四人で踊ろう
古くからのものですから、ステップは単純です。そうアデリーナが言った通り、難しいものではなかった。
最初は男性と女性に分かれ、向かい合う。
男性たちは女性たちに一礼し、手を差し伸べる。
女性たちはそしらぬ顔で、お互い同士で手を取り合い、踊り出す。楽しげな笑顔でステップを踏み、ひらりと離れてそれぞれくるりと回る。実演してみせたアデリーナのスカートがふわりと広がって花のようだ。そして二人一組で腕を組み、そのまま組んだ腕を中心にくるりと回り、最後にポーズを決める。それを繰り返す。通常はもっと人数が多いので、相手を替えながら繰り返すのだ。
その間、男性たちも男性同士で踊る。ただし、女性を巡って争う様子を表すものだから、ダンスというより何かの武術の演武のようだ。
女性たちが踊り出すと、男性たちは互いに向かい合い、拳を上げて構えをとる。拳の甲と甲を軽く打ち合わせ、すぐ離れてそれぞれステップを踏み、再び向かい合って上腕と上腕をクロスさせる形で合わせる。右、左。旋回し離れて、再び構え。こちらも繰り返す。
男女別パートが終わると、再び男性たちが女性に一礼し、手を差し伸べる。今度は女性たちも応じ、男女でペアになる。といっても、手を取り合うこともなく、触れ合うことなくステップを踏む。男性からは手を差し出すのだが、女性たちはひらりと逃げる。追うように踏み込む男性、逃げる女性。相手を替えて、繰り返し。
最後のパートになって、初めて女性は男性の手を取り、息を合わせて踊る。最初の女性パートを男女で踊るのに近い。最後に腕を組んで回り、ポーズをとって、互いに一礼。相手を替えて一巡したところで、終了。
「これは基本形です。村ごとに細かな特色がありますし、世代ごとに変わってゆく場合もありますので、踊りやすいように変えていただいても問題ございませんわ」
皆で移動した、小規模なパーティに使用される広間でそう語るアデリーナの隣で、ひたすら無言でいるのは夫ノヴァクだ。
ほぼ表情がない。
執務中に突然呼び出されて、心の準備なく皇子殿下に対面し、挨拶もそこそこに妻に『昔お教えしましたでしょ、うちの領地のダンス』と言われて、夫婦で実演してみせる羽目になった彼の心中は、計り知れないものがあるだろう。
アデリーナは夫を女性パートに付き合わせるほど鬼畜ではなく、ノヴァクは男性パートを一人で実演し、男女パートを夫人と踊ってみせた。ダンスが縁を結んだ夫妻だけあって、五十代の現在も動きにキレがある。名手の貫禄漂う夫妻の舞踏に、一同は拍手を贈った。
そして実演が終わると、『ありがとうあなた、もうお戻りになって』と夫人に背を押されてノヴァクは戻っていった。……その心中、計り知れないものがある。
すみませんノヴァクさん、私が突然みんなで踊ろうとか言い出したばっかりに、えらいとばっちりを食わせて本当にすみません。
内心平謝りしながらも、エカテリーナはほっとしている。人数が少ないので、ダンスはすぐに終わりそうだ。自分が言い出しておいてなんだが、満場の注目を浴びながら付け焼き刃のダンスを踊るのは、かなり精神力が要る。人生の試練と言っていい。
なんて、そんな試練にみんなを巻き込んだのは私だった!すまん!何も考えずにとんでもない提案をしてしまって、ほんとすまん!
と内心平謝りアゲインだったエカテリーナだが、すぐにその平謝りを撤回することになる。
というのも、他三名が、あまりにもあっさりと、かつ高レベルに、そのダンスをマスターしてしまったからだ。
特に男子二人。物覚えが良く運動神経も抜群、さらに昔からの剣の練習相手で互いの呼吸を知り抜いているアレクセイとミハイルは、最初に男性パートを二人で合わせてみたときから完璧だった。
向かい合い、拳を上げる。
その時に、ミハイルは珍しく『少年ぽい』感じで、にっと笑った。
それを受けて、アレクセイはわずかに目を細め、唇の端にふっと笑みを浮かべた。
そして、同時に踏み込む。拳の甲と甲をコツリと打ち合わせ、そこから、闘いを模したステップを本当に争っているかのような緊迫感ある動きで、最後まで通してのけた。幼い頃から武術を学んできた者の、キレのある動きが美しい。
見ていたエカテリーナは、膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえている。
(いやあああー!お兄様かっこいいー‼︎もうどうしよう!皇子もかっこいいよ、珍しくロイヤルより男の子って感じで、アラサー目線だとかわいいけど!)
