第4話 「頑固オヤジ」
こんにちは、あいぽです。
さぁ、夏のようにアツイ男たちのドラマが、いよいよ盛り上がってきました。
もし、ちょっとでも楽しんで頂けましたら、ご感想、ブックマークなど頂けますと、あいぽチョー張り切っちゃいます。
ではでは、第4話 Let’s Go !!
「あ〜ぁ、やってもうたのう、本宮。夏祭りにみんな集まって欲しいけど、みんな集まったらウチの会社7,200万の赤字ぶっこいてまうでぇ。なぁ、本宮、どっちがええかなぁ〜」
「……」
くっそう、田中のヤロウ。
扇子をぱたぱたさせながら、オレの周りをずっとうろついてやがる。
もともと、コイツは性格の悪いお調子もんやと思ってたけど、ホンマ最悪なヤツや。
課長は、腕組んで鬼の形相でずっと黙ったまま座りっぱなしやし、こんな時に限って社長はおらへんし……。
イヤ、社長はおらんほうがええなぁ。
こんなんバレたら、オレ絶対クビやわ。
ほんで、7,200万の借金背負わされて、遠洋漁業とかに売りに出されるやろか……。
あぁあああ、最悪や。
童貞のまま、どんだけ遠洋漁業でなあかんねやろ。
いや、あかん、あかん。
こんなネガティブなってどないすんねん。
オレは、この街と彩未ちゃんを取り返すんちゃうんけ。
オイ、オレ、本宮、しっかりしろや!
オレは出来る……。
オレは出来る……。
オレは、自分に言い聞かせながら事務所の中を腕まくりして行ったり来たりする。
ーーん!
いいこと思いついた!
「課長、オレ、山彦の蒸留所今から行ってきますわ!」
「え、なんや、どないしてん」
突然口を開いたオレに、課長は驚いた声をあげる。
「山彦の蒸留所行って、ほんであそこの社長に値引き交渉してきますわ。ウチが10%値引いても、赤字にならんようなったらええんやろ」
「この、ドアホがっ! あそこの頑固オヤジがそんな条件飲むわけないやろ!」
「飲むか飲まんかは、頼んでみな分かりませんやん。オレ、じっとしとくんイヤなんです。例え可能性が0%でも、やってみたら何か変わるかもしれません。な、課長オレに行かせて下さい! 土下座でもなんでもして頼んで来ますわ!」
オレは、鬼のような形相の課長を真っ直ぐと睨みつける。
「分かった、分かった! そんなに言うなら土下座でもなんでも好きなことして頼んで来い!」
「はいっ、ありがとうございます! 本宮、北摂の山彦の蒸留所へ行ってまいります!」
オレは、皆んなに敬礼をしたあと事務所の出口に向かって走ってゆく。
「ちゅうても、課長、アイツの土下座で解決した事一回もありゃしませんで!」
田中がせせら笑う声が後ろから聞こえて来たけど、今のオレは突っ走るしかなんや。
何がなんでも、この仕事まとめたんで!!
◇
山彦を作っている蒸留所は、大阪の中でも、北摂に位置する「水生野」(ミナセ)と呼ばれる名水の地にある。
そこは、京都と隣接しており宇治川、木津川、桂川がちょうど合流する地域でもあるから、幾重にも重なり合う美しい水流が、まるで山々に響き合う山彦のように例えられたため、ここで作られたウイスキーは山彦と名付けられた。
山彦は、まさに大阪が生んだ最高のウイスキーや。
だから、オレはフランスのシャンパンなんかじゃなく、大阪を代表する北新地の店には、大阪を代表する酒を置いて欲しかった。
「まいど。たいら商店です〜!」
オレは蒸留所の扉を叩き、受付にいた女性に挨拶をする。
ウチの課長が頑固オヤジと言っていた蒸留所の社長は、貯蔵庫にいると言う事だったんで、オレは貯蔵庫に案内してもらう。
貯蔵庫には、蒸留して生まれたばかりのニューポットと呼ばれるウイスキーが入った樽が、所狭しとびっしりと置かれてあった。
ニューポットはここの樽の中で熟成され、美しい琥珀色に色づき奥深い味わいが出るようになる。
「社長、たいらの営業さんがお越しです」
受付係の女性は、貯蔵庫の樽をひとつひとつ丁寧に確認をしている初老の男性に声をかける。
「なんや、たいらの営業が何の用や」
社長と呼ばれるその男は、オレに見向きもせず背中を向けたまま喋る。
「出庫量を増やせ言うたかて、あかんで。今は原種不足や。どこの酒蔵も供給を抑えてる。しかも、ウチは、知ってのとおりモルト原酒だけを使った、シングルモルトやさかいな。分かったら帰ってくれ」
