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悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします  作者: 浜千鳥


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五代目公爵と発明家

あわてて、エカテリーナは頭の中の家系図をたどった。


五代目ヴァシーリー公は、祖父セルゲイと同様に、皇女の降嫁を賜っていた。皇国の貴族として一般的な結婚適齢期である、十八歳か十九歳くらいで結婚しただろう。皇都公爵邸にも公爵領のユールノヴァ城にも、うら若きヴァシーリー公夫人の肖像画が残っている。

しかしその夫人は、病のためほんの数年で早逝してしまったはず。幸い嫡男が生まれていたので、ヴァシーリー公は再婚せず男やもめを通したのだ、公式記録では。


でも実は、妻の死後数年経って、伴侶と呼ぶ女性に巡り合っていたと。まあ正式な結婚はいろいろ手続きが要るわけなので、公式には生涯発明家であり男性であったジョヴァンナさんとは本当に結婚したわけではなく、あくまで気持ちの上での伴侶なんだろうけど。唯一と思い定めた女性、なのは間違いない。

……よかった、浮気とかじゃないわ。


まず疑ってすみませんヴァシーリー公。でも元皇女の奥さんがクソババアみたいな性格だったのなら、浮気だろうが不倫だろうが全力で応援しましたよ。奥さんは肖像画を見る限り儚げな美人だったから、たぶんあんな性格ではなかったでしょうけど。


で、そこはいいとして……発明家と言えば通じる歴史上の偉人、ジョヴァンニ・ディ・サンティが、女性って……ひええええ。衝撃的な歴史の裏話!

正直、なんちゃって歴女として美味しい!歴史の陰に埋もれた真実ってやつですね。前世で、上杉謙信は女性だった説とか、割と好物でした。



「驚かれましたか」


ふふ、とアウローラが笑い、エカテリーナは我に返ってうなずいた。


「ええ、もちろんですわ」


しかしそうか。ディ・サンティに人をつけるなら騎士や森林官が妥当なのに、なぜ森の民に?と疑問に思っていたけど、発明家がこんな秘密を抱えていたなら、納得できる。一般社会と交流がなく、公爵家と多大な利害関係で結ばれた森の民は、その秘密を守りつつ発明家に助力するのにうってつけの存在だったんだ。


あらためて思い返す。ディ・サンティの業績は、まだ彼が、いや彼女が母国にいた頃、アストラ帝国滅亡から数百年間続いた戦乱期に失われてしまった、上下水道の修復および建設技術を再確立したことに始まる。まだごく若い頃にそれを成し遂げ、その名声を知った五代目ヴァシーリーの熱心な招聘により、ユールノヴァ領へやって来た。


いつから男のふりをしていたんだろう。ヴァシーリー公はいつ知ったんだろう。謎が謎を呼ぶわー。


と思ったら、アウローラが古いノートを渡してくれた。


「当時の森の長が書いた手記です。長はルシオラという女性で、発明家とは親友と言ってもいいほどの間柄でした。断片的な内容ですが、どういう事情だったか、読んでいただければお解りになるでしょう」

「まあ、ありがとう存じますわ」


すごい、知られざる歴史の一級史料!テンション上がる。

読んでみると、いきなりこんなやり取りから始まっていた。


『なぜ男のふりをしているのか、なぜ生命がけで自分の国から逃げて来たのかと尋ねてみた。すると「男のふりをしたのは、父の生命を救うため。でも私の国で本当は女と知られたら、きっと火刑に処されていた」と答えた』


火刑ー!

あと生命がけで逃げてきた?父親の生命を救うために男装?情報密度が濃い!


ああでも、前世でもいた。男装が罪のひとつとされて、火あぶりの刑に処せられた少女が。

オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルク。

発明家の母国は、少なくとも三百年前は、中世カトリック教会なみに女性を抑圧していたんだろうか。


手記に書かれていた切れぎれの情報に、アウローラとフォルリの補足を加えると、発明家の事情がほぼ見えてきた。




ジョヴァンナ・ディ・サンティは、都市国家アストラの周辺都市に生まれた石工の親方の娘だった。

最初から男として育てられたわけではなく、女の子として育ったそうだ。ただしちっとも女らしくはなく、小さな頃から男まさりで、近所の男の子たちを手下にして駆け回って遊ぶようなお転婆娘。当時から頭は良く、ひとつ違いの兄ジョヴァンニが父親から字を習うのを横で見ていただけで、先に読み書きができるようになってしまい、兄からひどく嫌われたという。


