第5話 「夏祭り」
「いやぁ〜、暑い、暑い、暑い! ……っちゅうか暑すぎるやろ、今日は!」
大阪第一ビルの屋上には、ジリジリと灼けつくように日差しが射し込んでいる。
そんな中、オレと田中は夏祭りの準備をしていた。
「おい、田中、お前休んでる暇あったら手伝えよ!」
「本宮、どうせ誰もけぇへんねんから、こんなん準備しても無駄やって」
田中は、屋上の日陰でだるそうに座り込んでいる。
そして、扇子をぱたぱたさせながら、呆れたようにオレに言う。
「だいたいなぁ、夏祭りやろう言いだしたんはお前やのに、なんで俺まで土曜日潰して朝っぱらから手伝わなあかんねん」
「……すまんな田中。オレ、お前みたいに何でも器用に出来へんし、アホやから諦めが悪いねん。感謝してるよ、田中。いつも色々フォローしてもうて」
「どわっ! なんや、どないしてん、宮本。アホのお前らしくなく、やけにしおらしいやんけ。この暑さで、アホ通り越しておかしなったんか」
田中は、大げさに尻餅をつくように驚く。
オレは、ビールサーバーを運びながら、田中につぶやいた。
「ちゃうねん、田中、色々あってな。オレ、今回の件で色んな事分かった。仕事ってな、自分が正しい思ってても相手によってその感じ方が全然ちゃうんやって。オレにとっては、キタの街にいきなり入ってきた、青山カンパニーは悪やと思った。でも、キタの飲食店の店主らにとっては、青山カンパニーは神やねん。青山カンパニーのお陰で、店の売上は上がんねんから。
ほんで、山彦や。山彦を割引く事は、飲食店の店主らにとって絶対ええ話やと思った。でも、山彦の社長からしてみたら、身を削る思いで作ってきた自分のウイスキーを割引くなんて、言語道断の話やった。
仕事ってな、何が正しうて、何が間違えなんかよう分からんようなってきたわ」
そんな風に呟いきながら、オレはビールサーバーを設置してたら、田中はいきなり持っていた扇子でオレの頭をこついた。
「アホかぁ、お前! お前みたいなアホな人間があれこれ考えてどないすんねん! お前はなぁ、お前らしく一直線で何でもやっていったらええやんけ。ほんでな、お前がドジこいて、それを笑うんが俺の生きがいやねんねから」
そう言って豪快に笑う田中は、オレを励ましてるのかバカにしているのか、オレには全くわからなかった。
「ちゅうか、何やねん本宮、その頭っ! お前、ただでさえ熱苦しいのに、坊主頭とかやめてくれよ。甲子園球児かっちゅうねん!」
田中は、扇子をぱたぱたさせながら、おちゃらけて笑う。
「あぁ、これな……」
ーーーー
オレは、オレは、大阪が好きなんや! 北新地も東通りも……生まれ育ったこの街の全てが、めっちゃ好きなんや。そやから……、そやから……、大阪のもんには、大阪の酒飲んで欲しいねん!シャンパンとかやない、大阪人には大阪の酒飲んで欲しいんじゃ!
