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小鳥とそよ風と悪役令嬢と

「お兄様!」


週末になり、兄妹を迎えに来た公爵家の馬車の前。

アレクセイの顔を見るや、エカテリーナは駆け寄って抱き付いた。


「エカテリーナ」


そんな妹を、アレクセイは優しく抱きしめる。ネオンブルーの瞳で、間近からエカテリーナの紫がかった青い瞳を見つめた。心配そうに。


「私の愛しいエカテリーナ。甘えてくれて嬉しいが、少し疲れているのではないか?やはり、学園祭の準備が負担なのでは」

「いいえ。わたくしはただ、お兄様とご一緒できて嬉しいだけですわ。お兄様とご一緒して我が家へ帰る道のりが、わたくし大好き」


答えるエカテリーナは、明るい笑顔だ。

だってお兄様に会えれば、私は幸せですから!


「学園祭の準備は、とどこおりなく進んでおりますの。ことに衣装は、きっと素晴らしいものになりますわ」


婚活戦線を戦う武器とも言える裁縫上手をアピールしようと燃える衣装係の面々は、エカテリーナが軽く引くほど派手派手なデザイン画を考案してきた。

エカテリーナはオールオッケーで通した。

出演者のうちマリーナはノリノリ、フローラをはじめとする他の出演者はエカテリーナがいいと言うなら……と言いつつ苦笑だったが。

悪役令嬢な衣装を自分が着ることを想像して、オリガが遠い目になっていた……が、彼女の場合は似合わないことがポイントなので、頑張って開き直ってほしい。

なおソイヤトリオだけは、自分たちの衣装が地味すぎるとクレームをつけていた。彼女たちは場面転換中に登場して状況説明をする、いわゆる狂言回しの役。派手である必要は特にない。が、派手でも別にいいので、いっそ紅白のラスボス的なところまで突き詰めてくれと思ったエカテリーナである。


衣装係の意欲を、エカテリーナは頼もしいと思っている。某大手飲料メーカー創業者の口癖だったという「やってみなはれ」ではないけれど、チャレンジ精神があるのは良いことだ。ど素人のエカテリーナが見ても物理的に無理なんじゃ?という部分もあるが、もしかしたらやりようがあるのかもしれないし、まず作ってみればいい。

実際に着手してみて初めて、現実的な時間のなさやデザインの無理に気付いて、できる範囲に落ち着くことだろう。

アラサーお姉さんはお見通しなのだ。


そういえば前世の熱い人は、やってみなはれの創業者さんのご親戚にあたるとネットで読んだことがある。微妙に通じるものがあるかもしれない。なので衣装係の皆を、全力で応援しようと思う。


そして素材として、未だに全部はけていない祖母ババアのドレスを提供できる!

広間を埋め尽くすほどのドレスの群れ、それも皇都邸と公爵領本邸それぞれで二つの広間が埋まったほどの大群なのだ。皇都邸にあった分はさすがにほとんどなくなったが、公爵領にあった分はまだ残っている。派手な衣装の素材なら、バッチコイだ。


それから、ユールノヴァ領で一晩お世話になった森の民の、色鮮やかな草木染めの布地も、衣装に使ってもらえないかサンプルを渡して検討してもらっている。風変わりな感じが、古代が舞台の劇の衣装には向いているような気がして。


さらに、ハリルも引き込んでいたりする。すでに皇都の社交界では流行らしい『天上の青』だが、地方からやってくる生徒の父兄の目にも触れる学園祭は、宣伝のいい機会では――と話したところ、衣装用の布地や背景用の顔料を提供してもらえることになったのだ。


『どのように活用していただけるか、劇を拝見するのを楽しみにしていますよ』


にこやかにハリルに言われて、墓穴を掘ったような気もしたが。

エカテリーナのクラスが劇を上演すると知った瞬間から、執務室の面々全員が観に来る気満々な空気を出していたので、今さらなのだった。


ま、期待されても「やってみなはれ」精神だから、クラスメイトの頑張り次第だ。光の魔力を活かしたユーリの演出効果も楽しみにしているが、彼が無理をしない程度でいい。

先日のリーディヤとの歌合戦の時のようにオリガの家の宝物がかかっているわけではないし、アレクセイとミナに心配をかけないよう、自分は頑張りすぎない程度に学園祭を楽しみたい、とエカテリーナは思っている。




