山岳神殿
翌朝。
気持ちよく目覚めたエカテリーナは、ミナに着替えをさせてもらいながら、昨夜、青薔薇の髪飾りを贈り物にしてしまったことを話した。相手が死の乙女と死の神であることも。
だいぶトンデモな話なので話すかどうか悩んだが、髪飾りがなくなっている理由はミナに説明しなければならない。そして相手がミナでは、適当にごまかすことはできないだろう。正直にぶっちゃけるのが一番、と判断した。もちろん話す内容は最小限に留め、創造神とか転生とかは伏せたが。
「山岳神殿に参拝する時に着けるはずだったのに、どうか許してね」
さすがにしばらく絶句したミナだった。
「お嬢様……そんな危険なものと会う時に、あたしがお側にいなかったなんて」
眠らされて侵入者に対処できなかった自分に、青白い炎が見えそうなほど怒っているようだ。
「素敵な方々だったの。神様のお呼びだったのですもの、ミナが気にすることなどなくってよ」
「お嬢様は、今朝はなんだか、ご機嫌がよろしいみたいですね」
ミナに言われて、エカテリーナはぱっと笑顔になった。
「そうなの、そのあと、とっても夢見がよかったのよ。お兄様とお会いしたの!」
その後、朝食の前にアウローラに時間をもらって、死の乙女セレーネと会ったことを話した。彼女は、優しい女性と語られたことを喜んでいたと。
アウローラはしばし言葉を無くしていたが、信じてくれたようだ。そして、セレーネが花に触れられないことを悲しんでいるので、森の民が得意な木彫で花を彫って捧げれば喜ばれると思う、と話すとうなずいた。
「捧げ物をして喜んでもらえるなら、後悔も軽くなります。皆にも話してみましょう」
一緒に朝食をとった後、アウローラはたくさんのお土産を渡してくれた。木製の優美な食器、草木染めで美しく染め上げられた布、レモングラスのように爽やかな香りがする匂い袋まで。
「私どもも、刃物や塩など、どうしても外から買い入れなければならないものがありますので。こういうものがお金になるなら、ありがたいことです」
「お役に立てれば嬉しゅうございますわ。もし商売になったとしても、森の民の暮らしを乱すことのないよう、アウローラ様フォルリ様としっかりとご相談して進めるつもりでしてよ」
エカテリーナの言葉にアウローラは微笑んだ。
「ありがとうございます。そのお若さでこれほどのご配慮、感服いたしました」
あうっ。
詐欺ですいません〜。
滞在した一晩、エカテリーナに話しかけてはこないものの友好的だった森の民は、最後は皆で手を振って見送ってくれた。
来た時と同様にオレグの馬に同乗させてもらったエカテリーナは、微笑んで彼らに手を振り返す。
なんだか、ロッジ風ペンションで一泊したような感じだったかも。しかも天然温泉露天風呂つき。ご飯も美味しかったから、オーベルジュっていうやつとか。
素敵な一夜をありがとう!
そしてエカテリーナ一行は、旅を再開した。
いやその前に、馬車の中になぜか入り込んでいた甜菜二体を、フォルリがぺいっと放り捨てるという一幕はあったのだが。
多分あの二体は昨日のイケメン甜菜ともう一体。なんでここにいたんだ。気付かなかったら、連れて出発しちゃってたぞ。馬車の扉を葉っぱで開けたのか、器用な。冷蔵庫の扉を開けちゃう猫並みに器用。
そしてどんだけ仲良しなんだ。放り捨てられる時も手をつないで、じゃない葉っぱをつないでたし。
そんな二体を、農作物を収穫するスタイルで淡々と投げ捨てたフォルリさん、生まれは侯爵家なのに森林農業長として農業にもすっかり精通しているんですね……。
甜菜は美味しいので森の動物に食べられてしまうのでは、と心配したが、馬車の屋根にとまって守ってくれていた大王蜂の伝令が、さっと飛び立っていった。怪奇植物めいた甜菜の成体もどこかにいるだろうし、大丈夫だろう。
「非常食に持って来るのもよかったやもしれませぬな」
フォルリが思いついたように言ったが、エカテリーナはふるふると首を振った。
うっかり個体識別できちゃった相手はさすがに……。連れていったりしたら、ますます情が移っちゃうに違いないし。
それがスープに入ってたら、さすがに泣いちゃうわ。
ともあれその後は、旅は快調に進んだ。
なにぶん初日に遅れが出てしまったので、取り戻さなければならない。そのあたり、御者と馬とが頑張ってくれて、一行は深い森の中を縫うように続く街道を、急ぎで進んでいった。
