独壇場とアザレアの東屋
妹には勝てないアレクセイだが、その次は独壇場だった。
学園の一室、アレクセイが執務室にしている部屋よりはひとまわり小さい会議室が皇都警護隊の事情聴取用に割り当てられていて、通されてみるとそこに、警護隊の制服を着た三名と共に校長(正しくは学園長)と副学園長もスタンバイしている。
この渋い顔つきは、お小言とみた。生徒だけで魔獣に立ち向かうなんて危険なことを、とか言おうとしてるっぽい。立場上言わざるを得ないのかもしれませんが、不可抗力だったんでできれば勘弁してほしい。もしかするとお兄様、これがわかってて帰らせようとしてくれたのかも。
ミハイル、アレクセイ、エカテリーナの順にソファに座るや、アレクセイが先制した。
「報告を待っていました」
何か言いかけていた学園長が固まる。
気持ちはわかる。お兄様、それ生徒の台詞やない。ちょっと言葉遣いが丁寧な上司の台詞や。
「あー……報告……とは」
「現状の調査状況です。どのような調査を実施しており、わかったこと、わかっていないことは何か。
まださしたる進展はないでしょう。結果は求めていませんが、方針はうかがいたい」
上司や……。
「いや……方針といっても。
と、とにかく学園で起きたことですので、我々にお任せいただきたい」
「指揮を執るつもりはありません。しかし、今の学園には殿下がおわすのです。この事態について、陛下への奏上はどのように?結局は殿下ご自身からお伝えすることになるのであれば、この場、また進展都度、殿下へのご報告が必要でしょう。
またあの魔獣は、我が妹エカテリーナの参加する授業に出現しました。ユールノヴァ公爵家としても、関心を持たざるを得ない。生徒としてではなく、ユールノヴァ公爵として、調査を注視していることをお知り置きください」
殿下、陛下、公爵家。
ロイヤル&ノーブルの圧がすげえ。
学園長、顔色悪いですよ……陛下への奏上どうすんだとか言われても困るよね。同情します。
うつむいてしまった学園長副学園長を睥睨して、アレクセイは顔を上げると皇都警護隊の三名に目を向けた。
「本題に入るのが遅くなり申し訳ない。魔獣出現についての情報提供をお求めとか」
「はっ」
三名が背筋を伸ばす。
もうね、ずっとお兄様のターン。生徒なのに上司。さすがお兄様。
ふと気づくと、アレクセイの向こうに座るミハイルがこちらを見ていて、ちらりと笑った。
『ね』と言っているような表情だ。
エカテリーナはさっと目をそらし、警護隊の方へ集中した。
『ね』ってなんぞ。『ね』って。イケメンにアイコンタクトされましたよ。
昔から大人に怒られるよりお兄様の説教の方が堪えた、って言ってた件?昔からこんな感じだったのかあ。それでも小さな頃のお兄様、可愛いかっただろうな。ふふ。
しかし皇子、悪役令嬢にあんま寄ってくんな。
君がいい子なだけに、なんかどうしたらいいのかわからんのよ。破滅フラグ怖い。
その後三日間、皇都警護隊が学園内を大捜索して、他にも魔獣が隠れていないか、なんらかの儀式の痕跡がないかと徹底的に調べたが、それらしいものは何も出てこなかったそうだ。
「あの種の魔獣は珍しいが、湖沼地帯で出現例があることがわかった。しかし、湖沼地帯で捕らえた魔獣を何者かが皇都に運んだような形跡はなく、学園内の調査は規模を縮小して継続するが、今後はアストラ帝国に存在したと言われる召喚技術について調べてみるそうだ。召喚技術の調査にはユールマグナが全面協力を申し出ているらしい」
と、報告を受けたアレクセイが教えてくれた。
報告は学園の会議室で行われたそうで、彼は寮へ帰る途中でエカテリーナとフローラを呼び出して、女子寮の近くの東屋で話している。
三名の傍らには、メイドのミナと従僕のイヴァン。イヴァンはともかくミナは寮で待っていればいいと言ったのだが、ミナはお嬢様のお側にいますと言い張って付いて来た。魔獣出現の当日には、クールな美貌を珍しく歪めて「お嬢様が危険な時にあたしがお側にいなかったなんて……」と静かな怒りを燃やしていたミナは、以来エカテリーナの影のように離れようとしない。
さらに彼らを、アレクセイの寮への行き来を守るために付いてきた、数名の警護隊が遠巻きに見守っていた。
なおこの東屋、乙女ゲームにもちらっと出てきたと思う。それだけに優美な造りで、今は周囲のアザレアが花盛りだ。そこで端正なアレクセイと二人の美少女が小卓を囲む姿は、そのまま一幅の絵画のようだった。
「はっきり言えば、これ以上の進展は望めないということですのね。でも、なぜユールマグナが?」
「マグナは開祖以来、アストラ帝国に関する研究機関を抱えているからね。文献の豊富さは世界有数とされる。莫大な財をそれにかけているはずだ」
「まあ……」
それってなんて水戸徳川家。
いつも三大公爵家って徳川御三家に似てると思うけど、なんかどの公爵家がどの大名かまで個別に割り当てできそうだ。
