ファーストダンスで大混乱
「今回の宴は、ミハイル殿下とフローラ嬢が共に来賓となっております。ファーストダンスは、フローラ嬢をパートナーとして踊っていただくものと考えておりました」
表情を固くして言うアレクセイに、エカテリーナはコクコクとうなずくばかりだ。
正直それしか考えてなかったよ!それがセオリーなんじゃないの?
私が君のパートナーなんてマズいんだよ、悪役令嬢が攻略対象のパートナーになるとか、破滅フラグがアップを始めるわ!
男爵令嬢フローラちゃんは今回、『ミハイル皇子殿下の同行者』『親しいご友人』という立場が加わって、待遇にブーストがかかっている。公爵令嬢だからって私がパートナーで当然、という話にはならない。むしろ、皇族の同行者をさしおいて、訪問先の令嬢が身分を笠にきて「殿下のパートナーはこのアタクシよ!」とかやったら、失礼もいいところ。
まあそりゃ、皇族がどちらとどれだけ親しいか、とか色々な要素によってケースバイケースではあるけれど。今回は、フローラちゃんがパートナーで問題ないはずだよ。
「うん……普通は男女の組み合わせで訪問すれば、その二人がパートナーだよね。だけど、今回はちょっと特殊だと思うんだ」
困ったような顔で、ミハイルが言葉を返す。
「男女の組み合わせで訪問する場合、その二人は結婚しているか、婚約者同士なのが普通なんだよ。でも、今回はそうじゃない」
う……。
そりゃそうだ、未婚の男女が旅行なんて、この世界この時代、あまりしないよね……。
す、すみません。私が無理やり、悪役令嬢プロデュース特別イベントをぶっこんだばっかりにそんなことに。
「確かに珍しい事例になりますが、前例はいくつもあるはず。ここまでの旅を共にされたフローラ嬢をパートナーにしないことは、ユールノヴァでの彼女の立場に望ましくない影響をもたらす恐れがあります。いかがなものかと」
アレクセイの言葉に、再びエカテリーナはコクコクうなずく。
いやパートナーがどうなろうと、フローラちゃんの待遇ブーストは私が死守するけれども。ここは、会津の郷土玩具赤べこのようにひたすらうなずきます。
「そうは言っても、僕とファーストダンスを踊ったというのは、皇都へ戻った後々まで意味を持つ可能性がある。君にはよくわかるはずだろう」
いやむしろ、そこが悪役令嬢プロデュース特別イベントの最大の収穫になるはずだったんだけど……。
くっ、やっぱり悪役令嬢のなんちゃってイベントでは、そこまで攻略を進められなかったか。ゲームだと、フローラちゃんが皇子とダンスを踊るのはもっと後だもんね。
「だから、僕とフローラがパートナーというのは、むしろ彼女に迷惑をかけてしまうことになりそうで。それに、フローラはパーティーに参加したことがないそうなんだ。それでいきなりファーストダンスは、大変だろう」
うっ!
そ、それは……私だって、たいがいメンタルの試練だったのは事実……。
ちら、とエカテリーナがフローラを見る。アレクセイも彼女の言葉を待つ様子だ。
と、勇気を振り絞る表情でフローラが言った。
「あの!すみません……ファーストダンスというのは、何でしょうか?」
これには、他三名が揃って顔色を変えている。
そこからだったあああ!
正式なパーティーでは、一番身分の高い者が最初に踊る、というルールを説明すると、フローラは青ざめた。
そうだよね……知らないよね、ちょっと前まで庶民だったんだから、触れる機会のない言葉だよね!
事前に説明しておかないといけなかったよ、私のバカバカバカー!
「すみません、ものを知らない身で、お恥ずかしいです……」
「いいえ!フローラ様はお悪くございませんわ、むしろ知っているはずのないことですもの!わたくしが事前にお教えしなければいけなかったのです!」
ごめん!ごめんよフローラちゃん、ダンスだってまだ慣れてないのに、考慮が足りなすぎたよ、本当にごめん!
お兄様と皇子は、基本的に自分がファーストダンスを踊る立場。それが何かを知らない人間と、接することがない立場でもある。
私が気をつけなきゃいけなかった、私しか察せないことだったのにー。
さすがのアレクセイも、フローラをミハイルのパートナーにとは言えなくなり、焦りが見えている。招待客一覧を高速で検討しているようだが、ふさわしい相手がいるはずもない。
じゃ、じゃ、じゃあ。
責任とって、私が皇子のパートナーを……。
……。
……。
ちら、とアレクセイを見るエカテリーナ。
いや駄目!破滅することになっちゃったら、お兄様も巻き込むんだから。皇子のパートナーになりたがるって、ゲームのエカテリーナそのものだよ。ここからゲームのシナリオが息を吹き返して、やがて断罪破滅……やだやだ怖い!
それに。
エカテリーナはちらりとミハイルを見る。
「あの……そんなに重く考えないでいいと思うんだ。君なら、このユールノヴァで一番身分の高い女性だから、身分の釣り合いでパートナーになっただけだって、周囲も理解すると思う」
ミハイルの言葉には説得力があったが、エカテリーナは、その……と口ごもってから言った。
「わたくし……お恥ずかしゅうございますけれど、お兄様以外の殿方と踊ったことがございませんの……」
「え……そうなの?でも、授業でも習うのに」
そう、ダンスは学園の授業に組み込まれていて、級友同士で踊る。のだが。
「わたくしはいつも、フローラ様と踊っておりますわ」
ダンスの授業は基本、男女の組み合わせで練習する。けれどクラスの男女数が同じでないため、エカテリーナとフローラは以前ぼっち同士だった頃から、ダンスの授業でパートナーをやっているのだ。男性パート女性パートを毎回入れ替えて、きゃっきゃうふふと踊っている。今ではもうぼっちではなくなった二人だが、美少女二人のきゃっきゃうふふを邪魔する級友はおらず、ずっと二人で気楽に踊っているのだった。
「そ、そうです。エカテリーナ様と私でいつも踊っています。ですから!」
フローラが拳を握った。
「エカテリーナ様と私がファーストダンスを踊ればいいのではないでしょうか!」
フローラちゃん!
名案!
「そうですわね、それなら問題ありませんわ!」
「二人とも、ちょっと落ち着こうね」
ミハイルが冷静に言う。
ロイヤルつっこみいただきました。なかなかキレがあるよ、見どころあるな皇子!
「それも一考に値するような……」
「君までか⁉︎」
アレクセイにはもはや遠慮なく呆れるミハイル。
やっぱりツッコミにキレがあるよ、いっそダンスより漫才の相方にスカウトしよう!
って現実逃避している場合か本当に落ち着け自分ー!
でもさ、皇子はいい友達だけど、それだけになんか……ダンスって、抱き合って踊るんだよ。密着するんだよ。皇子とそういうことするの、あらためて想像してみると、気恥ずかしいよー。前世の記憶があるせいでそう思うだけで、この世界では普通のことなんだけど。
うわーん誰だよ、ソシアルダンスなんて恥ずかしいものをこの世界に普及させたのは!
ピョートル大帝だよ!うらみます! 不敬罪かな!
ユールノヴァにダンスを持ち込んだのは、ピョートル大帝というよりその弟で公爵家初代のセルゲイ公なんだけど――。
あ。
「あの……それでは、せっかくの機会ですもの、このようにお願いできませんこと?」