ユールノヴァ騎士団
マルドゥを伴い、大広間に移動する。天井からは巨大なシャンデリアが下がり壁面には建国期のエピソードを描いた巨大な絵画が飾られた、きらびやかな大広間には、ユールノヴァ家の紋章を描いた旗と、ユールノヴァ騎士団の団旗が飾られている。
そして、皇都常駐隊に加えて明日の警護のために公爵領から増員された騎士団員が、大広間にずらりと整列していた。
総勢、百名ほど。礼服に身を包み、剣を携えた騎士が、威儀を正して整然と並ぶ光景は壮観だ。
ユールノヴァ騎士団の総勢は、千人くらいだそうだ。
かつてはユールノヴァ家の私兵として、他国や他家との戦闘に明け暮れていた。けれど皇国も四百年続いた現在、国内も他国との関係も安定した状態が続いている。そんな今、騎士団の主な役割は魔獣の掃討。ユールノヴァ領は強力な魔獣が生息しているわけで、それと戦うユールノヴァ騎士団は精強なることで名高い。あとは、災害発生時の人命救助。
なんか、前世で言えば、特撮もののなんちゃら警備隊(魔獣を怪獣と見立てるとね)と自衛隊のハイブリッド?
毎年、欠員補充のための新人選抜を四月中に行い、選ばれた新入騎士が行幸前日に忠誠を誓うのが、ユールノヴァ騎士団の定例スケジュールだそうだが、強くてかっこいい正義の味方な騎士団はユールノヴァ領では憧れの的で、毎年志願者が殺到するそうな。
でも他領では、騎士団が人気ないところもあるそうだ。領民を虐げる領主の手先になってたり、金食い虫の役立たずだったり、いろいろあるらしい。ちなみに総勢一万人くらいの超金食い虫、重税にあえぐ領民が反乱(てか一揆?)を起こすと力ずくで押し潰すのが主な役割ということでそこの庶民から憎まれているのは、ユールマグナ騎士団だそうです。
「ユールノヴァ公爵アレクセイ閣下、公妹エカテリーナ様、ご来臨である!」
朗々と響く声でローゼンが言うと、騎士たちは音を立てて踵を打ち合わせ、胸に拳を当てて、こうべを垂れた。
ローゼンの先導で、アレクセイとエカテリーナは騎士たちの前を進み、一段高く設えられた段上から彼らと向かい合う。
「面を上げよ」
ローゼンの声に顔を上げた騎士たちが、アレクセイとエカテリーナを見上げた。
美貌の兄妹を仰ぎ見るその表情は、感慨と歓喜に満ちている。
まずアレクセイ。
祖父セルゲイが亡くなった時、アレクセイは十歳。初めて魔獣掃討の指揮を取ったのは十三歳の時。その初陣でアレクセイは、自ら魔獣を仕留める魔力と武勇、常に冷静で的確な判断を下す知力で騎士たちを心服させた。
祖父亡き後、実質的に騎士団のあるじであったアレクセイだが、形式上のあるじはあくまで父アレクサンドルだった。昨年までこの場で騎士たちからの忠誠の誓いを受けていたのは父であり、騎士団の貴婦人は祖母アレクサンドラであった。
まだ幼さの残る子供に危険な任務を任せ、安全で華やかな場でのみ騎士団のあるじとしてふるまうアレクサンドルを、騎士たちが支持するはずもない。
幼い頃から苦楽を共にしてきたアレクセイが、名実共に騎士団のあるじとなって、新たな騎士の忠誠を受ける。
騎士たちは皆、感慨無量であった。
そして、エカテリーナである。
セルゲイが亡くなりアレクサンドルが爵位を継いだ時点で、本来なら騎士団の貴婦人は、アレクサンドルの妻アナスタシアが務めるはずであった。しかしアナスタシアは正当な栄誉を得ることなく、幽閉された末に非業の死を遂げた。
エカテリーナは、その母と共に祖母から非道な扱いを受けていた、悲劇の令嬢。というのが騎士たちのイメージだ。
さらに、直接エカテリーナと接したマルドゥの話がすっかり広まっている。兄アレクセイと同じく優秀、それでいて謙虚で優しく、家庭教師の幼い娘にいつも菓子を贈ってくれる、女性らしい心配りの持ち主。しかし学園に魔獣が現れた時には、クラスメイトを逃して自ら戦うという凛然たる勇気を示した。
