取り巻きなんかいらんっつーの
初登校から数日が経った。
予想通り、エカテリーナは今もぼっちである。
ま、しょーがない。
いや実は、声を掛けてくれたグループはいた。登校初日の昼休みに、ランチをご一緒しませんか、と誘われた時にはほっとしたのだが。
これが災難の始まりだった。
女子の三人組に加わって、食堂で食事をとった。
で、すぐに思った。
(駄目だこりゃ)
最初のうち、三人組はとにかくエカテリーナをちやほやした。歯が浮くようなお世辞を並べたてられて、苦笑するしかなかったが、エカテリーナがあまり応じないでいると彼女たちはすぐ自分たちの会話に夢中になった。
その内容は、はっきり言って陰口悪口。クラスの女子のうち、平民出身(でありながら美少女)のフローラと、キラキラした(スクールカースト上位って感じ?)伯爵令嬢を中心としたグループが気にくわないらしい。
あとゴシップ。それも、根も葉もなさそうな醜聞をねつ造して、そうに決まってますわ!そうよそうよ!と決めつけるというもの。
この辺でもう、うわあ……という感じだったが、そうよそうよ!で思い出した。
(あー!この子達、ソイヤトリオだ!)
なんとこの三人、ゲームでの悪役令嬢エカテリーナの取り巻きだったんである。
名前も出てこない、顔もあまり特徴がない、いつもエカテリーナの後ろで『そうよそうよ』しか言わないキャラだったから、気が付かなかった。ちなみにソイヤトリオとは、前世でゲームをプレイしている時、そうよそうよで『ソイヤソイヤソイヤソイヤ』という合いの手が入る昔の歌が頭に浮かんだため、勝手に付けた呼び名である。
これはいかん。この子達と一緒にいたら、破滅フラグ一直線だ。
それにこの話、これ以上聞くに耐えん。
という内心を隠して食事を終え、公爵令嬢らしく優雅にナプキンで口を拭うと、エカテリーナはすっくと立ち上がった。
「ごめんあそばせ。お兄様にお会いしなければなりませんので、これで失礼いたしますわ。ごきげんよう」
ミナありがとう。アドバイスの通り、お兄様を盾に逃げるわ!
そして実際、とっとと逃げた。
しかーし!ソイヤトリオはしぶとかった。
エカテリーナが一人でいると、すぐ近付いてくる。何度逃げてもめげずに来る。こんだけ逃げてんだから嫌がってるって解れよ!と思うが、解らないらしい。
どうやら、ユールノヴァ家の財産やエカテリーナの特権のおこぼれにあずかりたくて必死なようだ。思い返せば最初に食事した時から、タカる気マンマンな発言満載だった。
……ゲームのエカテリーナって、こいつらに食い物にされてたんじゃないだろうか。
授業の合間の小休憩は、学力が油断できないエカテリーナが危機感を漂わせて予習復習に励みつつ『お話しする時間がございませんの、ごめんあそばせ』を繰り返したら寄ってこなくなった。小休憩では何かおこぼれなんてあるはずがないからかもしれない。
で、三人で固まって、エカテリーナの隣の席で同じように予習復習に励むフローラに聞こえよがしな嫌味を言っていることが多い。フローラは全く無反応だが、エカテリーナの方がイラッとする。
そして一番困るのは昼休み、昼食だ。ソイヤトリオが寄ってくるので、食堂では食事ができない。
それではと寮の食堂でサンドイッチを作ってもらい、持参したが、校庭のベンチで食べていると
「ユールノヴァ様〜」
ソイヤトリオが走ってくるのが見えて、あやうくサンドイッチを口から吹きそうになった。
「こんなところで一人で食事だなんて、いけませんわ。笑われてしまいます」
と言いつつ、三人組自身がニヤニヤ笑っている。
えー加減にせえやあ!
誰のせいだと思ってんだ。あと、アラサー社畜はぼっち飯ぐらい余裕じゃ!つるまないと生きていけないなんてヤワな根性だったら、死ぬまで働き続けられんかったわ!
