乙女の夢
「将来……」
エカテリーナは目を見張る。
フローラは、ただただ心配そうにエカテリーナを見つめている。
こんなに自分を案じてくれる友達を持って幸せだなあ、とほこほこするエカテリーナであった。
「フローラ様のおっしゃる将来とは、わたくしの婚姻ということですのね。お兄様から離れて、どなたかに嫁ぐのかということ」
「はい、そうです」
そのことなら、ちょいちょい考えてきた。と言っても、考えるほどのこともないのだけど。
「それは、当主たるお兄様がお決めになることですわ。わたくしはただ、従うのみです」
「エカテリーナ様は……それで、よろしいんですか」
「もちろんですわ。身分に伴う責務であり、お家のためお兄様のため、役立つ方法なのですもの」
微笑んだエカテリーナは、しかしすぐ目を伏せた。
「……それにわたくし、恋愛というものに、あまり夢を抱くことができませんの。フローラ様は覚えておいでかしら、わたくしの母についてお話ししたことを」
「もちろんです」
短く強く、フローラは答える。まだ出会って間もない頃、身分の違いを考えエカテリーナとの付き合いを控えようとしたフローラに、エカテリーナは自分の生い立ちを話した。祖母アレクサンドラの嫁いびりで母と共に幽閉されたこと、母の死。
「母は、それは深く、父に恋しておりましたわ。最期まで……」
それ以上は言わず、ちいさなため息をつく。
「乙女であれば誰しも、素敵な殿方との恋にあこがれるようですわね。でもわたくし、恋を夢見る気持ちにはなれませんの。その先に幸せがあると、信じることはできませんもの。将来について望むことがあるとすれば、お兄様のお側にとどまって、お兄様をお助けしたいということだけですのよ」
令嬢エカテリーナの、偽らざる本心だよね。
そして前世の記憶でも、恋愛にロクな思い出がないからなあ……。
私を好きだって言ってくれた人は、すぐに私が傷つくような態度を取るようになって、最後には刃物を突きつけてくるんですよ。ほんと、怖いよ。恋愛なんて、怖い。
「ひとつだけ、お兄様にお願いしておりますの。お母様を虐げたお祖母様が育った皇室には、入りたくないと。そんなわがままを申し上げた以上、他には何も言わず、お兄様が選んでくださった方に嫁ぐつもりでおりますわ」
ババアが育ったところだからというのは言い訳で、破滅フラグ対策ですけどね。すっかりグダグダのヨレヨレな対策だけど、これさえ死守していれば、なんとかなる。たぶん。
それに前世と違って、おひとりさまで生きるわけにはいかない今生だから。むしろ恋愛抜きで、第三者が条件で決めてくれた相手と結婚するほうが、安心かもしれない。
だから、むしろ政略結婚歓迎。相手が気の合う人だったらいいなあ、と思うけど、お兄様とユールノヴァ家の役に立つ結婚なら、多少の難があってもいいや。まあ時間をかけて関係を築いて、先々それなりにいい夫婦になれれば、それも悪くはないような気がする。
……なんか枯れてるけど、まあ、中身アラサー入ってますんで。十代の少年少女のように、恋愛にキラキラフィルターがかかったりはしませんわ。絶世の美形な魔竜王様からプロポーズされた時も、ひたすらパニクってるだけで、ときめきとか何それ美味しい?状態だったくらいだもん。我ながら手遅れというか。
「エカテリーナ様のお考え、よくわかりました」
真面目な表情で、フローラはうなずいた。
「お祖母様のことで皇室がお嫌なだけで、結婚は決まれば受け入れるけれど、できれば閣下を支えていたい。そういうことですね」
「ええ、まさにその通りですわ」
エカテリーナが同意すると、フローラはにっこり笑う。
「きっと閣下も、エカテリーナ様にずっとずっと側にいてほしいと思っておいでです」
「まあ、嬉しいお言葉ですわ!」
お兄様シスコンだから、きっとそう思ってくれると思うけど。第三者にそう言ってもらえるのは嬉しい。
「わたくしのことばかりお話ししてしまいましたわ。フローラ様は、将来のことをどうお考えですの?」
「はい……実は」
ぽっ、とフローラは赤くなる。