オレは、山彦の社長の言葉に冷や汗をかいてしまう。
ウイスキーには、大麦を原料とするモルトウイスキーと、とうもろこしなどの穀類が原料のグレーンウイスキーがある。
モルト原酒は大量生産できるグレーン原酒に比べて原酒不足に陥りやすいと言われている。
要は、社長からしてみれば、ただでさえ原酒不足で供給調整、もしくは価格の値上げをしたいとこやのに、値引きなんかは考えられへん事やろう。
でも、オレも値引き交渉なしでは、夏祭りも出来へんし、ましてや青山から飲食店奪い返すことなんか無理やろう。
大阪人が、飲み屋で好んで飲む酒と言えばこの山彦や。
山彦の値引きが上手く行ったら、間違いなく北新地の飲み屋の連中は食いつくはずや。
絶対やれる。
絶対大丈夫や。
オレは心に言い聞かせ、覚悟を決め社長の背中に向かい勢いよく土下座する。
「たいら商店の本宮と申します。いきなりのお願いで無礼なんは分かってます。でも、オレ、もう後にはひけんので聞いて下さい! 山彦のウチへの卸値、5%割引いて下さい! ホンマすいません。この通りや、お願いします!」
オレは緊張で喉がカラカラになっていたが、無我夢中で社長へ訴えかけた。
すると、社長はくるりとオレの方へ向きなおし、しゃがみこみ土下座するオレの顔を覗き込む。
「お前、本宮言うたなぁ」
「は、はい、本宮です!」
「値引きの話、誰が言うてんねや。お前んとこの社長か? あぁ、たいらのヤツが言うてんねやったら、何でアイツが自分でウチんとこにけぇへんねん」
ザ、昭和の頑固オヤジって感じの山彦の社長がオレ睨みつける眼力は尋常ではないほど恐ろしく、オレは目を逸らすため思わず顔中を地面に擦り付ける。
「ね、値引きの件、社長は関係ありません。オレ……です。オレのお願いなんです!」
「本宮はん、なぁ、ちょっと顔上げて立ってみい」
オレは社長の迫力におされ、恐る恐る立ち上がる。
「ここはな、オレにとって大切なウイスキーが眠る場所や。こんなとこで、値引きの話なんか出来へん。アイツら、樽ん中で一生懸命美味しくなろって熟成してんねや。そんなアイツらに聞かせる話ちゃうやろ」
社長は、まるで妊婦がお腹で胎動を起こす赤ちゃんを可愛がるように、目の前の樽をゆっくりと撫でたあと、オレを外へ連れ出した。
「社長、お願いです! ね、値引……」
もう一度、外でオレは土下座しようとした瞬間だった。
山彦の社長の拳がオレの右頬に飛んできて、オレは激しく吹っ飛んだ。
「おいコラ、若造! お前、なにナメた事ぬかしとんじゃ。何が値引きせぇやと、アホ、コラ、ボケ。お前の腐った根性叩きなおしたる。立て、おらぁ」
さっきの拳ですでにフラフラになるオレを、社長は無理矢理立たせて胸ぐらを掴む。
「なぁ、若造、お前ウイスキーが出来上がるんにどんだけ手間暇かかってると思ってんねん。そんなんも知らんと、ただ売れればいい言うて値引きとか言うてくるヤツ、オレは一番嫌いやねん。なぁ、そうちゃうんけ。お前、自分の営業成績上げたいためだけに、お前んとこの社長に内緒で勝手に値引き交渉しにきてんやろう!」
続いて、社長の拳が左頬に飛んでくる。
口の中が、苦い……。
きっと口の中は血だらけなんやろう。
でも、でも、オレも引き下がられへん。
ふらつく脚を両手で支えながら社長を睨みつけて言う。
「オレは、オレは、大阪が好きなんや! 北新地も東通りも……生まれ育ったこの街の全てが、めっちゃ好きなんや。そやから……、そやから……、大阪のもんには、大阪の酒飲んで欲しいねん!シャンパンとかやない、大阪人には大阪の酒飲んで欲しいんじゃ!」
もう、やけくそや。
オレは、口からは血吐き、目からは大粒の汗と涙を流して叫んだった!
そして、気づいたらオレは山彦の社長を殴ってた。
ーーーー次回予告ーーーー
「ちゅうか、何やねん本宮、その頭っ! お前、ただでさえ熱苦しいのに、坊主頭とかやめてくれよ。甲子園球児かっちゅうねん!」
田中は、扇子をぱたぱたさせながら、おちゃらけて笑う。
ええやん、笑いたいヤツは笑ったらええねん。
でも、これがオレのやり方やねんから。
第5話 「夏祭り」
ついにオレたちの夏祭りの幕が開いた。