という話のうち話せる部分を、アレクセイと一緒に乗り込んだ馬車の中であれこれと話して、エカテリーナははっと口を押さえた。


「まあ、わたくしばかりずいぶんおしゃべりしてしまいましたわ。はしたないこと、申し訳のう存じます」


寡黙なアレクセイだから、普段からエカテリーナのほうがよく話してはいる。けれど、話題はアレクセイの仕事についてであったりガラス工房の経営についてであったりして、それなりに会話になる。そうなるよう、エカテリーナが気を付けている。

それなのに今は、アレクセイがさほど興味を持たないであろう、クラスの学園祭の準備状況(しかも衣装)について、一方的に話してしまった。


いかん、ブラコンにあるまじき失態!


くっ、とほぞを噛んだエカテリーナだが、アレクセイは一瞬ネオンブルーの目を見開いて、優しく微笑んだ。


「私は楽しいとも。お前の楽し気な声ほど、耳に心地よいものはないからね。

小鳥の歌声や、そよ風が奏でる葉擦れの音や、春の小川のせせらぎが心地よい音とされているが、そのいずれもお前のように、優しく賢い言葉を語るわけではない。お前の言葉は、聞く者の心に明かりを灯すような輝きと温もりに満ちているんだ。

お前が小鳥であったなら……肩に止まらせていつでも共にあり、その声を聞いていられるのだろうな。そうできれば、どんなに良かっただろう。せめてこうして一緒にいられる今は、ずっとその優しい声を聞かせておくれ。私の愛しい妙音鳥」

「お兄様ったら」


聴覚装備のシスコンフィルター、性能向上が留まるところを知りませんね!さすがお兄様!

うう……私ももっと頑張らなきゃ……。


これ以上頑張ってどこへ到達するつもりなのか。


ともあれエカテリーナは、アレクセイの肩にこてんと頭をもたせかけ、兄を見上げて微笑んだ。


「お兄様がお望みでしたら、わたくしの心はいつもお兄様の肩に止まって、お兄様に語りかけておりますわ。寂しいお気持ちの時には、わたくしの心がいつもお側にあることを、思い出してくださいまし」

「……優しい子だ」


アレクセイは妹がもたれているのとは反対の手を伸ばし、藍色の髪を優しく撫でる。

兄に甘やかしてもらうのは心地良く……ほんの少しだけそうしているつもりが、いつしかエカテリーナは眠り込んでしまった。


そして、公爵邸に着いてから目覚めて、大慌てしたのであった。

角川ビーンズ文庫20周年フェアのグッズ販売・コラボカフェ実施・フェア実施について、告知されております。

活動報告でお知らせするつもりですが、ちょっと本業が忙しくなってしまい、時間が……!

角川ビーンズ文庫20周年フェアのサイトやアニメイト池袋本店のブログなどでご案内されておりますので、よろしければご覧になってくださいませ。


また、5巻をご購入くださった皆様、ありがとうございます。おかげさまで好調のようで、とても嬉しいです!

楽しんでいただけることを、心より願っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] アレクセイお兄様とのラブラブにほっこり癒やされました~ やっぱりこの2人のシスコン、ブラコンやりとりがいいですね。 今回のお兄様のセリフにも「キャーッ」となりました。 前回ゲット出来ない…
[良い点] 珍しくペースを守りつつ浮かれてるエカテリーナにほんわか。 アレクセイにも幸せをたっぷりお裾分けしてるラストで読者もにっこり。 [一言] ないのは分かってますが、エカテリーナの方から男性…
[一言] もう、完全にアレクセイお兄様と豪快にスキンシップを展開して頂きたいですわ。温かく見守らせて頂きます。ほほほ‥ もういっそのこと、生まれる前からお兄様だけが好きです、と、告白して頂きたい位です…
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