小妖精
ううううう。
見られた……。
皇子に、ふともも見られた……。
か、角度的に、奥の方は見えてないはずだけど!
ふともも見られただけでも死にたい……。
フローラと共に逃げてきた、いちごが実る茂みの側で、木の幹に手をつく「お猿の反省ポーズ」でうなだれて、エカテリーナはくよくよしている。
ちなみに、ストッキングと靴はすでに履いた。
どれくらい見られただろ……膝をそろえて、足をちょっと斜めにしていたから、三角座りじゃなく横座りに近い状態だったはず。スカートは、ほぼ足の付け根くらいまで下がってたな……。皇子は私の右ななめ前から現れたから……。
いや距離があったから!川幅が四、五メートル、右ななめ前までの対角線だからもっと距離はあった!
でも、どう考えてもふともも見られたよお〜〜〜。
いや、皇子は紳士だし。言いふらしたりしないに違いない。気にするんじゃない!
べ、別に前世では、ミニスカとかホットパンツとか、なんなら水着とか!あったわけだし、ふともも見えたくらい!
……この世界この立場では致命傷なんだよお……。
……前世でだって私、ミニスカなんて穿いたことなかったよ。スーツはパンツスーツ、私服は色気のないジーンズとかばっかりでしたよ……。
うわーんふともも見られて恥ずかしいよう……。
そろそろふとももから離れろ自分。
と思うけど離れられないいい‼︎
「エカテリーナ様、そんなに心配なさって……。ミハイル様はきっと大丈夫です。あそこは水属性の方に有利な場所ですし、すごい魔力を発揮していらしたんですから」
ああっ、フローラちゃん清らか!私が皇子の心配で沈んでいると思ってくれている!
すまん。実はふともものことでくよくよしてるだけで、ほんとすまん。
「フローラ様の仰せの通りですわ。ミハイル様は必ず、見事に大角牛を討ち果たしておられますわね」
しゅっと令嬢の皮をかぶってエカテリーナは言う。
むしろ皇子の魔力があまりにすごかったんで、全然心配が湧いてこなかったです。
っていかんいかん。危ないところを助けてもらったのに、薄情なことを考えるんじゃない自分。
そうだ、皇子にお礼を言わなくちゃ!……顔を合わせるの恥ずかしいけど。ううう。
「わたくしたちは、落ち着いた頃にあの川岸へ助けを求めにまいりましょう」
「そうですね」
エカテリーナの言葉にフローラがうなずいた、その時。
「お嬢様!」
メイドのミナが、広場に駆け込んできた。
「ミナ!来てくれたのね!」
「すみません、お嬢様のお側を離れるなんて……」
夜叉の形相で、ミナはギリギリと掴んだものを握りしめる。
「痛い痛い痛い」
「大丈夫よ、こんなに早く見つけてくれるなんて、さすがはミナね」
本当に、GPSとか持っているわけじゃないのに、こんな森の中で見つけてくれるなんて、ミナはすごい。
でも、それをさておいてしまうほど、気になりすぎるものが……。
「あの……ミナ、その、手に掴んでいるものは、何かしら?」
「こいつが元凶です。お嬢様からあたしを引き離したのはこの小妖精野郎です」
…………やっぱり。
それは、ミナに片手で胴体を掴まれている。このサイズの動物が怪力の戦闘メイドに握りしめられたら、バッキバキに骨折してしまいそうだが、そこは大丈夫そうだ。
身長、二十センチくらい。道化師めいた灰色の服、小さなベストだけが鮮やかな緑色。まあまあ妖精っぽい出で立ちだが、エカテリーナの印象は。
……都市伝説。
顔がおっさんだった。
悪戯好き、というワードで勝手に子供の姿でイメージしてしまっていたので、ギャップがつらい。
いや、妖精が可愛いなんて幻想だよね。前世のゲームとかでやられ役だった、ゴブリンとかも妖精だし。レッドキャップっていう民間伝承の妖精なんて、殺めた人の血に染まった帽子を被っているっていう極悪キャラだったし。民間伝承ではなく都市伝説の方が、比較的マシかも。
「違うのよ~、わし悪くないのよ~」
都市伝説は、ミナの手から逃れようとじたばたしながら言う。
「嬢ちゃんたちがあんまり可愛いから~、わしのとっておきのおやつを食べさせてあげようと思ったのよ~。それだけなのよ〜」
このいちご、妖精のおやつなのか。
しかし都市伝説、話し方のクセがすごいな。
「お姉ちゃんも美人だから~、一緒に食べてもらおうと思ってたのよ〜。引き離すつもりなんてなかったのよ〜、ぐえっ」
「お嬢様、こいつの言うこと信じないでください。妖精は嘘つきなんです」
小妖精を掴んだ手に、握りつぶさんばかりに力を込めてミナが言う。
「あんな邪気を発しておいて、いけしゃあしゃあと。こいつは本当はお嬢様を妖精界に誘い込んで、二度と帰れないようにしようとしてたんです。あっちの食べ物を食べさせて。あたしが見つけて捕まえたから、繋ぎ先がずれてここになったんでしょう。妖精界からこぼれたものが生えているから」
元は妖精界の果物……?
