四人のファーストダンス
アレクセイとミハイルが、微笑んで女性たちへ一礼した。
きゃあっと黄色い声が上がったが、それを圧して会場がどよめく。皇子殿下歓迎の宴という公式の催しで、来賓及び公爵兄妹が、ファーストダンスでユールノヴァ伝統のダンスを踊ろうとしていることに、人々が気付いたのだ。
長らく皇都風ばかりがもてはやされてきた北都で、郷土の伝統が脚光を浴びようとしている。
見目麗しい貴公子たちが差し伸べる手から、つんと顔をそむけて、エカテリーナとフローラは互いに手を取り合い、笑顔で踊り出した。
豪奢な黒と黄金の衣装をまとった夜の女王が、優雅に微笑んで手を差し伸べる。
花と七色のきらめきに飾られた白いドレスの春の女神が、輝くような笑顔でその手を取る。
腕を組んで、二人は音楽に合わせてくるりくるりと回った。白黒のボレロの肩から伸びるリボンがひらひらと二人を追う。そして離れると、二人同時にターンした。ソシアルダンスのターンステップの応用で、二人で相談して入れたアレンジだ。リボンが少女たちを取り巻いて弧を描き、ドレスの細身のスカートに重ねた透けるレースのスカートが、花のように広がる。
黒と白、藍色と桜色。対照的な色彩の二人の美少女が繰り広げるあでやかな光景に、人々は感嘆の声を上げた。
一方のアレクセイとミハイルは、互いに向き合って構えを取る。
黒を基調とした衣装、威厳あふれる冬の王のごときアレクセイ。
白、青、金の華麗な衣装、夏の神のような若々しいミハイル。
練習の時と同様に二人の口元に笑みが浮かぶと、それだけで女性たちから悲鳴のような歓声が上がった。
拳の甲と甲を軽く打ち合わせ、武術の演舞のような舞踏が始まる。二人の付き合いは、十年近く。勉学、武術、魔力制御を共に学んできた。互いの呼吸は解っている。
そして今、守りたいもの、手中にしたいものを――ひそかに争っている。
舞踏とはいえ、打ち合いを模して繰り出す拳は鋭く、武術に目の肥えた男性陣を唸らせた。
男女別パートが終わり、アレクセイとミハイルは再び女性たちへ一礼する。
今度は女性たちも応じる。ただし、手を取りはしない。歩み寄るものの男性の傍らをすり抜けて、背中合わせになるのだ。
エカテリーナはアレクセイと、フローラはミハイルと背中合わせでペアになった。
振り向いて向かい合わせになろうとする男性、拒んで背中を向けたままであろうとする女性。そういう風で、背中合わせで一回りする。
兄を拒むふりのエカテリーナはつい笑ってしまって、動きが遅れて背中と背中が触れ合った。一瞬の温かさに癒される。
アレクセイが振り向き、微笑んだ。(黄色い悲鳴)
思わず笑顔を返しそうになるが、ダンスの振り付け上ここは逃げなければいけない。エカテリーナとフローラはターンで男性から離れる。リボンがたなびきスカートが花と広がって、美しい少女たちをいっそう華やかに引き立てた。
組み合わせが変わって、エカテリーナとミハイル、フローラとアレクセイの組み合わせで、同じ振り付けを踊る。
背中合わせで回る時、なびくボレロのリボンが男性の腕に触れた。感触すらほとんどないはずだが、自分の腕に触れる黒いリボンに、ミハイルがはっと息を呑んだことを、エカテリーナは知らない。そしてエカテリーナがターンで離れていく時、ミハイルが一瞬リボンに手を伸ばし、手をすり抜けたリボンに切なげな表情をしたことを、知るよしもなかった。
最後のパート、女性たちが男性を受け入れて共に踊るパートになり、元の組み合わせに戻る。エカテリーナは笑顔でアレクセイの手を取った。
実は、兄妹で腕を組むのは珍しい。いつもはエスコートなので。皇国ではエスコートとは男性の右手に女性が左手を重ねることで、腕を組むのとは別物なのだ。
この最後のパートは、最初の女性パートを男女で踊るのに近い。しかし、拒絶から受け入れに変わるという物語のあるダンスゆえに、印象は大きく変わる。人々は、ようやく受け入れられて男女で踊る姿に、温かく見守る視線を注いでいた。
それに女性同士で腕を組んだ時にはひたすら愛らしくあでやかであったが、身長差のある男性、それも見目麗しい貴公子との組み合わせになると、女性のたおやかさと男性の凛々しさがいっそう際立つようだ。
長身のアレクセイが妹に優しい眼差しを向け、エカテリーナは兄を甘えるような目で見上げる。そこからのターンはアレクセイがエカテリーナの手を取って、ソシアルダンスのようにリードした。ひらめくリボンがアレクセイの腕に一瞬からんで、ひらりとほどける。
ミハイルとフローラはまさに「王子様とお姫様」のイメージそのまま、若々しい凛々しさと初々しい可憐さでなんとも微笑ましい。ただ交わす笑顔は、親しげでありつつ緊張感をたたえ、二人とも妙に似通った表情となっていた。
組み合わせが変わって、エカテリーナはミハイルと組む。大注目されてのファーストダンスもこれで終わりー!、と思ってエカテリーナは、腕を組んで回りながら思わずにっこりとミハイルに笑いかけていた。
ミハイルは眩しげな顔をして、笑顔を返す。
ターンの時には、アレクセイと同様、ミハイルがエカテリーナの手を取ってリードした。リードしてもらうとターンが楽なようで、さすが皇子もお兄様並みにリードが上手いなあ、とエカテリーナは感心する。
最後に、四人は互いに一礼した。
それと同時に、大広間は大喝采に包まれた。
ああよかった、何事もなく終わったー!
肩の荷が下りたエカテリーナは、ぴっかぴかの笑顔だ。
みんな、私の思いつきに付き合わせてごめん。でも、お兄様も皇子もフローラちゃんもすごいよ。完璧!ありがとう!
そして皆さん、すごく喜んでくれてる。涙ぐんでいる人までいるのが見える。
郷土の伝統がリスペクトされるって、そこに住む人がリスペクトされることだもんね。
皇子と悪役令嬢がファーストダンスを踊るってヤバい、っていう利己心で思いついたことだったけど。
結果として、すごく良いことになって、本当によかった。