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悪役令嬢のシンキングタイム

「お嬢様、お食事はいかがなさいますか」


放課後、帰ってきたとたんベッドに潜ってしまったお嬢様に、ミナがいつも通り淡々と声をかけた。


「……ミナが食べて……」

「いらないってことですね。なんであたしが食べるんですか」

「……もったいないから」


食べ物を粗末にするとバチがあたるやん。食品ロスは削減すべし。


ミナが、羽布団の上からポンポンと背中を叩いてくれた。


「泣いてるわけじゃないみたいで安心しましたけど、なら布団かぶって何してらっしゃるんですか」

「考え事……」

「なんでそんな格好なんですか。あたしが邪魔なら、お声がかかるまで寝室に入らないようにしますけど」

「……」

「気が済んだら声をかけてください」


そう言ってミナが出て行ってしまうと、エカテリーナはもそもそと身を起こした。


うりゃっ!と羽布団をはね除ける。

そして、制服姿のままぐわっとあぐらをかくと、腕組みをして、なんか漢らしい沈思黙考スタイルを完成させた。


本気で考え込むと、ついついこの格好になっちゃうんだよね!

でもこの世界の人にはとても見せられないよね!お嬢様だからね!




あ〜〜〜、それにしてもどうしたもんだろう。

ゲームで知っている世界とはいえ、あらためて異世界だってことを痛感したわ。フローラちゃんといいお兄様といい、あれが、身分制度が法で定められている世界ってか国の考え方かあ。


批判する気はないよ。この世界における正論だもんね。

『同じ階級同士の中で、絶え間ない争いがある』てお兄様言ってたかな。そういえば、三大公爵家って徳川御三家みたいだと思ったけど、徳川御三家とか御三卿って、まさに対立暗闘繰り広げてたんだよね。そういう、権謀術数渦巻く舞台で、お兄様も戦ってるんだ。そう思うと、綺麗事言っちゃいかんと思う。


ただ、どうしても前世の感覚とのギャップはあるのよ。平民出身の友達がいるからってどういう不利があり得るのか、見当がつかない。あと、前世のゲームの知識で、フローラちゃんはこれから自分の価値を証明していくと知っているからなあ。そしてフローラちゃんより身分は高いはずのソイヤトリオを取り巻きにしていたエカテリーナは、断罪破滅。身分で判断するもんじゃない、ってついつい思ってしまう。


でもよくよく考えてみたら、前世の日本だって、ほんの七十年ほど前まで貴族制度が存在したんだよね。第二次大戦後にGHQが廃止したんだから。

それに人権とかの概念だって、えーと世界人権宣言だっけ、すべての人間は生まれながらにして自由であり平等で権利を有する、とかってやつ。あれも採択されたのは戦後だったような。いや明文化され共通概念になったのがわりと近年というだけで、概念としてはもっと前から存在したな、フランス革命のスローガン『自由、平等、博愛』とか。だからこの世界でも、そういう観念はすでにあるんじゃないだろうか。

でもフランス革命って血みどろだったし、その後ナポレオンが皇帝になって、平等ってなんぞ。

うん、前世の時代だって、別に平等だったわけじゃない。平等であるべきだ、という共通認識があっただけだよね、本当のとこ。

過労死する前、格差の拡大が問題になってたけど、日本について言えば一億総中流とか言ってたの、歴史全体で見ればほんの一瞬のことだよ。GHQが財閥解体と農地解放やったせいで、一時的に貧富の差が縮まっていただけなんだろう。ただ単に少しばかり前の状態に、回帰しつつあるだけなんじゃないのか。前世の世界だって、じきに身分制度が復活して元の木阿弥になってもおかしくなかったよ。


だから、ショック受けてる場合じゃないぞ。


まあ、こんなことつらつら考えるほど、ショックだったんだけど。



あと、あの動揺は、前世とのギャップだけでなく、今生のエカテリーナとしてもキツい言葉だったからだなあ。


だって、物心ついてこのかた、ずっと別邸に幽閉されてたんだよ。同じ年頃の子供なんて、時たま邸の前を通り過ぎていくお兄様を遠目で見るのが唯一の機会。別邸から領地の公爵邸に移ってからも、なんか意地張っちゃって、というかぶっちゃけただ何もかも怖くて、周りとほとんど口もきかないで過ごしてたんだよね。


だから、フローラちゃんと話をしたり、一緒に料理したりするの、楽しかった。前世の友達を思い出したけど、エカテリーナ的には、生まれて初めてのことだったもんね。生まれて初めてできた友達だと、思ったんだよ。

なのに、フローラ本人から自分とは付き合わない方がいいと言われるわ、お兄様にもその方がいいとトドメを刺されるわ……あー、きっつ。


つか、ねえ。

こちらの立場を慮った言葉に聞こえたけど、こっちからグイグイ行ったもんな。フローラちゃん実は、付き合わされるの本気で嫌だったのかも、と思っちゃったらめっちゃ凹んだ。

だって一緒にいると、周りから変に注目されちゃうし。こいつウザい、とか思われてた可能性は十分ある……と思ったら、そりゃ凹むよ。顔も上げられないレベル。

午後の授業は一切記憶にございません!わあん。



でもね!思い出してみれば!