ーーーー
ーー
オレは、山彦の社長を殴ってしまった事を思い出す。
あの後、オレは謝罪しようと頭を丸めて何度も山彦蒸留所へ通った。
しかし、アレ以降、オレは山彦の社長との面会を一切拒絶された。
「なるほどな……。お前、割引きの件をまとめられへんかった上に、取引先の社長殴って頭丸めるって、やっぱお前と一緒に仕事してたら、ホンマに笑いに尽きんなぁ」
田中は、オレを見ながら腹を抱えて笑い出した。
ええやん、笑いたいヤツは笑ったらええねん。
でも、これがオレのやり方やねんから。
頭丸めたんは、オレなりのスジじゃ。
山彦の社長のウイスキーに懸ける想いとか、全然知らんと勝手言うてもうたから。
だから、ただ一言、一言でええから、ちゃんと気持ちを伝えたかってんけど。
来る日も来る日も、山彦蒸留所の前で土下座して社長を待ってたが、社長が現れる事は一向になかった。
そんな事を考えながら、黙々と祭りの準備をしていると、屋上の扉が開かれた。
「まいど〜。おお、お前らやってんなぁ」
課長が、会社の従業員をみな連れてやってきた。
そして、屋上をぐるっと見渡し笑顔を浮かべた。
「本宮、田中、お疲れさん。ええやんけ、これ、ウチらしいやん。あの『たいら』って書かれた提灯も、色んな銘柄が飲めるようなってるビールサーバーも、めっちゃええやん。料理出す屋台も雰囲気出てるし、ほぅ、ヨーヨー釣りとか、綿菓子もあるやん。懐かしいなぁ」
課長は、満足そうにオレと田中の肩をたたく。
「本宮、何時からやったけ」
「はい、12時からやからもうすぐスタートです」
「そっか、いっぱい人が来ればええなぁ」
課長は、晴れ渡る青空に大きく腕を伸ばし、オレらに微笑んだ。
◇
時刻は13時をまわり、屋上に射し込む日差しはどんどん強くなっていた。
田中は、ぽけぇとしながら、沢山のヨーヨーが入ったプールの前でヨーヨーたちと戯れながら呟く。
「やっぱ、誰もけぇへんやんけ……」
「まぁなぁ、こう暑いと店の店主らも、外に出たないんやろうなぁ」
「課長、そこでっか! そこちゃいまんがな。店の店主らは、青山んとこ行ってんですよ、青山んとこ! ええなぁ、今頃はガンガンクーラー効いた涼しいクラブん中で、グラビアアイドルのネェちゃんらと、フランスのシャンパン飲んでんねやろ。俺……。何が悲しくて、こんなうだる暑さの中、ヨーヨー釣りしてんねやろ」
田中は能天気な課長に悲しげに言う。
そして、背中を丸めドナドナを口ずさ見ながら、ずっとヨーヨーを見つめ考え事をしていた。
「何言うてんねん、田中。絶対みんな来るって、お前らこんなに一生懸命準備してんから!」
そして、課長はいつものように全く根拠のない励ましで、オレたちに爽やかに笑いかける。
いや、課長、この現状でその励ましは、何の励ましにもなってないし。
オレは、課長のその限りない楽観的な性格を、羨ましくも少し疎ましく思ってしまう。
やっぱ無理やったんかなぁ。
オレは屋上から見える、この街を感慨深く見渡している時だった。
「やめや、やめや! おい、本宮っ、お前ここ課長に任せて俺ら行くぞ!」
田中はさっきまで戯れていたヨーヨーをプールの中に、ばしゃりと投げ込んだかと思うと急に立ち上がり雄叫びを上げたのだ。
「田中、行くって、どこに行くのさ」
「あん……!? 決まってんじゃねーか、青山んとこや」
「青山んとこ!?」
田中の突然の申し出にオレも課長も、屋上にいる社員全員が驚く。
「あぁ、青山んとこへ殴り込みや。太融寺町のクラブやったらこっから近いやろ。俺と本宮で、青山んとこ行ったって、北新地の店主ら全員かっぱらってくるんじゃ!」
「た、田中ぁーー!!」
オレは、いつものお調子者の田中には似合わないその言葉に、めっちゃ嬉しくなり、心の闘志に火がついてきた。
そうや、諦めたらそこで終わりや!
みんな来ぇへんねやったら、こっちから連れ出したる!
「田中、行こう!」
「おぅ、本宮!」
その時、オレの心には、真夏の日差しに負けないくらいのアツイものが燃え上がっていた。
ーーーー次回予告ーーーー
青山カンパニーのパーティに乗り込んだオレだったが、そのあまりにもの華やかさに、立ちすくんでしまう。
オレは、北新地の店主たちを取り戻すためにここに来たのに。
途方にくれるオレ。
しかし、その時、田中はーー。
第6話 「対決 青山カンパニー」
た、田中ぁーーーー!!