再会
ミナやオレグたちから質問攻めにされることを覚悟していたエカテリーナだが、誰も何も尋ねようとはしなかった。
ただオレグが、思いがけず遅くなったので急いで進んだ方がよろしいかと、と進言し、ミナはとにかくエカテリーナに怪我がないか疲れていないかしつこいほど確認し、お姫様抱っこで馬車まで運ぼうとするのを止めるのに苦労したが、それのみだ。
玄竜と共に去った後に何があったかや、玄竜が語った言葉の意味を尋ねようとは、しない。
これは……。
騎士団も戦闘メイドも、上下関係が厳しいんだろうな。上のすることは黙って受け入れるというのが、徹底しているんだろう。
というか。騎士の皆さんが、私に引き気味ですわ。
今まで以上に丁重というか、ひたすらうやうやしい感じで礼をして、話かけるなんてできませんて空気を出してますわ。
そりゃね。
突然襲来した玄竜にこっちから話しかけて、連れて行かれたと思ったら、竜の背に乗って帰ってきちゃったんだもんな。
こいつ何者?って感じだよね。
……へんなやつ、と思われていても仕方ないよ……。
違うんや……前世の記憶で話せばわかるって知ってただけなんや……異世界でアラサー社畜だった記憶があるだけの、ただの悪役令嬢なんや……。
よく考えたら、ただの悪役令嬢ってなんぞ。
とにかく、私は主君の妹だから、今回みたいなトンデモなことになっても、むしろトンデモだからこそ、何も訊かない訊いてはいけないと思っているのに違いない。
なら、ありがたく……お兄様になんて報告するか、じっくり考えていよう。二人ともお兄様には、起きたことをそのまま報告するのだろうから。
前世の記憶がどうのとか、絶対言えないからなんとか誤魔化さねば!
そんなわけで一行は出発した。
無事戻ったエカテリーナを見て御者が大泣きしたり、レジナたち猟犬が面目なさそうに尻尾を下げているのを、相手が相手だから仕方なくてよ、と全力でなでなでわしゃわしゃしてなだめたりしてまた時間をとったものの、もともと急ぎで旅をしていたおかげで、そこまでの遅れにはならないで済みそうだ。
とはいえ、今日宿泊予定だった町には日没までに着けそうもなく、一行は早々に街道沿いのやや大きな街で馬車を停めた。
「お嬢様はお疲れです。少しでも設備のととのった所で、早く休んだ方がいいです」
ミナが断固として言ったのが理由だ。
いや待って。私が疲れているかどうかを、私ではなくミナが決めるってどういうことだろう。私はもっと進んでおきたかったんだけど。
でも、ミナが静かに炎を背負ってる気がして言えない……。わーん、私お嬢様なのに。
でも少し遅くなっても、明日にはお兄様のところへ帰れるんだし。心配かけちゃったのが悪いんだから、仕方ないか。
そんな殊勝な気持ちで、早めの宿泊を受け入れたエカテリーナは、街に入ったところで馬車を停めて、宿を確保するために先触れとして出した騎士の一人の戻りを待っている。
谷あいの街は川にも接していて、街道を運ばれてきた木材や鉱石を運搬船に積み込む船着場として、栄えているようだ。街のある谷間はさして広くはなく、アレクセイの待つ北都へ目を向けようとしても、街道はすぐに山中へ呑まれて見えなくなっていた。
その時。
馬車の側で伏せていたレジナが、不意に身を起こした。
何かに驚いた様子で、高く鼻を上げてふんふんと風の匂いを嗅ぐ。
そして、馬車の中のエカテリーナを見上げて、大きく吠えた。
「レジナ……どうかして?」
エカテリーナが声をかけると、レジナはたたっと走って街道へ出ていった。すぐに戻ってくると、また大きく吠える。いかにも、何か伝えたげだ。
他の三頭の猟犬たちも、同じく鼻を上げて風の匂いを嗅ぎ、そわそわと歩き回っていた。
次に反応したのは、馬車の傍らに控えていたミナだ。こちらも、ふと顔を上げて耳をすました後、街道まで走っていった。メイド服姿であることもかえりみず、うずくまって道に耳をつけ、何かを聞き取っている。
さっと立ち上がると、ミナは駆け戻ってきた。
「お嬢様、北都のほうから騎馬の一団が来ます。馬蹄の音が重くて一定ですから、よく訓練された武装集団みたいです」
え。
思わずオレグに目を向けると、驚いた様子もなくひとつうなずいた。
ということは……。
急いでエカテリーナは馬車を降り、街道を見やる。
すぐに、その一団は現れた。
――ユールノヴァ騎士団。
ものものしく武装した騎士の中隊が、駈歩で馬を走らせている。統制の取れた動きゆえだろう、馬蹄の轟きが確かに一定で、まるで重低音の打楽器を打ち鳴らしているようだ。
その一団の先頭で、ひときわ見事な駿馬を駆る騎手。
背後の騎士たちとは異なる騎士団のあるじの装束に長身を包み、腰に長剣を帯びた、凛々しい姿だ。水色の髪をなびかせて、思いつめたような厳しい表情で、馬を駆けさせている。
エカテリーナは思わず声を上げた。
「お兄様!」
距離を考えればありえないことだが、まるでその声が聞こえたかのように、アレクセイの視線がエカテリーナを向いた。
そして、見事な手綱さばきで馬首をめぐらし、馬に拍車を入れた。
たちどころに駿馬は全力疾走に移る。
まっすぐにエカテリーナを目指して駆けてくる。馬上のアレクセイのネオンブルーの瞳が、エカテリーナを見つめている。
「お兄様!」
もう一度叫んで、エカテリーナは駆け出した。
理性で考えれば、その場で待っていればいいことだ。けれど、兄の姿が見えているのに、駆け寄らずにいることなどできなかった。
スカートをつまんで、精一杯の速さで、足元など見ないでアレクセイだけを見つめて走る。
アレクセイが手綱をしぼり、馬を抑えた。だが全力で疾走してきた馬は、エカテリーナの傍らを駆け抜けようとする。
その背から、アレクセイはひらりと跳び降りた。
走る馬から跳び降りるのは、決して簡単なことではない。だが卓越した運動神経で、アレクセイは見事にエカテリーナの側へ降り立つ。
「エカテリーナ!」
両腕を広げて、アレクセイは妹を腕の中にさらいこむように抱きしめた。




