皇后マグダレーナ
「まあ、今年も見事だこと!」
蔓薔薇のアーチをくぐって、現れた薔薇園の全貌に皇后マグダレーナが感嘆の声を上げた。
今は皇室御一家とユールノヴァ公爵家兄妹とで、庭園をそぞろ歩いている。こうして薔薇を鑑賞したのち、共に昼食を取るのが例年のスケジュールだ。
「邸の管理も、所領の統治も順調のようだな。その若さで、さすが危なげない当主ぶりだ」
「恐悦至極に存じます。まだまだ、道半ばですが」
皇帝の言葉に、アレクセイが応えた。ミハイルの遊び相手として幼い頃から皇城に通ってきたアレクセイだけに、皇帝も彼をよく知り期待している。
「先日、お祖父様……先帝陛下にお会いしてきたんだ。セルゲイの孫は元気かとお尋ねがあった。君のお祖父様を懐かしんでおられたよ」
ミハイルが言った。セルゲイが仕えた先帝ヴァレンティンは、今も存命。ユールグラン皇国の皇位は譲位で引き継がれるのが基本だ。
ヴァレンティンはアレクセイの祖母アレクサンドラの弟で、聡明だったが病がちで気弱な面があり、その自分を支えてくれるセルゲイへの感謝は深かった。気性の激しい姉に逆らえない人物ではあったが、セルゲイ亡き後のアレクセイを気にかけてはいたのだ。
やがてミハイルが即位する日が来たならば、祖父セルゲイと同様にアレクセイが、宰相や大臣を歴任することになるだろう。
そのあかつきには、公爵領の内政は私が代行できるくらいになって、お兄様の過労死フラグを折ってみせる!
心で拳を握るエカテリーナである。
「エカテリーナ、そなたのドレスは素敵ね。美しい青だわ」
キター!
皇后に話をふられて、心の拳がガッツポーズだ。
「皇后陛下にそのようなお言葉をいただき、光栄でございますわ。実は、ユールノヴァ領で発見された、新たな染料を使っておりますの。今までのラピスラズリより、安価に美しく染めることができるそうですわ」
「まあ」
皇后の目がきらっと光る。
興味を引かれたようではあるけど、売り込もうとしているのもバレバレなような。そりゃ、経済振興に手腕を発揮する皇后陛下には、日々いろんなものの売り込みが殺到してるだろうな。
と、皇后はふっと笑った。
「そなたのようなお若い令嬢が、流行のドレスより所領の産物を大切にするのは珍しいことね。よい心掛けだこと」
「恐れ入ります。陛下のお衣装を拝見しますと、海の向こうの絹織物の美しさにも心惹かれますわ。陛下に憧れる婦人方がこぞって身にまとうお気持ち、よく解りますの」
ええ、お世辞抜きでそう思います。前世のイスラム文様に似た精緻な幾何学模様が織り出された絹織物を使ったドレス、めちゃくちゃ美しい!皇后陛下のハンサムウーマンなお顔立ちにぴったりです。
ヅカの男役トップスターを思い出させるくらいだから、この方絶対女性に人気ある。そりゃ女性たち、同じドレスを着たがるわ。流行作れるわ。
「あら」
皇后がくいっと眉を上げたので、見え見えのお世辞と思われたかなーとへこみかけたエカテリーナだったが、そこでばちっとウインクをかまされた。
「可愛いことを言ってくれるわね」
トップスターにウインクされたぜうっひょうかっこいい!
「その青であれば、『神々の山嶺』の向こうへ輸出するのもいいわね。あちらの国々では、青や緑が好まれることが多いの。砂漠の国にとって、水や木々を思わせる色は憧れなのよ」
「輸出!興味深いご意見ですわ」
なるほど!そういえば前世でも、中東の国々は緑色を好んでいて、国旗に緑が使われてることが多かったはず。それに、青が美しいモスクがいくつもあった。
「ほほほ」
エカテリーナの反応を見て、なぜか楽しそうに皇后は笑う。
「デリケートな方は、砂漠の国と聞いただけで蛮族などと言って、拒否反応を示すことがあるのだけど。そなたは目を輝かせるのね」
いや、蛮族って……この織物を見ただけで、あちらの文化の高さが知れるというのに。馬鹿なこと言う人がいるもんですね。
ってあああ、そゆこと言いそうなヤツの心当たりがー!
……考えてみれば、去年までここで皇室御一家をお迎えしてたのはアレと父親か……。アレから見たら皇帝陛下は甥、皇后陛下は甥の嫁か……。
クソババア……まさか皇后陛下にまで嫁いびりを……?
(皇后になれば、お祖母様でさえあなたに頭を下げるようになる……だから……)
か細い母の声が耳によみがえり、エカテリーナは暗澹となった。
「エカテリーナ?どうかして?」
皇后に呼ばれて、はっと我に返る。
「ま、まあ、ご無礼を」
「気にしなくてよくてよ。それより具合でも?」
「いえ、ただ、ふと母を思い出しましたの。恐れ多うございますけれど、陛下と年の頃が近うございましたので」
「まあ、そう……」
ほう、と皇后は嘆息した。
「アナスタシア……覚えていてよ。わたくしよりも少し年下の、美しくて淑やかな、貴族令嬢の鑑のような方だったわ。
お母様のこと、あらためてお悔やみ申し上げるわ。そなたはお母様にそっくりね。でも、そなたの方が大人びていて、しっかりしているように思えるわね」
「恐れ入りますわ。温かいお言葉、心に染み入ります」
……お母様のことを悔やむ言葉、かけてもらったの初めてかも。
いや、お母様の葬儀で、たくさんそんな言葉はあったはずだけど……ひとつも覚えてないや。亡くなったあの時のことだけ、心に強烈に焼き付いていて。その後は……たくさんの花、たくさんの人々、盛大で、整然ととりおこなわれて。その中で、ぼんやりして、ふわふわして、ただ時間が過ぎていった。
……葬儀を取り仕切ったお兄様、あの頃ちっとも役に立てなくてごめんなさい。独りで何もかもに立ち向かわせてしまって。
そう考えると、アラサー社畜の記憶が戻ったのはラッキーだったな!
今は皇后陛下のおもてなし、言わば接待中。前世でも営業はやったことはないけど、社会人として接待くらいこなせんでどうする。集中するんだ自分!
「陛下、先ほどのデリケートなお方ですけれど。そもそも絹というものは、『神々の山嶺』の向こうからもたらされたと聞き及びますわ。蛮族などとおっしゃるなら、そのようなものを身に着けることはお出来にならないことでしょう。デリケートな方はご苦労が多くていらっしゃいますわね」
「まあ、ほほほ!」
エカテリーナの言葉に、皇后はなぜか笑い出す。
「そなたの言葉とよく似たこと、わたくしがその場で言ったのだったわ」
おおー!
さすが女の園のトップスター!(違うぞ)ババアの嫁いびりなんかに負けてない!
かっこいい。なんか……なんかもう姐御。
「そなたとは気が合うようで嬉しいわ。今日はいろいろお話ししましょうね」
「はい!わたくしも嬉しゅうございます」