集結
「エカテリーナ!」
真っ先に飛び込んできたのは、もちろんと言うべきかアレクセイだ。
早っ!さすがお兄様!
「お嬢様!」
アレクセイのすぐ後に、ミナとイヴァンがほぼ同時に駆け込んでくる。こちらも早い。それどころではないというのに、この二人がシスコンウイルスに感染している疑惑を深めたエカテリーナである。
室内の状況を見るや、アレクセイはすぐさまエカテリーナとフローラを背に庇い、ヴラドフォーレンと対峙した。ミナとイヴァンが、アレクセイの左右で守りを固める。
「何奴だ」
低い声で誰何する、アレクセイが長剣を手にしていることに気付いて、エカテリーナは縮み上がった。いくら兄でも、ミナとイヴァンでも、ヴラドフォーレンとまともにぶつかれば敵うはずはない。
「お兄様、お待ちになって!」
思わずエカテリーナはアレクセイに駆け寄って、腕にしがみつく。
その時。
「エカテリーナ!」
飛び込んできたのは、ミハイルとルカだった。
「ミハイル様……」
君が来たらダメだろ!皇位継承権一位の超VIPなのにー!
って今更だったね!学園での魔獣出現の時も、大角牛の時も、迷わず駆け付けてくれる子だったよ君は!
おそるおそる振り返って見ると、ミハイルはアレクセイと対峙するヴラドフォーレンに険しい目を向けている。聡い彼だけに、ヴラドフォーレンが侵入者であり尋常な存在でないことを、一目で見てとったのだろう。
そして、この美麗な外見を持つ男が、エカテリーナに会いに来たのだということを。
アレクセイ、ヴラドフォーレン、ミハイル。
それぞれ趣の異なる見目麗しい男性たちが一堂に会した状況に、室内の空気は痺れるような緊迫感に満ちたようだった。
エカテリーナはもはやパニックだ。
わーんどうしたらいいんだ!こんな全員集合はいらんー!
アレクセイの腕にぎゅうぎゅう抱きついているエカテリーナは、もはや兄を制止するのではなく兄を精神安定剤にしている。前世社畜のスキルは、この状況においては無力、どころか前世から筋金入りの残念ゆえに、マイナスにしかならないらしい。
と、ヴラドフォーレンが紅炎の瞳にふっと笑みを浮かべた。アレクセイに向かって言う。
「問われたゆえ名乗ろう。人間たちは俺を玄竜と呼ぶが、俺の名はヴラドフォーレン。この北の地に棲む魔獣どもを統べる、魔竜王だ」
「玄竜……!」
ミハイルが息を呑んだ。
ルカがすっと立ち位置を変え、主人ミハイルを守る体勢をとる。
「やはり」
呟いたアレクセイは、自分の腕にしがみついている妹に視線を落とし、ネオンブルーの瞳で厳しくヴラドフォーレンを見据えた。
しかし、彼の根幹とも言える貴族の矜恃により、礼儀には礼儀を返す。
「名乗られたからには、名を返す。私はアレクセイ・ユールノヴァ。このユールノヴァ公爵領を治める領主」
「エカテリーナの兄だな」
「気安くユールノヴァの女主人の名を呼ぶな」
ヴラドフォーレンの言葉に、アレクセイの声音は怒りに震えた。
「お前が何者であろうと、我が妹エカテリーナをこれほど怯えさせたことは許しがたい……!」
「お兄様!わたくし怯えてなどおりませんわ!」
アレクセイの腕を引っ張って、エカテリーナは叫ぶ。
わーん魔竜王様に濡れ衣を着せてしまった。そんなんじゃないのにー。
本当にただ、この全員集合が、もうどうしたらいいかわからないだけなんですー!
ひ……ひとりひとりは優しくて、何も怖いことはないのに。なんでこう三人揃うと、どうしたらいいのかわからない怖さがあるんだろう。
前世でも今生でも恋愛が怖いエカテリーナ。無意識に全力で目をそらしているものが、定かならぬ姿を現そうとしていれば、それはまるでお化けのように恐ろしく思えるだろう。
「エカテリーナ……お前は下がっていなさい」
「いいえお兄様、わたくしは絶対にお兄様から離れはいたしません!」
だって万一にもここで、お兄様&皇子vs魔竜王様で激突なんてことになったら。
いくらお兄様と皇子でも、竜バージョンの姿を思い出せば、魔竜王様にはどうしたって敵わない。
そしてお兄様と皇子の身に何かあったら、魔竜王様はユールノヴァにとってこの皇国にとって、不倶戴天の敵になってしまう。皇国の威信にかけて討伐する、という話になって、軍隊が差し向けられて、魔竜王様が応戦。やがては、皇都襲来。皇国滅亡……!
ダメ絶対!
その前段階のお兄様と皇子の身に何か、ってところでダメ絶対ー‼︎
「皆様、わたくしにとって大切な方々でございます。どうか、どうか、争いごとなどおやめくださいまし!」
……後で、『喧嘩を止める昭和の有名歌謡曲の自己陶酔系ヒロインか自分ー!』と、布団被って転げ回りながら全力でつっこむことになるエカテリーナだが、今は必死だ。
この状況、キーパーソンはお兄様。シスコンお兄様が私のためと思って武力行使に出てしまうのが最大のリスクで、魔竜王様と皇子はそれほど心配はいらない。
だからとにかくお兄様にくっついていれば、バトル展開にはさせずにすむ!
と考えたエカテリーナは、コアラかナマケモノと張り合う勢いでアレクセイの腕に貼り付いている。
「お兄様、わたくしを愛していらっしゃいまして⁉︎」
「もちろんだ、我が最愛のエカテリーナ」
即答。さすがお兄様。
「では、わたくしのお願いをお聞き届けになって、お鎮まりくださいまし。わたくしのせいでお兄様が傷など負われることになりましたら、わたくし耐えられません。生きていくのも辛うございます……」
「エカテリーナ……」
目を潤ませて見上げる妹と目が合って、アレクセイの動きが止まる。
と、その時。
くっ、と笑い声がした。
こらえかねた様子で、ヴラドフォーレンが高らかに笑い出す。
「お前はあいかわらず子供のようだな、エカテリーナ」
ええ?
心外!私、皇国滅亡を防ごうと奮闘中なんですが!
……そりゃやってることは、ブラコンでシスコンを誘発してうやむやにする、ってだけですけれども……。
と、ふーっと長いため息が聞こえた。ミハイルだった。
「あー……魔竜王、とお呼びすればいいだろうか」
「それでいい。お前は」
「僕はミハイル・ユールグラン。このユールグラン皇国の皇子」
「殿下」
低く、アレクセイが制する。皇国の作法では、通常であればこうした場合、ミハイル自ら名乗るのではなくアレクセイがミハイルの名と身分を告げるべきだった。しかし敵味方が判然としない相手であるがゆえに、アレクセイはあえてミハイルの身分を伏せたのだ。
ミハイルは首を振った。
「かまわない。最古にして最強の竜という伝承が正しいなら、人間の身分など気にも留めないはずだから」
「ほう」
いくらか興味を引かれた、という様子で、ヴラドフォーレンはミハイルに紅炎の目を向ける。
夏空色の瞳で、ミハイルはその視線を受け止めた。
「魔竜王、差し支えなければお尋ねしたい。エカテリーナとは、どういうご関係だろうか」




