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そろそろ薔薇の季節です

妹の顔色を見て、アレクセイが慌てて説明してくれた話によると、三大公爵家はそれぞれの皇都邸に家を象徴する花の広大な庭園を持っており、その花が見頃の時期になると皇室御一家が訪れてくるのが恒例行事なのだそうだ。

確かに皇都ユールノヴァ公爵邸には、広大な薔薇園がある。……しかし、まさか毎年皇室一家が鑑賞に来るとは。


「……すまない、私の失態だ」


片手を額に当てて、アレクセイは珍しくうろたえている。


「もっと早く、お前に伝えるべきだった。女性は衣装などに時間がかかるのを考慮すべきなのに、そういうことに不調法ですまない」

「い、いえ、お兄様。そのように大切なことを存じ上げなかったわたくしがいけないのですわ」


お兄様にとっては常識みたいなもので、わざわざ説明する必要があるとは気付けないことなんだろうな。

私も幽閉状態から解放されて八カ月経つってのに、こんな重要行事を知らないのはやっぱり、半年間も殻に閉じこもっていたせいだと思う。

だから、お兄様は悪くないです。ええ、とにかくお兄様は悪くない。


しかし!

皇帝一家が毎年花見に来るって、三大公爵家すげえ!

そんなことがあろうとは、夢にも思いませんでしたよええ!

今この瞬間も、うっかり白目になりそうだ!


何か準備が必要なら言えって言われたっけ?

準備?

どーすりゃいいの、何すりゃいいの?うわーん、さっぱりイメージできません!


「お嬢様、そう緊張されることはございません。毎年のことですから、皆心得ております。

ご自分の衣装さえご準備されればよろしいかと」


そうノヴァクが声をかけ、エカテリーナは我に返った。

そうか、まったくその通り。私以外には恒例行事!


「あの、わたしが言っても気休めですけど、きっと大丈夫です。公爵閣下がご一緒ですし、ミハイル様もいらっしゃるんですから」


励ますようにエカテリーナの背を撫でて、フローラが言う。

あ……そうか。確かに。

お兄様の後ろに隠れてれば安心。皇室ご一家と言っても一人は皇子。

……しかし残りは皇帝皇后……ぬおお。


「衣装もご心配はいりません。あまり凝ったものでなければ、急がせれば間に合うでしょう。幸い明日は週末、公爵邸にお帰りになってご準備なさればよろしいかと」


ハリルが笑顔で言う。男性なのにドレスの準備所要期間が判るあなたは一体何者。あ、商人か。


みんながこんなに励ましてくれるって、私はどんだけショック丸出しにしてしまったんだ……。さっさと立ち直らねば!


「ありがとう存じますわ、皆様。おかげさまで、落ち着いてまいりました」


しかし、衣装。ドレス……。

り、流行とかあるんだろうな。


「できることならお嬢様には、今のご婦人方の流行とは異なる衣装をお召しになっていただきたいものです」


ため息混じりに言ったのがアーロンだったので、エカテリーナは驚いた。学者のような風貌の若き鉱山長が、ドレスの流行について意見があるとは意外だったので。


「ユールノヴァ領は宝石も産出しますが、近年ご婦人方はあまり豪華な宝石をお求めにならないので、値が下がっておりまして。もう数年来、流行は『神々の山嶺』の向こうから輸入される、豪華な絹織物なのだそうです。衣装の主役が美しい模様を織り込んだ布地なので、大きな宝石は邪魔になるとかセンスが悪いとか思われるようになってしまったらしく」


神々の山嶺とは大陸の中央にそびえ東と西を分かつ、大山脈のことだ。前世のヒマラヤ山脈に似ているが、それ以上に険しく、大陸を背骨のように貫いているらしい。そのため東西の交易は、ほぼ海路に限られる。


「せっかく極上品を採掘した場合も売り物にすることができるようになったのですが……。

宝石は鉱物の華なのに。残念でなりません」


アーロンは悲しげだ。


……アーロンさん、鉱物マニアでしたか。マニア心が昂じて鉱山長にまでってすげえ。

しかし『極上品を採掘した場合も』とな?


「あの、今までは良い宝石が採掘できても、売ることができませんでしたの?」


素朴な疑問を口にしてみると、執務室に微妙な空気が流れた。

なぜに?


と思ったら、アレクセイが苦々しげに教えてくれた。


「お祖母様が、そうしたものは自分の物だと言って他へ売ることを禁じていた。……鉄鉱山の方へ口出しされるよりはましだから、それくらいは好きにさせていたんだ」


……あ、ん、の、クソババア!

嫁いびり以外にそんな真似もしてたんかい!


そしてお兄様、うすうす気付いてたけどやっぱり、父親やクソババアの生前から公爵領の仕事を担わされてたんですね。

子供を働かせておいて、さらに私欲でその仕事を邪魔するような真似しやがって、てめーはマジで魔獣に食われてクソになるべきだったクソババアじゃ!


……いかん落ち着こう。クソババアも今はこの世の人じゃない。人間死ねばみな仏。

この世界に仏教ないけどな。

でも落ち着こう。どうどう自分。


で、私に宝石の良さをアピールしてほしいと?

