音楽の夕べ(中盤)
ひえー!こんなに反応があるとは。世界的大ヒット曲の威力を舐めてたかも。
フローラの手前うろたえる様子を見せるわけにはいかず、にこやかに拍手に応えながら、内心とてもうろたえているエカテリーナである。
アレクセイも立ち上がり、感動の面持ちでひときわ大きく手を打ち鳴らしている。
さすがシスコン。
というだけでなく、歌詞の内容にあらためて感じ入ったのだろう。アレクセイは快速船の船上でこの歌を聞いていたが、歌詞の全貌を把握はしていなかったに違いない。初めて知った歌詞の内容に、完全に妹の境遇を投影してしまったようだ。
正直、エカテリーナも歌詞を訳しながら、これはヒロインのフローラだけでなく、令嬢エカテリーナにもぴったりだと思っていた。かつて兄とも言葉を交わそうとせず独りで殻に籠もっていたエカテリーナが、過去を振り捨てるように飛び出して、自由に語り笑うようになる……。
いや実はアラサーの記憶が蘇ったせいですけどね!自由になったといっても、破滅フラグがどうなるかわからなくて、けっこうクヨクヨしてますけどね!
とか思って、わははと一人でウケていました。すみません。
あとは、雪とか氷とか、お兄様につながるワードが散りばめられているのもブラコン的に楽しくて、それでこの曲をせっせと訳したんですが。
間違いなくそれも、お兄様の感動の一因だな……。すごく喜んでくれてるな、シスコン的に……。詐欺でごめんなさい……。
などと思っていたら、妹と目が合ったアレクセイが、にこ、と笑った。
きゃーっ!
よっしゃあ詐欺上等‼︎いいんだ喜んでもらえたから!ブラコンとして、お兄様の喜びを最優先します!
驚いたことに、あのツンツン男子のレナートまで、立ち上がって拍手していた。むしろ頬を紅潮させて、すっかり感動している様子だ。音楽の神童だけに、この曲の凄さが理解できるのだろう。
前世の作曲家さんに伝えたい。この曲は異世界でも感動を生んでいます。素晴らしいです。
し……初っ端だしちょっと場を温められるように頑張ろうとは思ったけど、ここまでの反響は予想外。二番手、ごめん!
あ、でも心配いらなかったわ。
二番手、ソイヤトリオだから。
演奏順序、身分とか腕前とか斟酌するとややこしくなるから、参加申し出の先着順にしたんだけど。参加者を募った時、彼女たちすごい勢いで走ってきたもんで。
きっと大丈夫。君たちの生命力を信じてるぞ!
結果、心配いらなかった。
場のクールダウンにも貢献してくれた。
会場の盛り上がりにびびる様子は微塵もなく、ピアノとヴァイオリンとフルートを演奏した本人たちはとても満足そうで、エカテリーナは感謝を込めて、温かい拍手を送った。
三番目のマリーナは男子二名と組んで、ピアノ伴奏男女混声で皇国では誰もが知っている有名歌曲を歌った。
本人の人柄の通り元気で温かな歌声で、聴衆はほっこりする。
エカテリーナとしては、ニコライの反応が面白くてつい彼のほうを見てしまっていた。マリーナが男子と組むと知るとピキッとなり、歌の前に少し打ち合わせをする様子に仁王のような形相を見せ、歌の途中で音程が怪しくなるとハラハラと心配。百面相だ。
やはり、なんだかんだ言っても心底可愛い妹なのが感じられて、こっそり微笑んだエカテリーナだった。
なごやかに演目は進む。
四番目の後に挟んだ軽食タイムで、エカテリーナとフローラはお手製のきのことベーコンのキッシュを配った。今朝作っておいたものだが、キッシュは意外と日持ちするし、食堂の地下にある夏でもひんやりしている貯蔵室に置かせてもらったので心配はない。男爵夫人のレシピは、甘味と塩味のバランスが絶妙だ。
ミハイルが来るのだったら甘いものも作ってあげたかもしれないが、彼はたぶんリーディヤと、もっとフォーマルな食事をとっているだろう。なので、キッシュ一品を多めに作ることにしたのだが、正解だった。
持ちよりだから皆それなりに食べ物を用意してきているのに、みんなから欲しいと声がかかる。急遽小さめに切り分けたのだが、あっという間になくなってしまった。
エカテリーナはフローラと笑みを交わす。作った食べ物をおいしく食べてもらえるのは、嬉しいことだ。
――それどころか、主に男子の間では、青薔薇の君と桜花の君のお手製キッシュを巡って仁義なき暗闘が繰り広げられていたのだが、気付かないところが安定の残念である。
なお、アレクセイとニコライにはしっかり、大きく切ったものを渡した。
私、シスコンなお兄さんには優しいです。
これは宇宙の真理です。
ってなにが真理だ、なに言ってんだ自分。
そんなのんびりした会だから、演目は多くはない。八組が一曲ずつ、軽食タイムは折り返しだ。
五番目、六番目は共に自分から手をあげただけの事はある、子供の頃から習ってきたのであろう上手な演奏で、温かい拍手を浴びた。
残る二組、というか二人は、レナートとオリガだ。参加申し込み順序が最後だったのはレナートだが、オリガが会の前に掃除をしなければならないため、慌てなくて済むようにと最後に回した。
自分の番が来たレナートが立ち上がった。
と思うと、なぜかエカテリーナとフローラの前にやって来た。きちんと背筋を伸ばして二人の前に立ち、真摯な表情で言う。
「ユールノヴァ嬢、チェルニー嬢、先ほどの歌は素晴らしかった。できるならこれから、君たちが歌った曲を演奏させて欲しいのだけど、許しをもらえるだろうか」
エカテリーナとフローラは、思わず顔を見合わせた。
「セレザール様……わたくしたちが歌った歌は、先ほど初めてお聞きになったのでは」
「うん。あんな曲、初めて聞いた。斬新で、心が震えた。僕があの曲を演奏するならどう表現しよう、って思いで頭がいっぱいになって、さっきから頭が破裂しそうなんだ」
真剣な声音で言って、菫色の瞳の美少年は不意に、にこっと笑う。
「お願い」
あ。この子、自分が可愛いこと知ってる。
苦笑しそうになりながら、エカテリーナはフローラに目で問いかける。もちろん彼女はエカテリーナ様のお好きに、と小さくうなずいたので、エカテリーナはレナートに笑顔で言った。
「一度聞いただけで演奏など、常人には思いも及ばないことですわ。そのような技を拝見できるなら、嬉しゅうございます。ぜひ、お聞かせくださいまし」