といってもエカテリーナの感覚では、前世に比べればのんびりしたものだ。車や電車の移動と違い、馬車での旅であるからして、定期的に馬を休ませて水を飲ませたり、草を食べさせたりしなければならないので。
休憩の間はエカテリーナは馬車を降り、近くをそぞろ歩いたり、レジナたち猟犬と遊んだりした。頑張ってくれる御者と馬をいたわるべく馬のブラシかけを手伝ったら、初老の御者を死ぬほど恐縮させてしまったが、二頭の馬のどちらがどのへんをブラッシングされるのが好き、なんてことを教えてもらって楽しかった。馬はかわいい。
草花を摘んで馬にあげようとした時には、ミナに馬には毒になる草が混じっていると指摘されて、大慌てでチェックしてもらった。一見すると、花を手にしたご令嬢と一緒に花をのぞき込む美人メイド、という眼福な光景なのだが、実は毒草チェックという。
騎士たちの馬にもチェック済みの花をあげた。もっしゃもっしゃ食べる馬に、お嬢様から花をいただくありがたみを理解しろ、と説教する騎士がいて笑ってしまった。馬が理解したらびっくりだ。フォルリや他の騎士たちも笑っていた。
街道沿いの村で飼葉を買って食べさせることもあり、そういう時には村人たちが物見高く集まってくる。エカテリーナは好感度を上げるべく手を振ったり話しかけたりして、たいていの村人がエカテリーナのことを公爵閣下の奥様だと思っていることに笑った。そういう噂がすっかり広まっているらしい。
そもそも、爵位を継承する前から領政を担ってきたアレクセイだから、まだ十八歳だとは思われていないようだ。本人の見た目もどう見ても二十代だから、仕方ないのかもしれない。
「このお方、エカテリーナ様は、公爵閣下の妹君であられる。初代セルゲイ公より連綿と続く、正統なるユールノヴァの姫君であるぞ」
フォルリは何度も村人たちに言って聞かせることになった。
「わたくしがお兄様の奥方様だなんて、光栄な間違いですわ」
エカテリーナはコロコロと笑う。
ブラコンとして嬉しいですよ!私がお兄様の奥様って……いやーん素敵!
アホか自分!
そんな呑気な旅は、けれどこの世界では立派な強行軍だったので、その日の夜は予定通り街道沿いのやや大きな街に到着して、宿に泊まることができた。
翌日も順調に旅は続き、やがて、切り立った岩肌が見えてくる。
「お嬢様、あれが旧鉱山にございます。山岳神殿はあの麓にござりまする」
「あれが……」
深かった森はいつしか途切れ、周囲は再び畑になっている。木々は燃料として伐採され、開墾されたのだろう。製鉄は、すさまじい量の燃料を消費する。
緑のない大地の起伏の向こうに見える灰色の岩山は、なぜか異様な迫力でエカテリーナの視界に迫ってきた。
なんだろう、この感じ……。なにか、覚えがあるような。
旧鉱山は、かつては大きな鉱脈を持つ鉄の鉱山であり、皇国の建国期にはすでに採掘が始まっていたそうだ。当時のここは採掘や製鉄の技術に長けた土着の豪族のものだったが、建国四兄弟が平定。ユールノヴァ公爵家の開祖セルゲイが豪族の娘クリスチーナを娶り、平和裡に鉱山と採掘・製鉄技術とを手に入れた。
しかし現在、この山の鉱脈はすでに採取し尽くされ、鉄鉱石は別の鉱山で採掘されている。が、『旧』鉱山と呼ばれながらも今もほそぼそと鉱山として生きているのは、虹石が採れるからだった。
採掘場は別の場所に移ろうとも、ここは今も、ユールノヴァの鉱山業の中枢だ。旧鉱山の麓には、山岳神殿だけでなく、ユールノヴァの全ての鉱山関連事業を統括する鉱山事業本部がある。
それを率いているのが、鉱山長アーロン・カイルだ。
「お嬢様!」
馬車が到着すると、待ちわびていたようにアーロンが出迎えた。
「お忙しいのに出迎えていただき恐縮ですわ、アーロン様」
「ご無事のご到着、なによりです。さぞお疲れになったでしょう、まずはお休みください。のちほどアイザック博士とご挨拶いただければ幸いです、お嬢様にお会いするのを楽しみにしておられました」
やっぱりアイザック大叔父ラブ全開なアーロンに、エカテリーナは微笑む。
「嬉しゅうございますわ、わたくしも大叔父様にお会いするのが楽しみでなりませんでしたの」
小説家になろうの書報に2巻の情報を記載していただきました。
また、活動報告にいくつかお知らせを記載いたしましたので、よろしければご覧くださいませ。