とか叫ぶ訳にはいかないんで、黙って逃げるしかなかった。
迷惑をかけたくはなかったけれど、あの妖怪みたいなトリオを避けるには、アレクセイにくっついているしかないかもしれない。
そう腹をくくって最上級生の教室へ行ってみて、エカテリーナは驚いた。
「公爵かい。執務室にいるよ」
アレクセイのクラスメイトに言われたのだ。
なおそのクラスメイト、マッチョなスポーツマンタイプの兄貴系イケメンである。燃えるような赤毛に金色の瞳、気さくで包容力高そうな感じで好感度高い。
あれ?こんなタイプ攻略対象にいたような。皇子ルートしかやったことなくて、他は記憶があやふやなのだけど。
「執務室……とおっしゃいまして?」
「ああ、領地の仕事用に学園の会議室を一つ借り受けてるそうでな。入学した頃から、昼休みと放課後は、ほとんどそこにいる」
お兄様、学園でも仕事しているんですか!
てか入学した頃から⁉︎爵位継ぐ前からってこと⁉︎
さらにきっと寮に帰ると遅くまで勉強して……うわーん、過労死フラグがシャレにならない!
そして、クラスメイトに公爵と呼ばれているんですか。なんか爵位というよりあだ名っぽい感じの響きでしたけど。
親切なマッチョイケメンに場所を教えてもらって執務室に行ってみると、そこはまさに執務室だった。
アレクセイが書類を積んだ大きな机に向かい、部下というか領地の偉い人々が彼を囲んで報告したり室内の別の机に向かって何やら書き物をしたりしている。オフィスか重役の役員室みたいな雰囲気で、前世が思い出された。
ほんっとにがっつり仕事してた!
「エカテリーナ。どうした?」
「あの……お兄様と、お昼をご一緒したかったんですの」
と言ったら、アレクセイは微笑んで食堂に付き合ってくれた。
しかし、時間を取らせてしまった分、アレクセイは放課後いつもより長く働くに違いない。部下の人たちも迷惑だろう。罪悪感半端ない。
くそう、ソイヤトリオめ!
普段の昼食はどうしているのか聞いてみたら、食堂からその日のメニューと同じものを持って来させているそうだ。冷めてしまうだろうし、仕事しながら食べるなら食べやすいものを作ってもらってはどうかと言ってみたが、アレクセイは肩をすくめただけだった。食べ盛りの年頃なのに、あまり食に興味がないらしい。
うーん。
恐ろしいことに、ソイヤトリオは寮でもエカテリーナの部屋に押しかけてきた。一年生寮は十棟あるのに、なぜアレが三人揃って同じ寮なのか。不運すぎる。
でもそういえば、ゲームでもエカテリーナとソイヤトリオ、そしてヒロインのフローラは同じ寮だった……し、仕方ないか。
そして三人は、ミナがさっくり追い返してくれた。きっとゴネると思ったからびっくりだ。
「ありがとう、ミナ。あの方たちに何て言いましたの?」
「お嬢様は勉強中ですって言っただけです。
あとは首のあたりをじっと見て、どれくらい絞めたら息しなくなるか想像しながら黙ってました」
「………………そう」
うちの美人メイドにサイコ入ってる件。
ま、ありがたいからいいけど。いいのか自分。
「お嬢様、あの三人、邪魔ですか」
ミナに淡々と訊かれて、エカテリーナは返事に困った。
すらっと『邪魔』と言ってしまったら、何かがヤバいかもしれない。いやまさかだけど。
「邪魔というほどの方たちではありませんことよ。うっとうしいだけ。邪魔と思ってはこちらが負けのような気がするくらいですわ」
「わかりました。うっとうしいんですね」
微妙にヤバいままな気が……まあいいか。
「いろいろ考え合わせて、わたくし、自分で対策を取ろうと思っていますの。ですから、ミナは気にしないで」
小休憩と寮はなんとかなりそうだから、問題は昼食。
そしてアレクセイの食事も改善したい。
そう!ソイヤトリオなんか気にするより、お兄様のことを考えている方が万倍楽しい。お兄様のお昼に食の楽しみを届けたい!
昼休みなしで仕事って、まるっきり前世の社畜ですから!
よし。トリオ対策ではなくお兄様のために、チャレンジしてみよう。
もしかしたら、破滅フラグ対策の変更になるかもだけど。