乙女ゲームの正解ルート。皇子の好感度を上げて、あちらから声をかけてくるようになったら、ヒロインはいったん皇子を突き放さなきゃいけない。

まさに、私なんかと居たらあなたの為になりません!と、相手を想うが故の拒絶を選択するんだよ。

それが正解で、その後は皇子の方から逃げるヒロインを追ってくるようになる。それからもさらに押したり引いたりして、攻略していくんだよね。


ザ・恋の駆け引き!リアルでこういうの、私には絶対無理だな!


とか思いながらプレイしてたけど、ゲームの世界に来て思う。

あれはきっと、フローラちゃんの素の性格をなぞってる。いや、フローラちゃんがゲームの流れにふさわしい性格をしているのか?

ニワトリが先か卵が先か。


ともあれ、フローラちゃんはそういう性格なんだから、今回も言葉通りこちらを思って身を引こうとしているはず。

だから、ゲームの皇子同様、こちらから追いかけていこう。外野なんか放っておけばいい、あなたと一緒にいたい気持ちに何の罪がある、とかって言い続けていれば、いずれ解ってくれるはず。


……マジでヒロインを攻略してます状態だけど……ま、まあすぐ本命の皇子とくっついてくれるから気にしない!

あれ、視点を変えると悪役令嬢が皇子の立ち位置で、ヒロインに攻略されてます状態……?あはは。



だからフローラちゃんはなんとかなると信じるとして、問題はお兄様かなあ……。



いつの間にか腕組みがほどけて、エカテリーナはあぐらの膝に肘をつき、頬杖をついた状態で考え込んでいる。



でも、何が問題なんだろう。

お兄様が良くも悪くも貴族的な考え方の持ち主であることは知ってた。公爵になるべく生まれた者として、高い矜持を持ち、自分は他の人々と違うという意識を持っている。十七歳の学生の身で毎日の激務を淡々とこなすのも、それがノブレス・オブリージュだから。自分が身分に伴う義務を果たしているのと同様に、低い身分の人々も身分に応じた義務を果たすべきだと、ナチュラルに思ってるんだよね。


お兄様のそういうところ、むしろ好きだよ。冷酷なまでにクールとか評されるほど、他人に厳しく自分にもっと厳しい。頭が固いと思うくらい真面目で、融通利かなくて、人の気持ちに添うとかできないで、他人に理解されないまま自分が一番重荷を負ってる人。


うん。お兄様大好き。そこは全く、ブレておりません。


人権意識や平等を刷り込まれた日本人のメンタルには、ショッキングな発言ではあった。フローラちゃんが言い出したことに動揺してたせいで、過敏に反応してしまったと思う。

でもお兄様がそういう考え方、そういう発言をすることには驚きはないし、正論なんだとさえ思えるわけで。なのになんで自分はくよくよしてるのか。


前世の記憶がよみがえって以来、お兄様との間に溝なんか感じたの初めてだから……かな。

お兄様、どう思っただろう。公爵家の令嬢にふさわしくない妹だとがっかりしたり……。


……しないよ。

筋金入りのシスコンなんだからさ。

むしろ、うっかり泣いちゃったし、お兄様の方が落ち込んでないか心配するとこだ。クソババアと同じなんて言っちゃったし。


「あっ!」

思わず声が出る。


ああ、これだ!


お兄様のシスコンには、マザコンが混ざってるのよ。救えなかった、死なせてしまった、お母様への思慕と悔恨が、お母様に似た妹への溺愛になって現れている部分がある。

そして、お母様をいびり倒したクソババアへの嫌悪にも繋がってる。


それをずっと感じてたのに、お兄様をお母様を虐めたクソババアと同じなんて言っちゃったー!

トラウマに杭打ち込むような発言じゃねーか!


この、ずーんと気が重いのって傷ついてたわけじゃなく、お兄様を傷つけちゃった感じがしてたせいか!そして傷つけたせいで嫌われてないか怖いせいか!

我ながらブラコンだな!

いやブラコンとしてまだまだ未熟か、こんなこと二度とないよう精進して極めねば!

人として極めていいのかよくわからんが!


とにかく推しを傷つけるなんて許されんわー!



よし。真因究明および対策検討、そして気持ちの整理はついた。

とっとと動こう。

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― 新着の感想 ―
スタイル抜群の美女がゴルゴっぽい画調で胡座かいてるのをそうぞうしてしまった…
[一言] 漢らしい沈思黙考スタイルというパワースタイル好き
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