なんか特産品の宣伝て、観光大使みたいですけど……悪役令嬢に観光大使が務まるでしょうか。


「お若い女性には大粒の宝石は似つかわしくないとされますが、お嬢様のように威厳のあるお美しさであれば、さぞお似合いになるでしょうね。皇后陛下も羨む逸品を用意いたしますので、ぜひお使いください。

そうだ、閣下、例の『天上の青』ですが、お嬢様にうってつけではありませんか。お嬢様、こちらもぜひ。皇后陛下も、そろそろ次の流行を打ち出したい頃合いでしょう。見定めていただくよい機会です」


ハリルさん、私を無料広告塔として活用する気マンマンですね。天上の青って何だろう、まあお役に立てれば嬉しいですが。でも効果は期待できないですよ……。


「エカテリーナ、宝石も天上の青も、気に入らなければ使わなくていい。お前の好きにしていいんだよ。輸入の絹織物が良ければ好きなだけ買いなさい。皇后陛下をもてなすなら、その方が無難でもあるのだから。

輸入絹織物の流行を創り出したのは皇后陛下なんだ。実家のユールセインは東西交易の重要な港を抱えているからね、輸入が盛んになれば潤う。しかしそれだけでなく、皇国の産物を東へ輸出する量も増えて、皇国全体に利益をもたらしてもいる。賢明な方だ」

「まあ……」


アレクセイの言葉に、エカテリーナは思わず感嘆した。


「利幅の大きい絹織物を流行らせることで、東の商人を呼び寄せておられますのね。

布地だけでは貨物船の船倉に空きがでてしまいましょうから、皇国で売れるであろう他の商品も運んでくるはず。利幅の大きい絹織物と抱き合わせて、他の商品は少し安価に皇国で流通するのであれば、それは売買が盛んになることでしょう。そして東へ帰る時には、東の国々で売れるであろう物品を買い付けて船倉を埋めるのでしょうから、皇国の産物も輸出が増える。そういうことでございましょうか」


うーん、やるなあ皇后陛下。

前世でも戦国時代の姫君とか、ルネサンス期イタリアの女性たちとか、実家と婚家の橋渡しをしつつ両方盛り立てるのが理想だったもんね。


「なんとお見事ななされようでしょう。衣装の流行を先導するという、皇后のお立場なら自然なことから経済を活性化させ、誰にも後ろ指をさされることなくご実家を引き立てつつ、皇国も盛り立てておられる。

皇后というお立場にある方の、鑑のようなお方であられますわ」

「……エカテリーナ様は、それを即座に理解なされるのですな」


ノヴァクが唸る。瞬時にここまで理解できる十五歳の少女など他にいるだろうか。

いや中身が元歴女のアラサーで、かつ物流システムや受発注システムなど商業がらみのシステムも開発したことのあるSEで、あと経済系のドキュメント番組が好きでよく見ていた中身おっさん女だからなのだが。


「お嬢様、いつか皇后の位にお即きになり、そうしたことをご自分でもやってみたいと思われませんか」

「えっ!まさか思いません絶対嫌ですわ」


ノヴァクの言葉をエカテリーナは脊髄反射的に瞬殺した。一刀両断真っ向唐竹割である。


だって!あれほどあり得ないと思った魔獣のイベントでさえ、ゲームのシナリオ通り発生したんだから!

悪役令嬢が皇后の位なんか希望して皇子を狙ったりしたら、きっと即座に破滅フラグ立つよ!絶対!やだやだ怖い!


ってああっすんません、気が付いたらノヴァクさんが真っ白に……。


「あ、あら、申し訳ございません。わたくし、わがままを申しました。でも皇室は嫌ですの……」

「……さようでございますか」

「いいんだ、私が許したことだからな」


ノヴァクは嘆息したが、アレクセイはなにやらむしろ機嫌が良い。


「ローゼン、我が妹は聡明だろう。私が妻を娶るか、この子が他家へ嫁ぐまでは、ユールノヴァの女主人はこのエカテリーナだ。ユールノヴァ騎士団の貴婦人として戴き、忠誠を捧げるよう命じる。

皇室御一家がご来駕される前日に、剣を捧げ忠誠の誓いを行え。私に何かあれば、騎士団はあるじをエカテリーナとし、命令に服従するように」

「拝命いたしました、閣下」


騎士団長は立ち上がり、胸に拳を当てて一礼した。


「妹君のお優しくご聡明なご気質は、このたび騎士団に加えるマルドゥから聞き及んでおります。騎士団の貴婦人に戴けますこと、光栄に存じます」


騎士団の貴婦人?剣を捧げる?なんですかその中世騎士道物語にして乙女チックファンタジーロマンな言葉。アラサーも思わずときめいてしまうんですが。


アレクセイは目を見張っている妹の髪を撫でて、微笑んだ。


「お前は、ユールノヴァの娘として当然得るべき多くのものを、まだ手にしていないんだ。まずはそれを正していこう。身体が弱いのだし、皇后の位など狙わなくていい。今は両陛下への拝謁に備えることだけ、考えていなさい」

「はい、お兄様。仰せの通りにいたしますわ」


ほっとしてエカテリーナはうなずいた。


ありがとうございますお兄様。

そして病弱設定削除してくださいなんて思っててごめんなさい。病弱って皇后になれない立派な理由になりますよね!

これからは破滅フラグ対策として、病弱設定を活用させていただきます!

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