「公爵閣下にはご相談したことがあるんですが……ユールノヴァ公爵家で働かせていただけないかと」
「えっ」
「聖属性の魔力でお役に立てるのでは、と思ったんです。でもできれば、エカテリーナ様のお側にいて、お仕えしたいと思っています」
思いがけない言葉に、エカテリーナは目を見張った。
「それは……わたくしの侍女になってくださる、ということですの?」
「そうなれたら一番嬉しいです」
エカテリーナの側仕えは、現在はメイドのミナ一人。だがこれは、学園で寮生活をしている時期であり、公爵邸でもミナ以外の側仕えを置くのをエカテリーナが断ったからで、三大公爵家の令嬢としてかなり特殊な状況だ。本来であれば貴族女性の侍女が二、三名は付き従い、メイドへの指示は侍女がおこなって、公爵令嬢がメイドと直接会話することはない、らしい。
なお、侍女は掃除などの肉体労働をすることはなく、主人の話し相手、主人の意向を汲んで下級の使用人に指示を出す、あとは社交界の情報収集などが役目となる。使用人といっても、貴族なのだ。
生まれは庶民であっても、今のフローラは男爵令嬢。エカテリーナの侍女を務める資格はある。
「ですけれど、フローラ様は聖女でいらっしゃいます。きっと皇室からもお声がかかりますわ。それに、フローラ様こそ素敵な殿方と巡り合って、恋をして、幸せになっていただきたい……フローラ様は、誰より素敵なご令嬢なのですもの」
乙女ゲームのヒロインなんだから……っていう先入観はさておいても、フローラちゃんのポテンシャルはすごい。あなたはなんでもできるし、なんにでもなれるよ。そして、前世でたくさんのユーザーが夢中になったような恋愛ができる道が、あなたの人生にはいくつもあるんだよ。
私はもう、恋愛で幸せになるって考えがハナから持てないけど、普通は好いて好かれて幸せになれるものなんだから。好きな人と出会って、いや多分もう出会ってるから気付いて?幸せな人生を歩んでほしい。
けれど、フローラはにっこり笑った。
「私は、エカテリーナ様と巡り合うことができました。とっても素敵な出会いだったと思っています。ですから、ずっとお側にいたいんです」
「まあ……」
美少女のにっこりが尊い!
そして素敵な出会いって言ってもらいましたよ、これは嬉しい!
「なんて嬉しいお言葉でしょう。わたくしもフローラ様と出会えて幸せでしてよ」
そういえば、攻略がうまくいかなかった場合、お友達で終わるエンドとかになるんだった。前世でゲームした時は、悪役兄妹が断罪されてお兄様の出番が終わったらリセットしてたから、忘れてたけど。
卒業して、フローラちゃんが侍女になってくれたら……あ、すごくいいかも!
気心の知れたフローラちゃんとミナと一緒に、お兄様の過労死フラグを折るべく領政をお手伝いできたら。ポテンシャルの高いフローラちゃんだもの、きっとすごく力になってくれる。
よし!決めた!
フローラちゃんが誰かを好きになったら、応援する。ゲームの流れは皇子ルートしか知らないから、できれば皇子にいってほしいけど、他ルートでもできるだけ力になろう。相手の身分がフローラちゃんと釣り合わないほど高くても、ユールノヴァ家が後ろ盾になれば、周囲にとやかくなんか言わせない。皇太子妃だってどんと来いだ。
でも攻略がうまくいかずに友情エンドになったら……ぜひ侍女になってもらおう!
「わたくし、やはりフローラ様には幸せを見つけていただきたく存じますわ。ですけれど、わたくしは学園を卒業しましたら、お兄様をお助けしてこのユールノヴァの統治をお手伝いしたいと思っておりますの。フローラ様に手を貸していただければ、百人力ですわ。卒業する時点で同じお気持ちでしたら、どうかわたくしの侍女になってくださいまし」
「ありがとうございます、エカテリーナ様。私、頑張ります!」
二人は、しっかりと手を取り合った。
活動報告にも記載しましたが、コミックシーモア「電子コミック大賞 2021」ライトノベル部門に本作がエントリーしております。
もしできましたら、応援していただければ幸いです。




