第3話 「オレの秘策」
「ただ今戻りやした〜!」
田中の威勢のいい声で事務所の扉が開けられ、なんの収穫もないままオレたちは事務所に戻ってきた。
「なんや、本宮、お前……顔どないしてん?」
土下座で擦り切れた傷と、ポリバケツの破片でアザだらけになったオレの顔に驚き、課長を始め事務所の人間が入口前に集まってくる。
「課長、みなさん、コイツのアホさはホンマに果てしないですわ。自分の思い通りならんかったから言うて、近くにあったポリバケツでコレですよ、コレ!」
田中は、近くにあったゴミ箱を拾い上げ、自分の額にぶつけてさっきのオレの真似をする。
すると、今までオレを心配していたみんなの顔はだんだんと緩み、田中の巧みなおちゃらけらたトークで事務所内は一気に爆笑の渦に包まれる。
「ホンマどうしようもないやっちゃでコイツは。挙句に憧れの彩未ちゃんにも『本宮くん、サイテー』ってビンタされてやんの」
「おい、田中ーーッ!」
あかん、やっぱ田中のおちゃらけらた喋り方聞いてたら、だんだんまた腹たってきた。
オレは、田中が手にしていたゴミ箱を奪い、田中に突っかかる。
「やめとけ、本宮」
そんなオレを見て、冷静になった課長はオレの身体を抑え込みながらオレらに言う。
「ほんで、どないやってん店の方は。どっか1店でもええさかい、こっちに戻ってきそうか?」
課長のその言葉に、オレと田中は無言で下を向く。
「やっぱ、あかんかったんか……」
さっきまで笑い声に溢れていた事務所内は、急に静まり返る。
「あれ……。そう言やぁ、社長はもう帰りはったんですか?」
事務所に社長がいないことに気づいた、田中が口を開く。
「あぁ、社長な、何か歌舞伎町に用事がある言うて、会議のあと急に東京に飛んだわ」
「………東京に!? まさか、青山に話をつけにですか」
「いや、青山は渋谷にある会社やから、歌舞伎町は関係ないやろ」
課長のその言葉に、オレと田中は首をかしげた。
◇
その夜、オレは一人で事務所に残り、パソコンに向かって考え事をしていた。
さっき、青山の滝沢っちゅう男から名刺をもらった時、「INVITATION」と書かれた封筒を手渡されたのだ。
2週間後、青山カンパニーが太融寺町にあるクラブを貸し切って、北新地周辺の飲食店関係者を招待した、ド派手なパーティをするらしい。
恐らく、そこで一気にこの街の飲食店を乗っ取ろうとしてんねやろう。
日本未入荷のフランス農家から直輸入のシャンパン飲み放題とか、人気のグラビアアイドルやDJの参戦など、とにかく華やかな内容になってる。
でも、オレはこの街が求めてんのは、そんなんちゃう気がする。
なんかこう、もっと昔ながらのええもんがあるんちゃうかなぁって思う。
だから、オレは考えた。
この日に合わせて、オレらもパーティをしようって。
クラブとかやない、夏にぴったりの「たいら商店」流のパーティや。
オレは、パソコンに向かい、黙々と招待状を作り始めた。
◇
「ぎゃぁあああああ! アホがついに死によったぁ!」
知らぬ間に、パソコンに向かい寝ていたオレは、出勤してきた田中の奇声でおこされた。
「なんやねん田中、朝っぱらうるさいなぁ」
「アホか、お前ぇ、そんなとこでグターって寝てたら、仕事と女にフラれた腹いせに会社で自殺でもしたんか思うやんけぇ!」
田中は、いつもと変わらぬおちゃらけモードで、扇子をぱたぱたとさせながら笑ってる。
「しっかし、今年の夏はホンマ暑いなぁ。こんな調子でどんどん暑なったら、12月はどんだけ暑なんねんなぁ、本宮!」
何が面白いんか、夏になったら誰もが言う大阪お決まりの話をしながら、田中はオレの作った招待状を手に取る。