そうすると前世の日本の品種改良は、もはや人間界ではない食べ物の領域に達していたのか。すごいな。
っていうか危機一髪!やっぱり異界でそこのものを食べると、帰れなくなるセオリーあった!
「そうだったのね……ありがとうミナ。ミナがいてくれなければ、大変なことになっていたわ」
「待っててください。こいつに重石をつけて、なるべく深い淵へ沈めてきます」
「イヤアアア!」
淡々とミナが処刑宣言をし、小妖精が絶叫する。
「わし悪くないのよー!可愛いお嬢ちゃんたちがずっと可愛いままでいられるようにと思ったのよ、わし親切なのよー!」
はい、自白。
妖精界に行くと、人間でも歳をとらなくなるってことかな。前世でもそんな伝承があったような。
「あっちは楽しいのよ~。好きな時に食べて、好きな時に寝て、薄くて可愛い服を着て、歌って踊って過ごせるのよ~」
なんで服に「薄くて」がわざわざ入るのか。
それにしても、某ゲゲゲな妖怪のテーマソングみたいな生活だな。社畜時代に憧れたわ。
だがしかし。
今の私は社畜ではなく、ブラコンだ!
「お兄様がいらっしゃらない世界にわたくしを連れていこうなど、不届き千万ですわ」
エカテリーナが冷たく言うと、ミナとフローラがそろって大きくうなずいた。
「こいつ捨ててきます」
「イヤアアアー!」
ミナが歩き出そうとし、小妖精は再び絶叫する。
「お嬢ちゃん許してー‼︎なんでもあげるから、なんでもするから助けてー!おやつたくさんあげるからー!水の中は嫌なのよ〜魚は嫌いなのよ〜」
都市伝説はオイオイと泣き出す。おっさん顔で泣かれると、いたたまれない気持ちになるエカテリーナである。
「もう二度と、人間を勝手によその世界に連れて行かないと誓えて?」
「誓うよ〜誓うのよ〜!」
じゃあ、あんまり脅してもなんだし。
あ、でも待った。
「あの果物は、たいそう美味でしたわ。本当にたくさんくださる?お兄様に食べさせてさしあげたいの」
「あげるよ、家族思いのお嬢ちゃんは可愛いよ〜。うんとたくさん、おっきな籠いっぱいにあげるのよ〜」
それなら皇子にもあげよう、お礼の気持ちを込めて。
あ、いいこと思いついた。森の民の食器の販売促進。
「なんでもすると言ったわね。森の民のところへおつかいに行くことはできて?」
「森の民?べっぴんさんが多くて好きなのよ〜。大王蜂が怖くてあんまり近寄れんけど、おつかいくらいはできるのよ〜。わし、すぐ行けるのよ〜」
よし!これでアウローラさんと直接連絡を取れるな。
食器をなるべく多く買い取らせてもらって、新しく作ってくれるよう頼んで……数を揃えるなら北都の職人に作成を頼んで、森の民にはデザイン使用料を払うのはどうだろう。
前世の意匠権みたいなもの、皇国にも存在するのかな。弁護士のダニールさんに訊いてみよう。
「種や、苗をもらってもよくて?」
「種?熟れすぎて芽が出たやつが時々あるのよ〜。誰も欲しがらんもん、お嬢ちゃんにあげるのよ〜」
オッケー、フォルリさんたち森林農業局に渡そう。新たなユールノヴァの特産物候補、ゲットだぜ!
「お嬢様、本当にこいつを解放するんですか」
ゴミを見る目を小妖精に向けて、ミナが言う。
「妖精は嘘つきです。もうしないなんて言っても、すぐまたやるに決まってます」
「でもミナ、本当に淵へ沈めるわけにはいかなくてよ」
「どうしてでしょう」
ミナが真顔……そういえば、うちの美人メイドにはサイコ入ってるんだったわ。
「ミ……ミナ、この果物は本当に美味しいの。ミナにも食べさせてあげようと思っていたのよ」
エカテリーナは急いで赤く熟れた実を選んで摘み、ミナの口元に持っていく。
「ね、食べてみてちょうだい」
「……」
エカテリーナが差し出すいちごを無表情に見つめたミナは、そっと口を開けて、食べた。
「甘い……ですね」
「とっても美味しいでしょう。わがユールノヴァの特産品に加えることができれば、きっとお兄様もお喜びになるわ。それには、この妖精の協力が必要なの」
それを間近に見た小妖精は、相好を崩している。
「ええの〜、お嬢ちゃんたち、可愛いの〜。こんな可愛い子ら、なかなかおらんから〜、わし本当に、他の子を連れて行ったりしないのよ〜。お姉ちゃん安心して〜」
「まあこいつはともかく、お嬢様がそうしたいんなら、あたしはおっしゃる通りにします」
ミナの言葉を聞いて、アレクセイが時々言う『お前がそう望むなら』を思い出し、やっぱりミナはシスコンウィルスに感染している疑惑を強めたエカテリーナであった。




