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悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします  作者: 浜千鳥


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襲来

どおっーーとどよめくような音をたてて一陣の風が吹き渡り、樹々の梢を揺らした。

長い藍色の髪を巻き上げられても、エカテリーナは気付きもしないように、ただ見上げている。


樹上はるかに天へと伸びる、黒く長大な、竜の首。

燃えるような真紅の瞳が、はるかな高みから人間たちを見下ろしていた。


突然の出来事に、エカテリーナは言葉も出ない。目に映っているものが、あまりにも非現実的で。


なんておおきい。

まるで映画だ。

それもあれだ、日本映画界きっての大スター。ハリウッド進出はおろか、しまいにはNASA認定の星座にまでなってしまった、怪獣映画の本家本元。

これって、序盤で遭遇するモブの役どころ?

このあと、ドオン!と踏まれるやつ。


「お嬢様!」


オレグたち六騎の騎士が駆け寄って、エカテリーナを守るべく取り囲んだ。槍を、剣を構えて、ひるむ様子もなく巨竜を睨み据える。

勇猛果敢、精強無比なるユールノヴァ騎士団。

けれどーー比べれば、蟷螂の斧。


「お嬢様、しっかり。馬車へ入って、隠れてください」


ミナが手を引き、エカテリーナを馬車へ連れて行こうとした。

が。


ドオン‼︎


大地が揺れる。皆が一瞬、宙に浮くほどの衝撃だった。玄竜が、近くに巨大な前脚を踏み下ろしたのだ。

紅い目は、ひたとエカテリーナを見据えていた。


ミナは、衝撃からかばうためにエカテリーナの身体に腕を回したまま、玄竜の出方をうかがうように動きを止めている。


ーーここでようやく、エカテリーナは我に返った。


しっかりしろ、自分!

私がここで一番身分が高い。私がリーダー。考えろ。判断しろ。


この状況、下手をするとみんなの生命が危うい。

目の前にいるのは間違いなく、魔竜王ヴラドフォーレン(竜バージョン)。皇都を火の海に変えて皇城を踏み砕き、皇国を滅亡させることもできる、絶対強者。

前世の映画でよく見た、逃げようとする車が踏みつぶされて炎上する場面を、リアルでやってのけられる存在。逃げることも闘うことも、できる相手じゃない。


でも、知っている。

この巨大な竜は、乙女ゲームの隠し攻略対象。人間に変身し、フローラちゃんに攻略されるイケメンの一人にもなり得る存在。

知性も感情もある、意思疎通が可能な相手。


決断して、動け!


「ミナ、わたくしを離して」

「お嬢様」


ミナが目を見開いたが、エカテリーナはきっぱりとした動きでミナの腕の中から抜け出した。


「オレグ様、皆様。やいばをおさめてくださいまし。非礼をはたらいてはなりません」

「お嬢様、しかし……!お嬢様⁉︎」


振り向くわけにいかないまま応えたオレグは、自分の横をすり抜けて歩み出たエカテリーナに愕然とする。


ためらいのない足取りで玄竜の前に進み出ると、エカテリーナはおもむろに、美しい跪礼をとった。深く、長く。最も深い敬意を表す、本来は皇帝皇后両陛下へ向ける礼だ。


「お目にかかれて光栄に存じますわ、魔獣を統べる北の王たるお方。わたくしは、人の世においてこの地を統べるユールノヴァ公爵家の娘、エカテリーナと申します。もしや、わたくしに御用あってお越しくださったのでございましょうか」




しばし、間があった。


と思うや、玄竜が動く。

頭が下がり、漆黒の竜の顔が地上に迫ってきた。近付いてくるといっそう、その巨大さが感じられる。

その外貌は、前世のさまざまな創作で見たドラゴンそのもの。漆黒のうろこに覆われ、口にはずらりと並ぶ尖った牙。爛々と光る目は、赤く、紅く、朱く、あらゆる赤の色に燃え盛り、炎のように見る者を惹き込む。頭からは悪魔のそれを思わせる双つの巨大な角が伸びており、さらに数本の角のような突起のようなものが伸びて、いかにも恐ろしげだ。


「エカテリーナ・ユールノヴァ」


その声は、低く、地鳴りのように殷々ととどろいて山々に谺した。

エカテリーナは息を呑んだ。玄竜は、彼女の名を呼んだのだ。

玄竜は、さらに言った。


「名を、呼べ」


え……?


虚をつかれたエカテリーナだったが、ふと記憶から蘇った言葉があった。


『それは確かに、北の王の名だ』

『しかし、人間がその名を知るはずはない』


月の光が讃える漆黒の美貌。死の神。


玄竜は言葉を重ねる。


「名を知るならば、呼ぶがいい。この北の王の名を」


まさか……。


玄竜の意図は読めない。けれど、対応を選択できる立場でもない。相手がその気になれば、ただ前肢を振り下ろすだけで、自分はおろかミナも騎士たちも、全員が生命を失うだろう。まさしく映画のモブ同様に。


腹をくくって、エカテリーナははっきりと答えた。


「あなたさまのお名前は……魔竜王、ヴラドフォーレン様であられると、存じ上げております」




反応は思いがけなかった。

笑い声が響いた。朗々と。


再び風が吹く。強烈な突風に襲われて、エカテリーナは思わず目を閉じる。

目を開いた時、玄竜の姿は空になかった。



そこに、数メートル上の中空に、一人の男が地上に立つがごとくに平然と佇んでいる。

古代めいた黒い衣装に身を包んだ長身。長い黒髪、対照的に白い肌、赤い瞳が燃えるがごとくに光を放っている。


(ででででっで)


男を見上げて固まったまま、エカテリーナは脳内でカミカミだ。


(で、出た。出た……!)


魔竜王ヴラドフォーレン(人間バージョン)!

隠し攻略キャラだから、前世で乙女ゲームをプレイした時も見たことはなかった。ただ、お兄様が攻略できないか検索して調べた時に、ひっかかってきた画像とプロフィールを見ただけで。

その画像を見て、ちょっと攻略してみようかな、とよろめいた。だってあまりにも美形、絶世の美形だったから。


甘いわ!甘いぞ、当時の自分!

画像なんて実物の衝撃度とは比べものにならんわー‼︎


その美貌が、ふ、と笑った。

そして、中空からすうっと降りて、エカテリーナの目の前に立つ。


「異世界から来た魂を持つ娘。俺と共に来るがいい」


そう言って、ヴラドフォーレンはエカテリーナを抱き上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、兄と別れて旅に出るって時点で、どうせ攫われる事になるんだろうなと思ってたけど、魔竜王さん直々かよ・・・
[一言] メッサーラ22は激怒した。 必ず、(死後に肉牛に転生する呪いをかけた上で)かの邪智暴虐の竜王を除かねばならぬと決意した(♯´・ω・) 何しくさっとんの、この邪竜おじさん!!エカテリーナ様…
[良い点] 魔竜王様がクッ◯でエカたんがピー◯姫に見えました…でもお兄様達じゃマリ◯にならないでござる… はじめてのおつかいが時代を超えて語り継がれるような物語になってしまうレベルの冒険譚になりつつあ…
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