水戸徳川家は例の国民的ドラマのモデルになったお方の頃から、『大日本史』という歴史書の編纂を延々とやっていたのよ。それにかかったお金は、俗説だけど、水戸藩のGDPの三分の一なんて言われているのを見たことある。茨城県のGDPに当てはめると、一兆円超えですと。
あと水戸徳川家は家の格式を他の御三家と釣り合わせようと、本来の石高(つまり収入)より上の石高に設定したせいでもろもろの負担が重くて、ぶっちゃけ貧乏だったらしい。ユールマグナ家もアストラ帝国研究機関だけでなく、開国当時の大騎士団を今も保っていることでも財政を圧迫しているらしいし、武芸が奨励される気風やアストラの時代に還れ的な懐古主義らしいのも水戸藩ぽいと思います。個人のイメージですが。
ユールマグナの開祖パーヴェルが武辺の人だったので、武芸だけでなく文にも秀でなければ!という立派な志から始まったそうで。アストラ帝国の研究は学問の中でも格式高いもので、マグナのプライドそのものらしいのだけど、なんか……無理すんなって感じ。
そして港を持つユールセインが尾張徳川家、ユールノヴァは森林資源が豊富だった紀州徳川家と。
すごくどうでもいい歴女の自己満足だな。
「魔獣が現れた原因が解らないのは不安ですけれど、フローラ様がご自分の魔力に目覚められたのですもの。あのようなこと、きっと二度と起こりませんわ」
「ああ、そうだな」
兄妹の視線を受けて、フローラが赤くなる。
「そんな風に、お役に立てるならいいのですけど」
「気負う必要はありませんことよ。魔力属性『聖』に目覚めた方が皇国に存在するだけで、魔獣の活動は鎮められると言われているのでしょう。皇国の国民すべてにとって、喜ばしいことですけれど、フローラ様が何か責任を負うことなどございません。今まで通りお過ごしになればよろしいのですわ」
そう。フローラちゃんの魔力属性が判明したのよ。
属性は『聖』。
一世代に一人現れるかどうかという、超稀少属性。
乙女ゲームで知ってたけど、判明してみると感動ですよ!
これは乙女ゲームには出てこなかったけど、聖の魔力属性持ちはアストラ帝国でも崇められていた存在で、女性が持つことが多いため時代によっては聖女と呼ばれ、玄竜クラスの強大な魔獣を鎮める巫女の役割を担っていたのだそうだ。
だからもう、あんな怖い思いはしなくていいはず!
あとはフローラちゃんと皇子がくっついてくれれば、破滅フラグ対策も完璧!
……そう、信じているんだけどね……。
考えてみれば、前世でやったことあるの皇子ルートだけだったなー、とか。
ゲームと違うことをちょこちょこやってるから、違うルートが生まれちゃってる可能性があるなー、とか。
ちょっと思わないでもないんだよね……。
「ありがとうございます、エカテリーナ様。ただ、聖の魔力を持つ方は今は他に誰もいないそうですから、魔力制御は文献を頼りに自分で工夫するしかないそうなんです。
それでも聖の魔力は、存在が有名で文献が多いからましだというお話でした。文献がほとんどない本当の稀少属性だと、自分で制御方法を編み出すしかなかったり、そもそも独自の属性と気付かれなかったりするそうです。
ですから、感謝して文献を読み解いて、魔力制御を自分で工夫していきたいと思っています」
「フローラ様、ご立派ですわ。稀少な魔力をお持ちの方はそういうご苦労がお有りですのね」
さすが真面目なフローラちゃん。
思えばこの学園の実習場でさえ、人数の多い属性の方が設備が整ってるもんねえ。一世代に一人いるかどうかじゃ、先生だって教え方とか解らなくても仕方がない。
「ユールノヴァ家にも、聖の魔力に関する資料があるかもしれないな。昔、魔獣掃討のために公爵領に滞在してもらったことがあると聞く。探させてみよう」
「ありがとうございます。いつか……ユールノヴァの皆様のお役に立てるように頑張ります」
「それはありがたい」
魔獣の被害が大きいユールノヴァ領だから、魔獣を鎮めたり駆除したりに力を発揮する聖の魔力属性保持者は有益な存在だ。Win-Winの関係という奴である。
「そうだ、エカテリーナ。お前に魔獣への対処方法を教えた家庭教師だが、あの手紙を騎士団長に見せたら興味を持った。ユールノヴァ騎士団の魔獣対策参謀として雇い入れるかもしれない」
「まあ!」
マルドゥ先生、家庭教師(非正規雇用)から騎士団員(正規雇用)へ?
それは、めでたい!
「マルドゥ先生は優秀な方ですわ。お小さいお嬢様がいらっしゃるそうですし、安定したお仕事にお就きになればご家族もお喜びになると思いますの。お兄様からもお口添えくださいまし」
「お前がそう言うなら、そうしよう。家庭教師の家族まで気にかけて、優しい子だ」
微笑むアレクセイの横で、フローラもニコニコしている。
いや、知ってる人の生活を気にかけるのは普通ですから。袖すり合うも多生の縁、という言葉が前世にはありましてね……。
階級社会だとちょっと違うのかなあ。
あ、いや、違うわ。今更何言ってんだ自分。
お兄様の妹への評価が大甘なだけだよ、うん。