最初の晩餐
「フローラ様、お急ぎになって。明るいうちに見ていただきたいの」
「はい、エカテリーナ様。でも、何を見るんでしょう」
「ご覧になっていただいてのお楽しみですわ!」
楽しげに話しながら、エカテリーナとフローラはユールノヴァ城の廊下を歩いてゆく。ダンスの練習を終えて、晩餐までのひとときをそれぞれくつろいで過ごしてもらう予定だったのだが、急遽エカテリーナがフローラを誘ったのだった。
行き着いたのは、ユールノヴァ城の北東の翼。ここは、通常は使用されていない。ユールノヴァ公爵家が皇女の降嫁を賜った場合にのみ、公爵夫人の住まいとして使用される。
つまりは、祖母アレクサンドラが暮らしていた場所だ。
そこの小広間の扉を、エカテリーナは開け放つ。
「まあ!」
そこを埋め尽くす、豪華なドレスの数々。
「祖母の遺品のドレスですわ」
「ここにもこんなに……」
ババアの侍女だったノンナが、皇都の公爵邸で遺品のドレスを見たときに、公爵領の本邸にはもっとたくさんあるとなぜか誇らしげに言っていたけれど、事実でしたよ……。
皇都の分は、公爵邸に遊びにきてくれたクラスメイトたちに持って帰ってもらってだいぶ捌けたんだけど。正直、これ、どーしよ。何度もああいうことをやると、さすがに見せびらかし感というか、やらしい気がするんだよね。
でも、役には立ってるんだよな。夏休み前、クラスメイトの男爵令嬢オリガちゃんが弟が初めて正式なパーティーに参加したって話をした時に、小声でありがとうございますって言ってくれて。家族のためにドレスを売って、そのお金で弟さんの支度ができたんだろうな……きっとオリガちゃんの他にもそういう子が……。
ひとまず、それはさておき。
「フローラ様、こちらをご覧になって」
エカテリーナはフローラの手を引いて、あるドレスの前へ連れて行った。
「こちらを見た時、驚きましたの。わたくしのドレスと色違いでよく似ておりますのよ」
ドレスのデザインはある程度パターンがあるわけなので、これだけあるとデザインかぶりがあっても不思議はない。
「歓迎の宴で、ダンスをご一緒することになりましたでしょう。ドレスのデザインを合わせることができれば素敵だと思いましたの。それにこちらのドレス、きっとフローラ様によくお似合いになりましてよ。フローラ様がお嫌でなければ、わたくし、フローラ様とおそろいの衣装で踊りとうございますわ」
「おそろい……エカテリーナ様と私が……」
つぶやいて、フローラはぽっと頬を染めた。が、はっと我に返る。
「で、でも、きっととても高価なドレスですし、サイズが」
「祖母は背が高うございましたものね。でも、明日の夜まで時間があるのですもの、メイドたちが頑張って直してくれますわ。わたくしとおそろいはお嫌かしら」
「まさか!とても嬉しいです!」
両手をぎゅっと拳にして叫んだフローラに、エカテリーナは大喜びでその両手をとった。
「まあ嬉しい!宴がいっそう楽しみになりましたわ!」
そこへ、家政婦のライーサが数名のメイドを引き連れて現れる。
「お嬢様、ドレスに合いそうなアクセサリーをお持ちしました」
「ありがとう、ライーサ。フローラ様、ドレスを試着なさって。アクセサリーをお貸ししますわ、合わせてみて、どれを使うかお選びになってくださいまし」
「えっ?いえ、あの」
「アクセサリーも含めて、できるだけおそろいにコーディネイトしたいと思いますの。ですからどうかお使いになって。一緒に、うんとおしゃれいたしましょうね。わたくしがお願いしてユールノヴァに来ていただいたのですもの、フローラ様にはたくさん楽しんでいただきたいの!」
その言葉が合図だったかのように、メイドたちが配置につく。
そしてフローラが目を白黒させているうちに、ライーサがアクセサリーを選び、エカテリーナはあらあれも似合いそうですわ、ちょっとお試しあそばせ、などと言っていくつもドレスを持ってくる。
あれよあれよという間にファッションショー状態、エカテリーナとメイドたちからお似合い、可愛い、お綺麗と褒め言葉の雨あられで、戸惑いつつも夢見心地で楽しんだフローラだった。
「お願いね」
「はい、お任せください」
エカテリーナの頼みに、ライーサとメイドたちがうなずく。フローラが試着したドレスは、明日の夜に歓迎の宴で着る以外のものも、すみやかにお直ししてフローラに届けるのだ。
なぜなら、それが必要になる理由があるから。
皇子殿下とご友人フローラ嬢の到着当日である今日は、旅の疲れに配慮して公爵兄妹と友人四人で晩餐をとる。
しかし、エカテリーナ目線では、旅の疲れに配慮できている気がしなかったりする。
なぜなら、公爵家の晩餐は正装してコース料理をいただくものだから。
転生してからはそれが当たり前で暮らしてきたエカテリーナだが、庶民として育ったフローラは気疲れするに違いない。ドレスだって、そんな毎日違うものを着られるほど持ってはいないはず。なので、裾上げだけでいい一着は、本日の夕食に間に合うよう特急で直してもらう。
ファーストダンスの反省を活かして、フローラちゃんに恥をかかせるようなことがないよう、私がフォローします!
