女子会
ミハイルとフローラは、ユールノヴァ城の西棟、迎賓館の役割を持つ部分に滞在する。
もちろんそこには広く美しくサウナなどの機能も充実した立派な浴室があるが、エカテリーナはフローラを自分の部屋に誘った。迎賓館の浴室は当然、皇子殿下であるミハイルが優先だ。
「どうせなら、エカテリーナも西棟に来て泊まればいいのに。僕ならしばらく剣でも振って身体をほぐしているから、浴室は先に使えばいいよ」
などとミハイルは言う。数日の旅を終えて到着した当日、しかもいきなりダンスの練習などする羽目になったというのに、さらに鍛錬とはかなりのスタミナではなかろうか。まあ馬車の旅は身体が強張るのは確かなのだけど。
フローラの部屋に一緒にお泊まりでもいいかな、と思わないでもなかったエカテリーナだが、目線でアレクセイにお伺いを立てると明らかにNGな視線が返ってきた。確かに、お迎えする公爵家の者が、迎賓館にお泊まりするのはいかがなものか。
ということで、ミハイルには丁重に断りを伝えた。ミハイルを一人(お付きの者も護衛もいるわけだが、そういう話ではない)にしてしまって申し訳ないとは思うものの、同じ公爵邸内にはいるのだから、そんなに寂しがる話でもないはずだ。
あと、食後に急に運動すると身体に悪いからやめときなさい。
エカテリーナとアレクセイが暮らしているのは、北棟。公爵一家が居住する区画。
ここの浴室も充分大きくて立派だ。お湯は、浴槽に設置された水の精の彫像が抱えた壺から流れ出てくる。灯りは虹石の間接照明のような柔らかな光。
「とっても素敵ですね。彫像からお湯が流れてくるなんて、すごいです!」
「このユールノヴァ城が建築された頃から、浴室の基本的な仕組みは変わっていないと、執事が申しておりましたわ。いくつかある浴室の全てに、こうした水の精の彫像が設置されているのですって」
発明家ジョヴァンニ・ディ・サンティこと、五代目ヴァシーリー公の伴侶ジョヴァンナさんが構築した仕組みのひとつですね。彫像はおそらく、何度か取り替えられているのだろうけど。
なお水の精はこの世界では、人魚の姿で描かれたり下半身が蛇の姿で描かれたりする場合もあるのだけど、ここの彫像は身の丈より長い豊かな髪で裸身を隠したグラマラスな美女です。
「少し、エカテリーナ様に似ているみたいです。とても綺麗」
フローラに言われて、エカテリーナは照れながらも、悪役令嬢のけしからんスタイルがね……とちょっと遠い目になった。
石造りの大きな浴槽に一緒に浸かり、サウナや冷水浴も一緒に試してすっかり長風呂してしまった二人は、ほこほこと湯気が出そうなほど温まってエカテリーナの部屋に入った。夏とはいえ、北方であるユールノヴァの夜の涼しさがありがたい。
ミナが持ってきてくれた甘酸っぱい葡萄のジュースを飲んで、はしたなくも大きなベッドにぽふんと飛び込み、フローラを手招きして一緒にごろごろ。
うん、パジャマパーティーっぽくなってまいりました。
「あらためて、遠いユールノヴァまでお出でくださってありがとう存じますわ、フローラ様。長旅でさぞお疲れになったことでしょう」
「いいえエカテリーナ様、お礼を言うのは私の方です。私、皇都の外まで旅をしたのなんて、生まれて初めてですから」
前世と違ってこの世界、一般庶民はほとんど旅などできないのだろう。そう言えば江戸時代には、お伊勢参りに行くためにご町内とかで数年がかりでお金を貯めて、それでも数名分の旅費にしかならないから代表だけがお参りに行くものだった、なんて話を読んだことがあった。
「もしどこかへ旅をすることがあったとしても、あんなすごい船でセルノー河を遡るなんて、とてもできません。何もかも珍しくて、楽しくて。それに、旅の終わりにはエカテリーナ様にお会いできると思ったら、ずっとわくわくして仕方がありませんでした」
うふふ、とフローラは微笑む。
「男爵様も奥様も、ユールノヴァにお招きいただいたことを話したら、とても喜んでくださったんですよ。セルゲイ様のお孫さんは、お祖父様と同じように親切な方なのね、って。お二人とも、セルゲイ公のことを、とても素晴らしい方だったっておっしゃっていました」
「まあ……なんて嬉しいお言葉でしょう」
そうだった、フローラちゃんのお母さんが亡くなった後に引き取ってくれたチェルニー男爵夫妻は、魔法学園でセルゲイお祖父様の友人だった方たち。恋人同士だった二人が仲を裂かれそうになった時、セルゲイお祖父様を首謀者とした学生一同が二人をかけおちさせたんだった。
「いつか、お二方とお会いしとうございますわ。祖父のこと、お聞きしてみたい」
「ぜひ、いらしてください。お二人もさぞ喜ぶと思います。公爵家のお邸と違って小さなお家ですから、エカテリーナ様はびっくりされるかもしれませんけど……でも、お庭がとても素敵なんです。男爵様は土属性の魔力をお持ちで、植物を操るのがお上手なんですよ。奥様の魔力は火属性ですけど、お料理に活かしていらっしゃいます」
「ふふ、素敵。実用的に活用していらっしゃいますのね」
魔力で料理の火加減って、聞いたら怒りだす人がいそう。皇国では魔力は貴族の権威そのものだから、もったいぶった使い方をしなきゃ駄目!って言う人はけっこういるらしい。
そういう人ほど強い魔力は持っていなくて、本当に強い魔力を持っている皇子やお兄様は、飲み物を冷やすとかに気軽に使うんだけどね。私も畑を耕したしな。魔力だろうがなんだろうが、使えるもんは使ってなんぼ。
あー、和むわこの会話。
でも、女子会ならば話題の鉄板はこっちだよね!
恋バナ!
「フローラ様、旅の間に、ミハイル様とは親しくなられまして?」




