報連相「報告」
報連相は、社会人の基本。
基本とはいえ、永遠の課題とも言えるのではないだろうか。
直属の上司に報告さえすれば、役立つアドバイスをもらえて問題を解決できる――というのは、まあ新入社員というか、若手の頃の話。いずれそれでは足りなくなって、自分で築いた人脈で、解決したい問題について影響力のある人や知識のある人に相談して、問題解決の糸口を掴んだりそれをたどっていったり、できるようにならねばならない。
問題は、その時その時でさまざま。どんなに経験を重ねても、すべての問題をいつでも解決できる人なんて、きっといない。人脈を広げたり、アプローチをもっと上手にできるようになったり、ずっと研鑽を重ねていかなければならないものだ。
と、前世社畜はしみじみ思う。
で、今回ですが。
報連相できる先はふたつ。
ひとつはお兄様。ある意味、直属の上司とも言える存在。
お兄様への報告は当然する。私の立場では、それは義務。
ユールノヴァ公爵であるお兄様は、大きな影響力を持っている。前世で例えたら、旧財閥系巨大グループ企業のトップに匹敵する存在なのではないか。
そんなお兄様がシスコン……あらためて考えてみたら、とんでもないことだ……。
あらためてどうしよう。私のブラコンでは追いつけない!お兄様のシスコンに対抗できるブラコンを構築するには、どうしたらいいんだ!
そういうアホな悩みは暇な時にとっておけ自分。
うむ、いずれ真剣に考えよう。
だから。とりあえずそれはおいといて。
すごい存在であるお兄様だけれど、今回の問題はリーディヤちゃんであり、セレズノア家。
セレズノア家は、ユールノヴァとはまた別の、独立した存在だ。お兄様に報告して、それで即、問題が解決できるはずはない。ましてや今回の問題は、セレズノア家の内政的なところへ絡むものであって、ユールノヴァが口出しすれば、内政干渉と受け取られる恐れもあるだろう。それはまずい。
超有能お兄様は、そんなまずいことはしないはず。けれど普通ならしないまずいことを、シスコンゆえにやってしまわないとは言い切れない!
いかん。お兄様には報告はするけど、相談はすべきじゃない。
というわけで。
セレズノア家に影響を及ぼせるであろうところへ、相談すべし。
そんな検討の末に、エカテリーナは昼休み、例によってお昼をねだったミハイルに、こう声をかけた。
「ミハイル様……もしよろしければ、放課後に少々お時間をいただけませんこと?」
「もちろん、いいよ」
ミハイルは、すぐさまうなずいた。
「そうか。私も行こう」
昼食の席で話を聞くやそう言い出したアレクセイに、エカテリーナはズルッとすべりそうになった。
すべらないけどね!お嬢様ですから!
「お忙しいお兄様にお時間を割いていただくなど、とんでもないことですわ。わたくしのクラスの催しに関する、小さな問題に過ぎないのですもの。ただ、ご当主であるお兄様にはすべてを知っていただくべきと考えて、お話ししたに過ぎませんの。どうか、お捨て置きくださいまし」
「いい子だ。そうだ、私はその問題について把握しておく必要がある。セレズノア家が勢力拡大を狙って、我がユールノヴァ家に対して、動きを見せたということなのだから。
……それ以上に、お前に不快な思いをさせるとは許し難い」
最後の一言を微かな笑みと共に言うアレクセイ。
お兄様……そんな凄みをシスコンで出さないでください。
そしてノヴァクさん他、側近の皆さんがみんなうなずいてますけど⁉︎皆さんの立場として、そこはお兄様を止めるところですよね⁉︎
「ともあれ、未婚の男女が二人きりで話すなど、避けるべきことだ。保護者として、私が同行する」
あうう。
無敵の常識でこられてしまった。貴族令嬢としては、まったくおっしゃる通りなんですよ。
でもなんか、社畜の感覚としては、別ルートに相談する時に直属の上司が一緒に来るのは、すごく違う感じなんです……。
なんて絶対に言えない!
ただ、お兄様が普通に兄だったら、同行してもらうのは貴族の常識通りなんですが。当主であり公爵という存在が同行というのは、ちょっとバランスが悪いはずでは。
「閣下、わたしがエカテリーナ様とご一緒します」
顔を上げたフローラが、断固として言った。
「いずれエカテリーナ様のお側でお仕えすることができれば、こういう時はお供するのが当然になると思います。相手がミハイル様であっても、エカテリーナ様にふさわしい敬意を払っていただけるように、しっかり気をつけます!」
フ、フローラちゃん、燃えてる?
「フローラ様……卒業後は当家においでいただければ嬉しゅうございますけれど、今はわたくしたちは、あくまで学友ですわ。わたくしの私用に、そのようにお付き合いいただくのは」
「クラスの催しですから、わたしもお役に立ちたいです。それに、オリガ様とっても楽しみにしていらしたのに、あんなの可哀想ですし」
あ、反論できない。あと、そうだよねオリガちゃん可哀想だよね。
「閣下、俺もご一緒します。お嬢様の御身は、必ずお守りします」
いやイヴァン、放課後に友達とちょっと話をするだけなのに、私の身を何から守る必要があると……。リーディヤちゃんが攻撃を仕掛けてくるとか、ないと思うよ。
「……ならば、よかろう。ミナも連れていくように」
「はい、お兄様の仰せの通りにいたしますわ」
渋々ながらもオッケーが出たので、エカテリーナは急いで言う。
しかしそんな鉄壁の守りの必要性は、まったく理解できないままであった。
前世アラサーの経験値は、こういう時にはどこへいってしまうのか。ワークライフバランスが悪すぎた前世が悪いのか。
個人の資質の問題かもしれない。