都市国家アストラは、かつてのアストラ帝国の中心地。

ローマ帝国の中心がローマだったのと、同じですね。ローマはのちにイタリアの首都になったけど、長らく都市国家のひとつだったのも同じだし。

しかし、それだけに帝国滅亡後の戦乱は激しく、書物は焼かれ遺跡は壊され、その頃になっても――いや三百年後の今でもだが――主な都市同士で戦闘に明け暮れているばかりで、かつて花開いた文化文明は大きく後退してしまっていた。


いや、戦乱によって文化文明が後退したというのは、この世界の定説なのだけど。

前世の世界とこちらの世界で、地球レベルの大きな気候が同じように変動しているとしたら、文明後退の根本原因は戦乱ではないのだと思う。戦乱は結果のひとつであって、その結果を生み出した一番大元の原因は。

帝国衰退期から数百年続いた、気候の寒冷化、だろう。


前世の研究では、ローマ帝国衰退期からヨーロッパ中世の少なくとも前半にかけて、気候が寒冷化したことがわかっているそうだ。冷害で農作物がやられ、人々が飢えた。北に住んでいた人々(ゲルマン民族ね)が土地を捨てて南下、食料や農地の奪い合いが起き、戦乱の時代となる。文化文明の発展はおろか、継続するゆとりもなくなって、帝国は滅亡。古代は終焉し、「暗黒の」と言われた中世に突入した。

それと同じことが、こちらの世界でも起きたのだろう。

もちろん気候変動だけが原因ではないだろうけど、大きな要素だったはず。


前世の昔の定説では、中世にあまり文化文明が発達しなかったのは、キリスト教が厳格に人々を押さえつけていたからだ、ということになっていた。

けど、キリスト教って最初から厳格だったわけじゃないらしいからねえ。

七世紀のアイルランドが舞台で、修道女が名探偵役をするミステリがあって割と好きだったけど、彼女は弁護士の資格も持つ自立した女性で、結婚も可能だった。作者はケルト研究の学者だそうだから、実際に当時あり得ることだったんだろう。

でもその作品中でも、キリスト教が厳格化していく描写が出てきた。さらにその後、聖職者は異性との接触不可、異端審問とか魔女狩りとか、聖書に書いてあることと合わないことは認めないとか、キリスト教はギスギスしていってしまった。


寒冷化が一因で暮らしに余裕がなくなって、人々が宗教に傾倒するようになって、それでキリスト教が強大な権力を握ったのじゃないかな。これも、原因ではなく結果なんじゃ。


まあそんなわけで、前世と違って一神教が主流にならなかったこの世界も、大きな歴史の流れは前世とさほど変わらない。異端審問とか魔女狩りに相当するものまであって、都市国家アストラ周辺などでは厳しくおこなわれた。

人型の魔物、吸血鬼や人狼などが邪悪な存在とされ、それらと関わった人間は堕落した罪人とされたのだ。

魔物との恋愛は、まさに邪悪にして堕落。魔物と交わったと噂がたっただけで投獄されて拷問され、自白すれば火刑に処された。


以前、皇都邸でクソババアの侍女だったノンナがミナのことを、けがれているとか騒いだことがあったけど、理由がやっとわかりましたよ。

ババアと関係の深いユールマグナは古代アストラ帝国の研究に熱心で、都市国家アストラともつながりがある。皇女の降嫁を賜われない場合、アストラの名家から妻を娶ることがあるほどだと、フォルリさんが教えてくれた。現在のアストラでは、魔物に関わったからといって火刑に処されるようなことはないけれど、差別の対象にはなるそうだ。だからユールマグナも、魔物の血を引く者は雇用しないそうな。

ノンナもその考え方に感化されて、魔物の血を引くミナにあんなことを言ったんだろう。


私がよく世間知らずって言われるの、こういう大っぴらには言えないけど常識、みたいなことを知らないからなんだろうな。だって幽閉されてたんだもん。知らんがな、だよ。

そして今後も、そんな考えに感化される気は、毛頭ないっ!(握り拳)


