prologue. 魔族が教会を襲撃してくるという、実にありきたりな物語の始まり
「騒ぐなよ、聖職者」
教会堂の扉が勢いよく開いたと同時に聞こえてきたのは、俺を脅す威圧的な声だ。
「安心しなよ。何もいきなり、あんたをどうこうしようっていうつもりはないから」
田舎の村の、小さな祈りの建物。
常駐している牧師なんて、駆け出し聖職者の俺しかいない。
もちろん昼間だったなら、いろいろな理由でここを訪ねてきてくれる人もいるけど、今はもう夜。
ベッドの中で過ごしていてもおかしくはない。
だから現在、この教会堂にいるのは、俺と、
「けれどあんたが言うことを聞かないなら、身の安全は保障できないよ」
俺に視線を飛ばしている、あの少女だけだ。
褐色の肌に、女の子としては短めな、深い栗色の髪。
顔立ちがはっきりとしていて、異性としては魅力的に映る。
それと、あからさまに大きな胸のふくらみ。
暖かい季節だとはいえ、彼女のファッションは、腕や脚を露出した軽装だ。
男子としては、どうしても目が行ってしまう。
とはいえ、さすがに鼻の下を伸ばしているわけにはいかない。
「〈火の魔力〉」
だって相手は、その手のひらに、呪文で炎を創り出しているのだから。
「あたしの言いたいこと、わかるよね?」
室内を照らすおぼろげな灯りを飲み込むように、彼女の魔法の炎が勢いを増した。
「あんただって、この場で黒こげになるのは嫌でしょ? やけどしたくなかったら、今すぐに――」
ぐうぅぅぅぅーっ。
盛大に、腹の虫が鳴った。
もちろんそれは、俺のものなんかじゃなくて。
だからつまり、犯人は考えるまでもないわけで。
「……もういいから、その炎消せよ。火事にでもなったら、マジで危ないからさ」
無表情でやり過ごそうとしていたっぽい彼女に、俺はため息混じりで伝える。
「スープとパン、ちゃんと用意してあるから。あと、食後のフルーツもあるぞ」
「……い、いい心がけね、聖職者。最初から、おとなしくそうしていれば、よかったのよ」
顔を赤くしながら、創り出した魔法の火を解除した彼女。
もう毎度のことなのに、よく言うよ、まったく。
「あ、あんたの命乞いに免じて、今日のところは許してあげるわ……う、うん」
「……あのさ、もうやめない、こういうの? 普通に来てくれれば、食事くらい作ってあげるからさ」
「ふ、ふざけないでよ!? あたしは魔族。人間の――しかも聖職者なんかの施しは受けないっての!!」
「はいはい。じゃあ、スープもパンもフルーツもいらないよな?」
「それは食べる」
「……ずいぶんと都合のいい魔族だな、おい」
「今夜のその食事は、あたしの魔力に恐れをなしたあんたが、あたしの要求に逆らえず差し出したものだから、全然問題ないの」
勝手な理屈をこね出した彼女は、なぜか自慢げに胸を張っていた。
まぁ、本人が納得しているのなら、それはそれでいいや。
「じゃあ、ほら、スープを温めるから、少し待ってろよ」
「あたしは猫舌なんだから、熱くしすぎないように気をつけてよね」
「…………」
俺は、あらためて思う。
本当に、妙な『ダークエルフ』の女の子と関わることになっちゃったなってさ。