第1話 「たいら商店の危機」
あかん……。
この空気、オレ耐えられへんわ。
さっきから聞いとったら、今日のミーティングは何やねん。
揃いも揃って社長をはじめ幹部連中が大勢集まって、ただのボヤキ大会か。
さっきから聞いてると、言い訳と、ごたくばっかりやんけ。
オレの勤める「たいら商店」は、大阪の北区にある老舗の酒の卸問屋だ。
従業員は数十名の小さな卸問屋やけど、少数精鋭で北新地を中心に大阪北区の飲み屋への酒類の提供は、オレら「たいら商店」が独占でやってきた。
それというのも、創業者の平幹雄会長から続く、大阪ならではの義理と人情のなにわ節な営業スタイルが、大阪の飲み屋を支え、大阪の飲み屋もオレらを支えてきたからや。
オレは、入社三年目の若造やけど、この会社のそんな社風がとことん好きやった。
高校を卒業後、東京に憧れて東京の大学に行ったけど、大阪に戻ってきてホンマ良かったと思ってる。
しかし。
しかし、しかし、しかしーー。
今、ウチの会社は帰路に立たされてる。
今年に入ってから、ウチとの取引を断る飲み屋が増えてんや。
何やら東京モンがキタに攻めてきたんが原因らしい。
「青山カンパニー」っちゅう、東京で芸能関係のプロダクションを兼ねた酒の卸問屋らしい。
要は、酒買うてくれたら、おたくの店にええ女紹介しまっせ、って営業でキタに攻めてきてるらしい。
北新地の飲み屋言うても、最近は昔ほど景気良く華やいでる訳ではないから、モデルのたまご見たいなええ女紹介してもらえるんやったら、全然酒買うたるでって感じで、みな「青山カンパニー」になびき始めてきよる。
しかも、ヤツらはフランスの農家にもコネクション持ってるみたいで、ワインとシャンパンの品揃えがスゴイらしい。
サービスでも、品揃えでもオレらは負けてるっちゅう訳や。
だから、幹部連中ときたら、朝から頭抱えてボヤきが止まらへんようや。
「おい、本宮。お前、そんな怖い顔して幹部連中睨むなや」
会議室でとなりに座る田中が、オレをこついてきた。
「田中、お前、悔しないんか。このまま指くわえて東京モンにオレらの街、荒らされるん見とくんか」
「あほ、そやかて、どうしようもないから、幹部らも頭抱えてんねやろ」
……ちくしょう、どいつもこいつもアホ抜かしやがって。
オレは、もう我慢の限界になり、ついに机をドカっと叩き立ち上がり、叫んだ。
「社長、こんなん会議室で話ししてても意味なんかありゃしませんわ。オレ、もっかい今から北新地まわってきますわ!」
オレのその声で、会議室は一瞬静かになったかと思った次の瞬間。
「本宮、アホぬかせ。お前みたいなひよっこに何が出来んねん」
「アホは黙っとれ!」
ただせさえイライラしていた幹部連中は、オレの言葉に刺激されたのか、彼らはオレの席まで息巻いて飛ん来て、オレは彼らに揉みくちゃにされた。
「ええい、仲間でケンカしてる場合か、オレぁオレぁ……取り返したいんじゃ!」
「……彩未ちゃんをやろ」
ーー!!
オレと幹部連中のケンカに、いきなり田中が口を挟んできた。
そして、その田中の言葉を聞いて、幹部連中はさっきまでとは打って変わり、今度はにやけた顔で田中に詰め寄り始めた。
「おい、田中、何やねん、彩未ちゃんって」
「本宮の彼女か。いや、本宮、万年童貞やから女なんておるわけないか」
すると、田中はそんな幹部連中に向けて、自分のスマホを取り出しいじり始めた。
ちょ……。
おい、田中、あかんてそれ見せたら。
「おい、田中ーー!!」
オレは田中に猛突するが、それは一瞬遅く、田中が吹っ飛んだだけでスマホは幹部連中の手に移っていた。
「おい、何やこの女の子、めっちゃ可愛いやん」
「ってゆうか、顔は童顔やのに胸めっちゃ大きいな」
「……で、この子がなんなん? ただのおっぱいパブの姉ちゃんやん」
「いや〜皆さん、実はこの子はですね。本宮が……イデッ!! アホか、お前何さらすんじゃ!」
彩未ちゃんのこと、会社のみんなに見せられたオレは、腹が立って田中の腕に噛み付いたった。
だって、彩未ちゃんは関係ないやん。
風俗嬢とか、バラさんでええやん。
好きでやってんちゃうし。
オレの怒りは頂点に達し、会社の連中に叫んだ。
「彼女は、オレの大学ん時の東京の友達です! 」
「友達ぃ….。嘘やん、本宮、お前好きやってんやろ」
「……」
課長の言葉に、会議室に笑いが起こる。
いや、いや、オレにとっては全然笑えへん話やねんけど。
オレが、ずっと黙ってると、アホの田中がまたしゃしゃり出てくる。
「彩未ちゃん、実は青山カンパニーが東通りにある『パイの実』ちゅう、おっパブに紹介した女らしんですわ。こないだ、パイの実にコイツと酒入れに行った時、たまたま青山カンパニーの滝沢っちゅう営業マンが来てて、店長にこの子紹介しとったんですわ」
田中のその言葉に、オレはあん時ちょっと彩未ちゃんと喋った事を思い出し、悔しくて涙が溢れてきた。
そして気がつけば、スーツのジャケットの腕をまくり、会議室の机の上に登り、胡座を組みウチの社長に向かって言い放っていた。
「彩未ちゃん、騙されたんです。学生の頃からアイドルに憧れてて……ある日、青山カンパニーの滝沢にスカウトされたらしいんや。ウチの事務所入らへんかって。絶対にデビューさせたるって。そしたら、デビューどころか衣装代やらスクール代やら高っかい自腹ばっかきらされ、気づいたら借金まみれにさせられたらしいんや。ほんで、その借金返すために大阪に売り飛ばされたんです。オレ……、オレ……、絶対に青山カンパニーと、その滝沢っちゅう男は許せません!」
オレの講釈に、さっきまでざわついていた会議室は、しんと静まりかえった。
すると、ずっと口を閉ざしていた社長は、オレを睨み返し口を開いた。
「本宮、お前、その子のこと好きなんか?」
「好きで、悪いっすか」
社長は、腕を組みそっと目を閉じる。
そしてーー。
「本宮、お前やったらんかい! お前の力で、その女も、ほんでこの街も取り返して見せぇ!」
社長は目を見開き、普段の低い声がもっと低く聞こえるくら力のこもった声で呟いた。
「ええか、東京モンに大阪の底力見せたるんや!」
◇
そうさ俺にはやることがある 最高の未来この胸に抱きしめる
行け男よ グッドデイゆくぜ ルーティンで電車の中繰り返す呪文のように
そうさbaby おまえのハートに この世界中のあらゆる輝き届けるぜ
Oh baby グッドデイゆくぜ 最高の瞬間と永遠をおまえと感じたいのさ
剛者どもの夢のあと 21世紀のこの荒野に
愛と喜びの花を咲かせましょう 神様俺は今人生のどのあたり
そうLet's go
Easy Easy 転んだらそのままで胸を張れ
涙に滲んだ過去と未来 Oh baby俺は今日もメシ喰って出かけるぜ
Easy Go
詞 宮本 浩次
歌 エレファントカシマシ