かつてアストラ帝国に存在したという、魔獣を召喚する技術が失われたのも、邪悪な行為とされたせいだそうだ。それについての記載がある本は、焚書の対象になったらしい。


しかし、いつからなぜ魔物や魔獣が邪悪ということになったのか、よくわからないっていうのがね……。アストラ帝国では、魔獣の使役は普通に行われていたし、魔物は吸血鬼だろうが人狼だろうが望めば(というか税金を納めれば)市民権を得ることさえ可能だったのに。

……しかし税金を納める吸血鬼ってシュールだな。


おそらく気候変動も関係して魔獣が強力になり、被害が甚大になったせいなんだろう。

あとは戦乱期に、とある強力な魔物が北方からきた異民族に助力して、その魔物に蹴散らされた都市国家アストラの支配者が、恨み骨髄で魔物は悪!と決めつけたのが理由じゃないかって話があるらしい。

それにしては、アストラ周辺の都市国家にも、いや地理的には遠い別の国にも飛び火したりして、あちこちにそういう考え方が広がってしまった。

なんかホロコースト的な、苦しい時代に少数派をスケープゴートにしてガス抜きする、イヤーな手法の臭いがする。



で、ジョヴァンナさんだけど。

戦争に明け暮れる都市国家アストラの周辺都市で、いろいろな抑圧のある中ではあったけれど、父親に可愛がられてすくすくと育った。

父親は武骨な石工だったが、優れた職人でもあって、知識欲のかたまりのような娘の「どうして?どうして?」攻撃に根気よくつきあって、わかる限りのことを教えてくれたようだ。

女に学などあっても害になるだけ、という風潮の中、父親はジョヴァンナの最大の理解者となり、いろいろな思い付きを試すのを手伝ってくれるようになった。


その『思い付き』の中に、上下水道の修復技術がすでに含まれていたっていうからスゴい。破壊された遺跡で遊ぶうちに構造を理解したジョヴァンナは、ここは元々こうなっていたと思う、そう直せば水を汲み上げられそうだからやってみたい、と父親に相談し、石工の父親はそれを了承して、一緒に試行錯誤していったそうだ。

本人にとってはあくまで遊びだったそうな。夏休みの工作感覚?小学校高学年くらいで古代の叡智を解き明かすって、天才こわい。いや最初は失敗続きだったそうだけど、数年かけて徐々に理論と技術を確立し、ついに成功したのは十六歳の時だった。

十六歳。天才こわい。


兄とは、仲が悪いままだった。兄ジョヴァンニは、女の子によく間違われたくらいの女顔。ジョヴァンナと同じく母親似で、兄妹はよく似ていた。父のように優れた石工になるには線が細く、かといって学問は妹にかなわないジョヴァンニは、コンプレックスを抱えたひねくれ者になっていったらしい。

そんな兄を母親は可愛がり、父と娘、母と息子、二組の間に溝が生まれていった。


こういう構図、いつでもどこでもあるもんですね。


ジョヴァンナにそろそろ嫁入りの話が出てきた頃、またも戦乱が勃発。ジョヴァンナの住む小さな街も巻き込まれ、流れ矢で母親が生命を落とした。

だがそれを悲しむ暇もなく、一家を嵐が襲う。戦の指揮官であるアストラ貴族が、修復され再び水が流れるようになった上水道に気付き、誰が直したのかを街の人々に問いただしたのだ。

そして父親の名が上がり、貴族は父親をアストラへ連れ帰った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小説web版から流れてきました。ちゃんと2冊買いました。この後どのようにお話が進むか楽しみです。作者さん歴女だね。フィデルマまで出てきた❣️ ^_^どんどん書き進めてくださいね!
[良い点]  時代背景が異世界の話でありながら、実際の歴史と引き比べて説明されていて、具体的で流れに説得力があり感心します。  個人的には、私のお気に入り、フィデルマさんの話が背景の説明に使われていた…
[良い点] >上下水道の修復および建設技術 これって文明が一気に進むか退化するかの大仕事ですよねえ 16歳でやっちゃうのも観察で構造理解しちゃうのもすごいけれど、娘の言葉を受け入れて実行しちゃうお父…
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