いちご大戦争とサバイバル
小妖精に興味はあるものの、悪戯されてアレクセイに心配をかけるわけにはいかないので、エカテリーナとフローラは滝が視界に入る範囲内で、近辺を散策することにした。
ミナは、よきメイドらしい距離感で、少し後からついて来る。
滝壺から流れ出す清流に沿って続く、小径をたどった。
小径の両脇は、名も知れぬ野生の花々で彩られている。白い一重の花は野薔薇だろうか。青い小さなベル型の竜胆に似た花、鮮やかなオレンジ色の百合、前世の待宵草に似た、淡い黄色の花々。
「きれい……整えられた庭園とは違う美しさがありますね」
「森にあってこそ美しい花ですわね。でも、なんて可愛いお花……あら、きれいな蝶々が」
もの珍しさでついつい目についたもののところまで足を延ばして、はっと振り返って滝が見えることを確かめる。それを繰り返すうちに大体の距離感がわかったので、小径の分かれ道で渓流から離れる方を試してみた。
「エカテリーナ様、きのこが並んでいます。可愛い模様ですね」
「本当……水玉模様なんて、不思議ですこと」
赤地に白の水玉、ザ・きのこという感じの三角形の傘。七人の小人の置物に添えられていそうなくらいファンシーなきのこが、行列している。エカテリーナとフローラが進む小径は、その行列をつらぬいて延びている。
「あら、あの鮮やかな赤は花かしら、それとも実かしら」
「どちらでしょう。きれいな色ですね」
それで二人はきのこの行列を越えて、赤い花か実らしきもののところへ行ってみた。
「実のようですね。つやつやしていてきれい。初めて見ました」
「そ……そうですわね、わたくしも……初めてですわ」
灌木を覆うばかりに伸びた草にたくさん生っている実を凝視しつつ、エカテリーナはなんとかフローラに応える。嘘ではない、今生では生っている状態でこの実を見たのは初めてだ。
けれど前世では、さんざん見たし食べた。
いちごだよ!
それも大きくて色鮮やかでつやつやな、前世日本で品種改良の末に生み出されたもののような、すごく美味しそうないちご。おそらくこの世界のいちごとは、大きさや色合いが別物。
前世日本人として、エカテリーナはいちごが好きだ。日本のいちご消費量は世界一、各都道府県で品種改良に取り組みそれぞれの推しいちごがある状態、特に栃木のとちおとめと福岡あまおうが覇権を争って、仁義なきいちご大戦争(個人のイメージです)を繰り広げていた。いちごが嫌いな日本人はあまりいない。あらためて考えるとなぜあんなに、みんな大好きだったのか。
食べたいけど……。
大丈夫か?こんなところに生えているんだから、野生なわけで。見た目がどんなに似ていても、きっといちごじゃないんだろう。
美味しそうだけど、毒性がないとは言い切れないし。美味しそうだけど、公爵令嬢としてその辺の草の実を食べるのって、品位に欠けるとかって話になっちゃうんじゃ――。
「エカテリーナ様、これ、とっても美味しいです!」
ちょ、フローラちゃん!
「フローラ様、危険ですわ!」
「大丈夫です。低いところの実は動物が食べているみたいですから、毒ではないと思います」
「でも……」
「どうぞ。この実はよく熟れていますよ」
にっこり笑って、フローラがエカテリーナの口元にいちご(仮)を差し出す。
……私が食べたそうに見てたから、毒味してくれたんだよね……駄目だよ危ないことをしちゃ……。
しかしこれは、あーん、なのかしら。叱られないように、口封じかしら。
美少女は口封じも可愛いな。
エカテリーナはそっと口を開け、いちご(仮)をぱくんと食べた。
甘い!
もう、いちご(確定)だよこれは。前世と同じくらい甘くてジューシー。
いや、肉体が違うから前世とちょっと味覚が違う可能性はあるけど。前世ほどの糖度はないのかもしれないけど。
今生で食べた全ての果物の中で、一番美味しい。
「本当に美味しゅうございますわね」
微笑んで、エカテリーナもとりわけ赤く熟れた実を選んで摘み取った。
「フローラ様、どうぞ」
悪戯っぽく差し出すと、フローラも笑顔で口を開ける。
お互いに食べさせあって、少女たちはくすくす笑った。
そうだ、ミナにも食べさせてあげよう。
そう思ってまたいちごを摘み、エカテリーナは振り返って、ミナの姿を探す。が、見当たらない。
あれ?
「ミナ?」
呼んでも現れない。常にエカテリーナの側を離れないはずの、忠実無比な護衛兼メイドのミナが。
はっとして、エカテリーナは辿ってきた小径の先を見る。木立に隠れて見えないが、すぐ近くに滝があるはず。
なのに、耳をすましても、滝の音が聞こえない。
「フローラ様!」
あわててフローラの手を取り、エカテリーナは小径を引き返す。しかし。
川に出てしまった。
エカテリーナとフローラは立ちすくむ。なぜならその川は、滝壺から流れ出していた浅瀬ではなく、それなりの幅と深さのある淵だったので。
――やられた。
「ここは、一体……」
「どうやら、小妖精にたぶらかされてしまったようですわ」
ふと思いついて、もう一度振り返る。さっきのファンシーなきのこが見当たらない。
あれが妖精の輪的なものだったのではないか。リング状に同種のきのこが生えて、その中に足を踏み入れると妖精の国に行けるという、異界への入り口。
まさしく妖精の悪戯……輪っかになっていたら踏み込まなかったのに、行列とは卑怯なり。
で、じゃあここは、妖精の国⁉︎
帰れないの⁉︎ヤバい!
あ……さっきのいちご。異界でそこの食べ物を食べたら戻れなくなるってセオリー、ギリシャ神話でも日本の神話でも……。
どどど、どうしよう‼︎
「エカテリーナ様、聞こえますか」
パニックに陥りかけていたエカテリーナは、フローラに手を引かれて我に返った。
耳を澄ませてみると、聞こえてくるのは――犬の吠え声、歓声。
狩猟大会の猟場!
てことは、ここは妖精の国じゃない。ただどこかへ、移動させられただけってことだ。
「それほど遠くへ連れて来られたわけではないようですわね」
よかった……二度とお兄様に会えないとか言われたら、寂しくて死んじゃう。
お兄様だって私が行方不明なんてことになったら、大変だよ。妖精を絶滅させちゃったりしそう。
「どうしましょう。川を辿ってみますか?」
「いえ、ここで迎えを待つことにいたしましょう。滝の上流か下流かわからないのですもの。待っていれば、きっとミナが見つけてくれますわ」
うん、お兄様のシスコンに感染したかのようなミナだもの、来てくれる気しかしない。
というわけで、悪役令嬢とヒロインですが、サバイバルします。