そして今日、騎士たちの前に、初めて現れたエカテリーナ。あでやかに装った彼女は、十五歳とは思えないほど大人びて、女神のように美しい。
騎士団の貴婦人として、これほどふさわしい令嬢がいるであろうか。居並ぶ騎士たちの胸は、感動でいっぱいであった。
エカテリーナがそんな騎士たちの内心を知ったら、『すいません!詐欺ですいません!』と頭を抱えて叫ぶだろう。
今日エカテリーナに忠誠を誓い剣を捧げるのは、騎士団長ローゼンと副騎士団長、皇都に来ている隊長二名の計四名。
そしてマルドゥを含め十名が、新たに騎士団に加わるということでアレクセイに忠誠を誓い剣を捧げたのち、エカテリーナに剣を捧げる。
騎士が剣を捧げる際、受ける側は捧げられた剣を受け取り、その剣で騎士の肩を打つことになっている。
この作法に騎士団によって微妙な違いがあり、軽く打つ、ただ肩に当てる、アザができるほどぶん殴る、といったそれぞれの特色があるそうだ。
ユールノヴァは軽く打つ派。古くから続く騎士団ほどぶん殴る系が多く(闘魂注入かよ)、ユールマグナもユールセインも豪快にぶん殴るらしいけど、ユールノヴァは最初の貴婦人である開祖セルゲイの正妻クリスチーナが小柄な優しい女性だったそうで、闘魂注入は向いてなかったようだ。
セルゲイは愛妻家だったようで、クリスチーナのやり方に文句をつけた家臣に、じゃあ自分がぶん殴る代わりにぶった切ってやろう、と言って剣を抜いたという、ワイルドな愛妻エピソードが残っている。肖像画の間にあったツーショットの肖像画を見ると、セルゲイは長身で、小柄なクリスチーナとはかなりの身長差カップルだった。
なお皇室の騎士団である皇国騎士団は、肩に当てるだけ派。これは、皇国最大規模で人数が多いため、いつしか簡素化されたらしい。
ありがとうクリスチーナさん。十四人もの人様の肩をアザができるほどぶん殴るとか、私には無理です。つーか剣て、金属の棒ですからね。うっかり強く叩いたら骨が折れませんか?
と思ったら闘魂注入で骨折は、騎士団あるあるだそうで……。
うちの子でほんとに良かった。
最初に騎士団長ローゼンが己の剣を鞘から抜き放ち、ひざまずくと、剣を捧げ持ちエカテリーナへ差し出す。
皇国の騎士が使用する剣はサーベル型で、日本刀のように軽く湾曲している。そして、先端から三分の一ほどが両刃になっている。斬る、突く、どちらにも使える機能的で美しい剣だ。
「ユールノヴァ騎士団長エフレム・ローゼン。騎士の魂、我が剣を、愛と忠誠を込めて我が騎士団の高貴なる貴婦人、エカテリーナ様に捧げ奉る」
忠誠の誓言を述べるローゼンからエカテリーナは剣を受け取り、彼の肩に当てる。そして、誓言を発した。
「エカテリーナは、喜びをもって騎士団長ローゼンの忠誠を受け取ります。今までの働きに感謝し、これからの精励に期待します」
そして、剣の平でそっと肩を打つと、その剣を捧げ持ったのち、ローゼンの手に返した。
「我が貴婦人」
再び剣を捧げ持ち、ローゼンが深くこうべを垂れる。
……最後の台詞って儀礼に含まれてたっけ?
それにしても、ローゼンさんみたいな渋いおじさまにひざまずいてもらうなんて、気が引けるわ絵になるわで、ドッキドキですわ。
歴女的に超テンション上がる、素敵なイベント。なんですが、がっちがちに緊張するんで、できたら自分が剣を捧げられる立場じゃなく、すみっこで見学してる人になりたい気が早くもしております。
でも、お兄様の妹なんだからそうはいかない。
あと十三人だー。頑張れ自分!
そんな残念なエカテリーナの内心をよそに忠誠の誓いは滞りなく進み、新たに騎士団に加わった十名も正式にユールノヴァ騎士団の一員となった。
そして忠誠の儀式が終わり、アレクセイとエカテリーナが退出して騎士団だけになった場で、新入の団員たちは先輩たちに歓迎されつつ、あのお二人に剣を捧げることができて羨ましいと口々に言われたのだった。