問題発言(NGワード)
授業再開となったのは、魔獣出現の三日後だった。しらみつぶしに捜索しても、魔獣の姿はおろか痕跡も発見できず、授業のカリキュラムもあることから皇都警護隊が巡回することを条件に安全宣言が出されたのだ。
学園内に武装した警護隊が行き交う光景は緊張感があるが、生徒たちの姿が戻った学園は活気を取り戻していた。
エカテリーナはフローラと誘い合わせて、二人で登校する。教室に入っても二人ともクラスメイトに遠巻きにされているが、慣れたものだ。
そんな二人に、いや狙いは一人なのだろうが、聞こえよがしな声が聞こえてきた。
「嫌だわ、元凶が大きな顔で登校してくるなんて」
「そうよ、そうよ」
……このしょーもない嫌味も数日ぶりだと懐かしくさえ思えるよ……。
そして、待ってたよ。
「今、奇妙な言葉が聞こえたようですわね」
悪役令嬢にばっちりお似合いの、唇の端を小さく上げる蔑みの笑みを浮かべて、エカテリーナはソイヤトリオに向き直る。
「元凶とは、何のことですの?」
「あ、あら」
いつもなら彼女たちの発言をオールスルーするエカテリーナに反応されて、ソイヤトリオはぎくりとしたようだ。
「せ、先日の魔獣ですわ。あんなものがこの魔法学園に現れるなんて、おかしいですもの。誰かが何か企んだに違いありませんわ」
「そうよ、そうよ」
心配そうに袖を引こうとするフローラの手をそっと握って安心させると、きっ、とエカテリーナは眉を吊り上げた。
「おかしいと思えばこそ、皇都警護隊が全力で調査しておられましてよ。元凶などとおっしゃるからには、根拠があってのご発言なのですわね?警護隊も見つけられない何らかの証拠をお持ちなら、なぜすぐご提出なさらないのかしら」
「しょ、証拠なんて……ただ、みんな言ってますわ。身分違いの平民が何か企んだのだろうって」
「そうよ、そうよ」
エカテリーナはおもむろに、口元に片手を当てた。小指をちょっと立てるのがポイント。
「おーほほほ!」
高らかに笑う。一回やってみたかった悪役令嬢笑い!
そして背景に暗雲背負って稲妻を走らせつつ、エカテリーナはぎろりとソイヤトリオを見下した。
「みんな、とは?具体的にお名前をお聞かせいただきたいですわね」
「み、みんなはみんなですわ」
うん、君たち三人でみんなだね。知ってる。
「悪意ある妄言にすぎませんわね。これ以上は、ユールノヴァ家として看過出来かねましてよ。
この機会に申し上げますわ。我が兄、ユールノヴァ公爵アレクセイが誓言をいたしました。わたくしの生命の恩人であるこちらのフローラ・チェルニー様は、ユールノヴァの名に連なる者ことごとくの友であり、フローラ様の敵はユールノヴァの敵であると」
誓言と聞いて、ソイヤトリオがぎょっと顔色を変えた。
「そして、フローラ様の魔力属性が判明したことをお伝えいたしますわ。フローラ様は、世にも稀なる『聖』の属性をお持ちです。かのアストラ帝国では聖女と称せられ、尊ばれる存在であったことは、ご存知ですわね」
クラスの全員に聞こえるように、エカテリーナは言い放つ。
これがやりたかったからソイヤトリオを構ったのさ。
「それから、『何か企んだ』とやらの妄言ですけど……お話になりませんわね。何をどうすればあのような事象を起こすことができますの。あらかじめどこかであの魔獣を捕らえておき、共犯者に運ばせたのですの?誰も知らないアストラ帝国の秘法を知っていて、あの場で呼び出したのでしょうか?
まあすごい!大変な組織か教養の持ち主ですわね!おほほほほ!」
ここで突然、エカテリーナはすとんと声のトーンを落とした。
背景は暗黒に落雷じゃ。
「そのようなことがあり得るとでも……?」
地の底を這うような声に、ソイヤトリオはビビり上がる。
大声を出すと周囲に止められるけど、低ーい声を出してもあんま止められることはないのでね。腹が立ったらむしろ声のトーンは落としましょう。ハイこれ人生のテストに出ますよー。
「ほんの少し考えれば、解ることですわ」
ころりと表情を変えて、エカテリーナは微笑んだ。明るい声音で高らかに、
「これしきのこともわからないような愚か者は、さっさと魔獣に食べられて、排泄されてしまえばよろしいのですわ!」
ほほほほほ、と三度目にかました悪役令嬢笑いは、クラスに落ちたものすごい沈黙の中に響き渡った。
……うん、言いながら自分で思ったよ。
『排泄』はないよね『排泄』は。
お嬢様なのにね。『排泄』ってNGワードだよね。
でもなんとなく口から出ちゃったんだよ。
さっさと水に流して逃げよう。『排泄』だけに。
「……そう思いましてよ」
フッと笑って、はいこの話はこれでおしまい!
……ってことにしたかったのだが。
すっ、と椅子を引いて立ち上がる気配があった。
誰だよ、と思ったら、クラスの中心人物であるキラキラしたスクールカースト上位って感じの伯爵令嬢だ。
立ち上がって、こちらへ歩いてくる。
ふっと笑って、エカテリーナも立ち上がった。意図はわからないけど、迎え討ったる。
まともに顔を合わせるのも初めての伯爵令嬢は、あらためて見てもキラキラして見えた。何しろ色彩が明るい。燃えるような赤毛に金色の瞳、ストレートセミロングの赤毛にはメッシュのように金が混じっているという輝かしさ。
少し陽に灼けた肌、鼻のあたりにちょっぴりそばかすが散っている。ボーイッシュで整った顔立ち、瞳の光が強くて野性味がある。何より、身体つきが制服の上からでも解るほど引き締まっていて、スポーツ選手のようだ。
これは、スクールカースト上位ってより、女子にモテる女子かも?
高校時代にクラスにいたけど、運動部の大会とかで活躍して、ボーイッシュでカッコいいから女子にきゃーきゃー言われる、アニキ系女子ではなかろうか。
伯爵令嬢はエカテリーナの前に立つと、目と目を合わせて、よく通る声で言った。
「同じクラスですのに、お話しするのは初めてですわね。あらためまして、わたくし、マリーナ・クルイモフと申します」
「わざわざのご挨拶恐れ入りますわ。わたくしは、エカテリーナ・ユールノヴァです」
優雅な微笑みで対抗する。暁の精霊のように明るいマリーナの色彩に対し、藍色の髪に紫がかった青い瞳、透き通るように白い肌を持つエカテリーナは、まるで宵闇の精霊のようだ。向かい合う二人の少女は、見事に対照的だった。
マリーナの金色の瞳が細められた。すらりと引き締まった身体つきと相まって、猫科の生き物めいている。
「ユールノヴァ様、わたくし……」
さあこい、何の用だ!
「お詫びを申し上げに参りましたの」
……へ?