断罪についてのシンキングタイム
長かった夏休みもついに終わり、明日にはエカテリーナとアレクセイは魔法学園の寮に戻る。
荷物はミナたちがまとめて送っておいてくれるわけだが、本人にもなんだかんだと準備はあってあわただしかった一日を終えて、エカテリーナはベッドに入っていた。
暗くて見えないけれど、ベッドの天蓋には天上界の神々が描かれている。前世の記憶がよみがえった時、目覚めて最初に見たのがその天蓋の絵だった。それを、天国と勘違いしたことが懐かしい。
この皇都公爵邸に帰ってきてまだほんの数日なのに、もう去らなければならないのは残念だが、学園に戻るのは楽しみだ。マリーナやオリガなど、友人たちとは早く再会したいと思う。
思うのだけど。
学園へ戻ることは、乙女ゲームに戻ること。夏休みの間は乙女ゲームのシナリオとは無縁で、破滅フラグはそれほど気にしないでいられた。けれど二学期に入ると、ゲームのイベントがいろいろある。学園祭とか、舞踏会とか。その中で破滅のフラグを立ててしまわないよう、緊張の日々を過ごすことになるだろう。
……と、思っている。思っているんだけど。
それでも……この世界で数ヶ月を過ごし、領地での日々も経て、思わずにはいられないことがある。
ゲームの悪役令嬢エカテリーナは、お兄様と共に断罪され、爵位剥奪、御家断絶、財産没収の憂き目に遭うんだけど。
私とお兄様がそんなことになるって、あり得る……?
ユールノヴァ領で、ノヴァダイン伯爵家がまさしく爵位剥奪、財産没収という裁きを受けた。
だけどねえ。
決して自惚れではなく。ユールノヴァ公爵家は、他の貴族とは格が違うのよ。
だって。これは、皇子がユールノヴァ領へ遊びに来てくれて、ふと気付いたことなんだけど。すごく縁起でもないというか、不吉すぎて誰も決して口にしないことだけど。
皇子の身に何かが起きて、他の誰かが皇位を継承する、なんてことになった場合――。
お兄様が皇位継承者になる可能性、かなり高いと思う。
三大公爵家は、万一皇帝に世継ぎがなかった場合、皇帝を出せる家格。
その三家にはそれぞれ、陛下の後継者に適した年頃の男子がいる。
ユールセイン家には男子が二人いるらしい。上は二十五歳くらい、下は詳しくわからないけどこちらも二十代のはず。
皇后陛下の実家ということで、皇帝皇后両陛下と養子縁組して皇位を継承する、という流れが自然な相手ではある。兄弟のどちらかが皇室に養子にいっても、もう一人が公爵家を継ぐことができる。
なんだけど、ユールセイン公ドミトリーさんの奥様は神々の山嶺の向こうから嫁いできた王女様なので、奥様の母国との関係をどう考えるかという問題がある。
そしてぶっちゃけこっちのほうが問題だと思われるのが、息子さんたちもちょっとエキゾチックな容姿らしいこと。だからこそすごいイケメンだと、学園のクラスメイトが噂しているのを聞いたけど。
ユールグラン皇国四百年の歴史上、異郷の容姿を持つ皇帝陛下は存在したことがない。現実問題として、国民の支持を得られるかどうかは……。
前世の某自由の国でも、国の代表は二十一世紀まで人種が多様化することはなかったよね……。まあちょっとセンシティブな問題なので、これくらいで。
ユールマグナ家はウラジーミル君。
幼い頃から神童と呼ばれたほどの頭脳の持ち主。今でも学園の定期試験では、トップを譲ったことがないらしい。それどころか、マグナのアストラ研究所で研究者の一人として論文を発表しているそうな。
マグナの嫡男は彼一人だから、彼が陛下の後継者になると、公爵家の後継ぎをどうするかという問題が発生する。けれどそれは、妹さんのエリザヴェータ嬢が継ぐなり、彼女の結婚相手が継ぐなりすればいいこと。
それより彼の最大のネックは、昔の大病以来、病弱であること。学園では武術の実習は全て免除されているとか、月に数日は寝込むとか、噂で聞いたことがある。それで皇帝という大任に耐えられるか、大きな疑問符がつくと思う。
我がユールノヴァ家のお兄様は、身体頑健、頭脳だって明晰。
すでに公爵の位を継いでいるから、皇帝になるには公爵位を誰か(最有力は私……)に譲る必要があるけど、そこはウラジーミル君同様、大きな問題ではない。
お兄様の大きなアドバンテージは、我が家に皇女であったババアが嫁いできていたことで、皇室の血がユールマグナ家よりユールセイン家より濃いということ。マグナもセインも皇女の降嫁を賜ったことはあるはずだけど、もっと世代を遡るから。
皇子の後の皇位継承順位がきちんと決まっているのか、訊いたことはないんだけど。そんな不吉なこと訊けない空気があるんだけど。
お兄様の皇位継承順位、下手すると二位だよ!
そんな人から爵位剥奪なんて、あり得るかー!
そんな人から財産没収して平民に落とすなんて、あり得るかー!
中国清朝のラストエンペラー溥儀は、晩年を一市民として生きたそうだけど。時代背景が違う。いくらなんでも無茶!
で……ユールノヴァ領で死の神様から聞いた創造神の件で、この世界は前世でプレイした乙女ゲームの元ネタであって、乙女ゲームの世界そのものではない可能性が高くなった。そりゃね、プログラミングされたゲームの中に生まれ変わるって、話がおかしいもの。
なら、ゲームの悪役令嬢がおちいった断罪破滅は、前世のゲームクリエイターが付け足したものであって、私とお兄様の身にそんなことは起こらない。破滅フラグなんて立つはずがない、そんなものに怯える必要はない。
そう考えるべき。
……なんだけど。なんだけどね!
こうやってつらつらと「ゲームのあのイベントって、ホントにあり得るの?」って考えたこと、前にもあるんだよね。
魔法学園に魔獣が出現する前にね!
で、出現したんだもん。ゲームに出てきたのとそっくりな魔獣が。この世界の常識では、出るはずのない場所に。
駄目だ!「そんなのあり得ない」って安心することなんてできない!
ならば、あり得ると仮定して、あの断罪を考え直してみる。なにがどうなったら、私とお兄様がそんな罰を受けることがあり得るのかを。




