らいの大猿魔獣のくせに、人間のふりして片腹痛いですわ!」
「誰が大猿魔獣だ、物置小屋は建て替えるから壊せと言われてやったんだろうが!」
でも壊せるんだ。
「お前の令嬢のふりの方がよっぽど片腹痛いぞ、そんなんでやってけるのか」
「おーほほほ、お母様直伝の『猫瞬間五枚かぶり』を会得したわたくしに死角はありませんわ!」
「……猫かぶりを人前で言ってどうする」
「はっ!」
マリーナは硬直する。
うん、ニコライさんナイスツッコミ。
そーかマリーナちゃん猫五枚被ってたんかー。頭上に猫が五匹で猫タワー状態かー。モッフモフやなー。
令嬢の皮を被った社畜として、親近感を感じるわ。
ということで、私はボケをかまそう。
「マリーナ様、猫をそんなに飼っていらっしゃいますの?きっと愛らしいことでございましょうね」
「そ、そうですの!」
エカテリーナの養殖ボケに、マリーナが素早くとびつく。
「わたくしどもは馬の牧場を経営しておりますので、猫は馬房にたくさん住み着いておりますの。害獣駆除に役立ちますし、気性の荒い馬も猫とは仲良くなることが多いのですわ」
「猫と馬がお友達になりますの?なんて素敵なこと。
そう、クルイモフ家の魔獣馬でしたら、先日拝見しましたわ。美しく力強い、素晴らしい存在でございました」
「まあっ、嬉しいお言葉!恐れ入りますわ」
エカテリーナの言葉を本気で喜びつつ、なんとか逃げ切った感が漂うマリーナである。
皆を見回すと、呆れ顔のニコライ以外は温かい笑顔で、マリーナが逃げ切ったことにしてあげるようだ。うむ、一日一善。
しかしクルイモフ兄妹、喧嘩するほど仲がいいって感じだな。
エカテリーナは傍らの兄を見上げ、悪戯っぽく微笑んだ。
「お兄様、クルイモフ家のお二方はたいそう仲良しでいらっしゃいますわね。比べますとわたくし達、まだ親しさが足りないように思いますわ。
試みに一度、わたくしを猿と呼んでごらんになりませんこと?」
「無理だ」
あっさりとアレクセイは言う。
「お兄様、お諦めが早うございますわ」
「だが無理だ。私は猿を実際に見たことがないが、南方の森に生息する、樹上に群れで暮らす生き物なのだろう」
うん、ユールグラン皇国には猿は生息していないらしい。南の国々にはたくさんいて、皇国でもペットとして飼われることはあるらしいけど。前世でも猿は熱帯雨林とか暑い所にいるイメージで、ヨーロッパにはほとんどいなかったはず。ニホンザルは雪の中で温泉入って猿酒飲んだり(間違い)するけど、あれは例外的な存在だった。
アレクセイはエカテリーナの髪に触れ、ゆっくりと撫で下ろした。
「これほど美しい生き物が群れて暮らす森があるなら、私は公爵領など捨ててそこに住むだろう。小さな家でも建てて、そこにすら入らず日がな一日樹上を見上げて、幸福に暮らすだろうな。
だから、お前を猿と呼ぶ訳にはいかないんだよ、私の夜の女王。お前には樹上ではなく、私の傍らに居てほしいからね」
「まあ、お兄様ったら」
今日もシスコンフィルターがキレッキレですね!
「お兄様がそのようなお戯れをおっしゃるなど、お珍しゅうございますこと」
「私は戯れなど言わない。言えない性質なんだ」
アレクセイは至って真顔だ。
ニコライがうめくような声を上げた。
「……おい、公爵、ちょっと待て。
あんたそんな恥ずかしいこと、すらすら言える奴だったのか?」
「おかしなことを言ったか。私はどうも、思うことを言葉にするのが苦手なんだ。自覚している」
「違う、むしろうますぎるというか。あんたは自覚がないってことを自覚してないぞ……当たり前か、俺は何言ってんだ」
ニコライが額に手を当てる。
「いやもともと傾向はあったんだけど、最近急激に磨きがかかってきてて困る。……こんなの真似しなきゃならないのかな」
ミハイルの表情には珍しく焦りがあるようだ。
いや皇子、真似してどうする。でも君ならサマになるかもしれないぞ?君のお父上、皇帝陛下の美辞麗句スキルはお兄様と張り合うレベルだったし。
だけど君には、君のキャラでいてほしいなあ。
なんかオリガちゃん、顔が赤いような。フローラちゃんはいつも通りニコニコしてるけど。
そしてマリーナちゃん、なんで両手で顔を覆っているのかね。指の間からガン見してるのが丸わかりなんだが。おーい猫が何枚か仕事してないぞー。
あーなんか皆、お兄様のシスコンで動揺させたみたいですまん。
でも私だって、ブラコン極めるつもりだからね!