玄竜対策とパワーランチ
執務室のドアをノックすると、アレクセイの従僕イヴァンがドアを開けてくれて、エカテリーナともう一人を見て目を丸くした。
「お嬢様、今日はお客様をお連れですか」
言いながら、さっとエカテリーナとフローラ両方からバスケットを取ってくれる。
「ええ、お昼をご一緒したくて、お誘いしたんですの。お仕事の場に申し訳ございませんけれど、よろしいかしら」
良いかどうかをイヴァンが決められる訳はないことは解っているが、ここから直接アレクセイに声張り上げて訊いてしまうと、令嬢としてはしたない振る舞いになってしまうのだね。
「閣下、お嬢様がお越しです。ご学友と食事をご一緒なさりたいそうですが、よろしいでしょうかとのお尋ねです」
できる従僕イヴァンは、ちゃんとエカテリーナの意を汲んでアレクセイに取り次いだ。アレクセイの答えは「かまわない、お前がそうしたいなら」だ。
フローラはエカテリーナの傍らで、居心地悪そうに執務室を見回している。
そりゃ、学園内に異次元ポケットのように総合商社の社長室と重役一同(もしくは県知事と部長たち?)みたいなのが出現してるんだから、学生から見れば異様な光景だ。
その空間の中心というか中枢にいて、貫禄ある大人たちのさらに上に君臨しているアレクセイは、フローラから見れば別世界の存在に思えるだろう。あらためて、とても学生には見えない。
彼女をやや強引に誘ったものの、なんかごめん、と思うエカテリーナであった。
でも反面、ここなら他の生徒が手出ししてくることはない。絶対的に安全な場所でもある。
執務室の面々は、昨日より一人増えていた。
追加の一名はバルタザール・フォルリ、森林農業長。砂漠の国出身のハリルと変わらないほど日焼けした肌が、ユールノヴァ公爵領に広がる大森林を自らの足で歩いて知り尽くしてきたことを証明している。髪はすっかり白く顔には深い皺が刻まれた、古武士のような風格のある風貌。アレクセイの幹部たちの中では最年長の六十五歳で、祖父セルゲイとは同い年の盟友とも言える人物だそうだ。
そんな彼は、ご令嬢のエカテリーナが手料理を差し入れと聞いて、しばし絶句した。
「……隔世の感がございますな」
ようやく呟いた言葉を聞いて、エカテリーナは思う。
(それってクソババアとえらい違いってことで図星ですかね)
めったに現場を離れない彼が今回皇都までやって来たのは、以前エカテリーナも耳にした巨竜の出現に関する報告と対策検討のため。
なので、本日の昼食は昨日のような和気あいあいではなく、会議込みのパワーランチ的なものになりそうだ。ますます、フローラちゃんごめん。
「報告のあった竜ですが、私がこの目で確かめてまいりました」
フォルリの報告はこの一言から始まったので、エカテリーナとフローラは息を呑んだ。
なんというワイルドライフな現場主義!
前世で『でかいヒグマが出たと通報がきたので、まず実物見てきました』とか言ったら総ツッコミな気がするのに、もっと危ないものを確かめてきちゃったのか。出たの、人里離れた山奥じゃなかった?この世界の平均寿命は前世とは全然違うだろうに、六十五歳ですごい人だなあ。
「それで、どうだった」
お兄様驚かない!すらっと流した!
「若君、やはりあれは玄竜でございます。他の竜とも異なる、北の王と称せられる最古の存在でございますれば……どれほどの手練れであろうと、人間に排除できるものではありませぬ」
「そうか」
ちょっと待って!報告内容に厨二心が疼きすぎる!なのにお兄様が深刻顔で頷くガチリアル⁉︎
そしてお兄様、古参の部下には『若君』って呼ばれてるのか。ちょっと萌える。そんな場合か自分。
「つきましては、樹の搬出は難しくなりますが、予定とは別の区画からの切り出しをさせていただきたく。もしくは玄竜が去るのを待つか、注文主に断りを入れるか、決断が必要でございます」
……選択肢は厨二要素ゼロに着地か……。
「ハリル、意見はあるか」
「私は待つことをお勧めします。注文主は半年なら待つでしょう。搬出路を一から拓く費用をかけると、利幅が薄くなりすぎるかと」
最初に結論、理由付けは簡潔にして的確に即答。ハリルさん、できる。
「フォルリ、どう思う。半年あれば、竜は動くか」
アレクセイの問いにフォルリは苦しげな顔をした。
「……読めませぬ。申し訳ござらぬ。
玄竜は他の魔獣どもと異なり、人間以上の知性を持つとも言われます。一説には人語を話すとも、人間に化けるとも。
そして、魔獣どもの王であり、あらゆる魔獣を意のままに従えると言う者もおります」
ん?
魔獣を意のままに従える、竜?
前世の記憶を刺激され、エカテリーナは眉を寄せて考え込む。
「証明は出来ませぬが、玄竜はこちらの出方を窺っているように思います。近年、建材や燃料として森の伐採が急激に進んでおりますが、彼奴はそれが不快なのかもしれませぬ。玄竜だけでなく、さまざまな魔獣の出現も増えておりますが、それは玄竜の差し金だけでなく、我々が伐採により魔獣の生息地を侵すようになった為でありましょう。
姿を見せることで我らを牽制しているならば、待っても動きますまい。いや、別の区画から切り出そうとしても、そちらへ現れるやもしれませぬ」
アレクセイの表情が厳しくなった。
「森の翁フォルリがそう言うなら、楽観は禁物だな。今回の発注という問題ではなく、いずれ玄竜の怒りに触れる日が来ることを覚悟しなければならないか。その時には、総力を挙げて激突することになるだろう」
「まさに、それを恐れておりまする」
うわあ、ちょっとこの話って……うわあ。
玄竜って、もしかして。
ゲームではその名前じゃなかったけど。
皇国滅亡ルートのラスボスなんじゃないの⁉︎
ゲームには出てこなかったけど、この世界ではこんな伏線みたいな出来事が起きてたの⁉︎
……あのゲームとこの世界って、どういう関係なんだ……。ゲームの開発とかプログラミングとか……やめよう今考えるのは。
この件をなんとかしたら、皇国滅亡フラグを折ることにつながる?わかんないけど……。
でも、森林伐採で思い出したことがある。
エカテリーナは思い切って口を開いた。