頑張れ自分!私が崩れたら、シスコンお兄様はきっと心配して、歓迎の宴に出なくていいと言ってくれてしまう。言い出しっぺの私がファーストダンスを放り出して部屋で寝ているとか、ありえないだろ!
「まあまあ、なんて素晴らしい……お二方とも完璧ですわ。宴ではご令嬢方ご婦人方が、うっとりと見惚れることでしょう。お嬢様方、そうお思いになりませんか」
「ええ、本当に!」
アデリーナの言葉に、エカテリーナは短く強く答えるにとどめた。お兄様かっこいい!と小一時間語ってしまわないよう、自制する。
「フローラ様もそうお思いになりませんこと?」
皇子かっこいい!って思ったりする?語る?
わくわくした気持ちで尋ねてみたエカテリーナだが、
「はい、お二人とも素敵だと思います」
という、礼儀正しくも冷静な答えをもらって、あれ?となった。
こういうものかなあ。
まあいいや、このあと夏休みらしいことを予定しているから、その時にじっくり聞いてみよう。
エカテリーナとフローラで踊った女子パートも、アデリーナからは合格をもらったのだが。
花のような笑顔のフローラは、妖精のような軽やかさで踊る。彼女につられるようにエカテリーナも笑顔で踊ったのだが、フローラと比べると動きが悪い、と思う。
「フローラ様は軽快、エカテリーナお嬢様は優雅な動きでいらっしゃいますわ。なんてお美しい」
アデリーナはそう評してくれたが、エカテリーナはそろそろ自覚している。
今生の私……運動神経がちょっと残念じゃなかろうか……。
フローラちゃんもダンスを始めたのは学園に入学してからで、お兄様や皇子と違って身に染み付いているわけではないのに、運動の面でもポテンシャル高いよなー。
男女パートを踊ってみると、やはりエカテリーナだけテンポが遅いようだ。特にミハイルと踊る時、ちょっと距離の取り方に悩んでしまう。『逃げる』パートはともかく、最後の『受け入れる』パート、腕を組んで回ったりするあたり。
「ごめん、僕が少し早いみたいだ」
困った顔で、ミハイルが夏空色の髪をかきあげる。すぐさまエカテリーナは首を振った。
「いいえ、わたくしが遅いのですわ」
正確にはとろいのかも……。
あ、ちょっとかなしい。
いや本当にとろかったら一度でダンスを合わせられない。他三人がやたら高スペック高ポテンシャルなだけで、エカテリーナも充分優秀なのだが。一般的なレベルを見失いつつあるエカテリーナである。
「エカテリーナ、そう自分に厳しく考えなくていい。お前は女神のように優雅だよ」
「はい、エカテリーナ様は素敵です!」
アレクセイがエカテリーナの髪を撫で、フローラが力説する。が、エカテリーナはうなずけない。
お兄様のはシスコンフィルターですから。フローラちゃんはいつも優しいし。
私が皆を思いつきに巻き込んだのに、その私が足を引っ張るってあかんやろ!
「ご心配でしたら、もう少し練習なさればすぐ、息が合わせられると思いますわ」
アデリーナの言葉に、エカテリーナは真面目な顔でうなずいた。
よし、頑張ろう。
「ミハイル様、もう一度、練習にご一緒いただけますかしら」
「もちろん、こちらからお願いしたいくらいだよ」
ということで、数度ミハイルとのパートを練習して、ようやく納得がいったエカテリーナであった。
そして後から、ミハイルとのファーストダンスを回避しようとしていたとか、踊るのが気恥ずかしいとか思っていたことを思い出して、あれ?となった。
ま、まあ、『ファーストダンスのパートナー』ではないし、抱き合って踊るソシアルダンスじゃなくて腕を組むだけのフォークダンスみたいなもんだし、夏休みの思い出らしいっちゃらしいから、いいことにしよう……。
さて、このあと女子会だー!