「ああっ!? なんやねんお前、コレ」
「ほら、青山のヤツらが2週間後にパーティする言うから、オレらもその日にパーティして取引先奪い返すんや」
「……おい、本宮、お前それ本気で言うてんか?」
「あぁ、本気や」
田中は、目を細めオレを見つめたあと、ふぅと大きく深呼吸して手に持ってた扇子で、オレの頭を思いっきりこつき大声を張り上げた。
「みなさ〜ん、このアホが、またアホなこと始めようとしてまっせ〜!」
田中は、オレの招待状を片手に、おどけたように事務所の社員に声をかける。
すると、田中の周りに集まってきた社員たちは、皆でオレの作った招待状を見ながら大声で笑い始める。
そして、一番ゲラゲラと下品に笑う田中は、もう一回扇子でオレの頭をこついたかと思うと、偉そうに喋り始めた。
「おい、宮本、なんやねんこの『たいら商店 納涼 夏祭り』って。しかも、このクソ暑い夏の真昼間に、なんでビアガーデンみたいな外で酒飲まあかんねん!」
「いや、夏、言うたらビアガーデンやろ、夏祭りやろ、金魚すくいにヨーヨー釣り……」
「ドあほっ、お前、客のニーズっちゅうもんが全然分かってないなぁ。お前、平成生まれのくせして、脳ミソはホンマ昭和やで。俺が店の店長やったら、こんな夏祭りやのうて、グラビアアイドルが来るクラブに行くっちゅうねん!」
なんか、偉そうに講釈をたれる田中を見ていると、だんだん腹が立ってきたオレは、気づけば机の上にドカンと足を置き、社員全員を睨みつけタンカを切っていた。
「何やお前ら、偉そうにぐちゃぐちゃ言いやがって。何もせーへんよりましやろ! ちゅうか、夏祭りの案内、昨日の夜中に取引先全部にもう投函したったわ! ははっ、ざまぁ見さらせ、この企画、否が応でも決行じゃ!」
オレの必死の訴えに、事務所の中はしんと静まり返える。
しかし、課長だけは、オレの自作の招待状をじっと見つめながら、青白い顔でボソボソとオレに呟いた。
「なぁ本宮、お前、コレ ホンマに出したんか?」
「もちろん、出しました」
笑顔で答えるオレを、課長は一瞬睨みつけたかと思うと、いつもは温厚な課長とは思えないほどの大声でオレを怒鳴りつける。
「本宮ーーっ! お前、この『夏祭りの参加店舗様へは、1年間、ウイスキー山彦を10%オフで卸します』って、お前コレ誰の許可とってん!」
「え……10%くらい、ええやないですか課長」
「ドあほっ、山彦が一年でどのくらい出てんか知っとんか! 18万本や。ほんで、山彦は各飲食店でも人気商品やからウチが8,000円で店に卸してても、掛けてる利益はたった5%や。っちゅうことは、10%もオフしたら、店に1本卸すごとに約400円の赤字や。計算してみ……」
オレは、電卓を弾く。
▲400円 × 180,000本
「な……7,200万円の赤字!?」
オレはその金額に驚き、涙目で叫ぶ。
「どない、ケツ拭きさらすんじゃぁ、本宮ーーっ!」
課長の悲痛な叫び声が事務所に響き渡った。
こんばんは、あいぽです。
第3話まで読んで頂きありがとうございます。
熱血漢、本宮くんは、果たして「たいら商店」を救えるのでしょうか!?
物語は、いよいよ動き始めます!
ーーーー次回予告ーーーー
「山彦の蒸留所行って、ほんであそこの社長に値引き交渉してきますわ。ウチが10%値引いても、赤字にならんようなったらええんやろ」
「この、ドアホがっ! あそこの頑固オヤジがそんな条件飲むわけないやろ!」
オレは、鬼のような形相の課長を真っ直ぐと睨みつける。
第3話「頑固オヤジ」
山彦との値引き交渉何がなんでもまとめたる!