こぶしを握ってお星様に誓うエカテリーナであった。
そんなわけで晩餐は、美々しく装った友人四人で語り合いながらの、楽しい食事になった。
ユールノヴァ城のシェフにとっては、皇子殿下を迎えての晩餐は一世一代の晴れ舞台だ。一皿一皿に知恵を絞り腕をふるって、美味しく見た目も美しくこの地らしさを感じさせるものを出してくる。メインの大角牛のソテーをミハイルは気に入ったようで、狩猟大会で必ず獲りたいと想いを新たにしていた。
食材は少し珍しくとも、フローラとは逆に、ミハイルにとってはこういう晩餐が日常の食事風景なのだろう。料理人にとって、彼に料理を食べてもらうことは最高の名誉。そういう存在として生きるのは、どういう感覚なのだろう。
如才なく料理を褒めるミハイルを、エカテリーナはまじまじと見つめてしまう。そして不思議そうに見返され、微笑まれて、ちょっと焦って目をそらし、フローラに話をふった。
「フローラ様、このユールノヴァ城には大きな浴室がございますのよ。後ほど、ゆっくり旅の疲れを癒してくださいまし。よろしければご一緒しませんこと?」
前世のヨーロッパは、特に中世近世は、あまり入浴の習慣がなかった。他人に裸を見られることに抵抗があって、少し前まで日本に観光に来る欧米人が水着を着て温泉に入ったりして、旅館の人が困ることがあったと聞く。
しかしこの世界、というか皇国は、いろいろ近世ヨーロッパに似ているわりに、入浴は前世の日本並み、あるいは古代ローマ帝国並みに愛されている。友人同士で一緒に入浴するのも、おかしな話ではない。
細かな花模様が織り出された高級な生地をシンプルに仕立てた上品なドレス(特急で直したとはとても思えない)がよく似合うフローラは、嬉しそうに微笑んだ。彼女が居心地よく過ごせるようエカテリーナが心を砕いていることに、気づいているのだろう。
「はい、エカテリーナ様。ぜひご一緒したいです」
「そのあとは、わたくしの部屋においでになって。二人きりでゆっくり、女の子同士のおしゃべりをいたしましょうね。わたくし、ずっと楽しみにしておりましたの」
女子のお泊まりといえばパジャマパーティーだよね!前世の学生時代が懐かしいけど、今生では初めてだもん。マジで楽しみにしてました。
アレクセイが微笑んだ。
「楽しそうだな、エカテリーナ。フローラ嬢のおかげだ、本当に来てくれてありがたい」
ミハイルは無言。彼がカトラリーを置いて顔を押さえているのに気付いて、エカテリーナは目を見張る。
「ミハイル様、いかがなさいまして?」
「ちょっと不意打ち……いや、なんでもないよ」
と、ミハイルの従僕、糸のように目の細い細身の青年が動いた。すっと水のグラスをミハイルの前に置く。
「ああ、ありがとう、ルカ。アレクセイ、すまないけどこれを冷たくしてくれないかな。なんというか……頭を冷やしたい」
そしてミハイルは、アレクセイが氷の魔力で凍る直前まで温度を下げた冷水を、一気に飲み干した。




