第一章 巣立ち 4
「直ぐに答えを出す必要はないよ。心の整理なんて、そんな簡単なことじゃないしね。ただ、早ければ早いに越したことはないけどね。」
ミゲルは、はははっと笑って見せるが、中々難しいかと心の中で独りごちた。
ただ、ようやく話すことができ、ミゲルにしてみれば良い機会になったという思いがある。
なので、ここら辺りで話題を変えて、本来の仕事に戻ろうとミスティに話しを促した。
「少しの休憩のつもりが、大分話し込んでしまったね。ボストフの奴、これだけ話してても、ちっとも気にならないのかな?」
2人の視線はボストフと二頭の馬に向かう。
至福の時間を過ごし、誰の邪魔も入らず馬を愛でているボストフの姿を見て、2人は呆れ、同じタイミングで溜息を吐き、顔を見合わせ、そして、笑った。
先程までの真剣な雰囲気から一転、ようやく普段通りの何気ない、いつもの光景。
2人頷き合い、ボストフに駆け寄り「さあ、そろそろ行こうか!」と急いで片付けに入った。
山道は崖に沿うように続いており、何度かのカーブを回って走っている。
およそ、1/3を登った辺りで、不意に微かではあるが音が聞こえてきた。
その音に最初に気付いたのはミゲルである。
「ん?何か音が聞こえないか?」
「ん?いや、何も聞こえないけどな。」
ミゲルの問いにミスティは返すが、続けてボストフは顔を歪めて音がすることに同意した。
「いや、待て。確かに何か聞こえるが、ハッキリはわからんな…。」
ミスティにはわからないが、ボストフが感じたことを確認して、ミゲルは警戒を一段上げる。
「ミスティ、あの先のカーブで一旦止まって欲しい。少し周りを確認したいんだ。」
「わかった。」
カーブ手前で速度を落とし、ミゲルとボストフは荷台から降りて山の上、後方に何もないか確認する。
ミスティは馬の手綱を取って前方確認を行なっている。
特におかしいことはなさそうだっと、最後にミゲルは崖下に広がる森を南側に見える村に視線を落とし、ゆっくりと北に向かって視線を流す。
だが、やはり何もないなと思った矢先、北方向の森から大量の鳥が飛び出して来た。
そして、微かにその辺りの木々が揺れているように見える。
「ミゲル、あの鳥が飛んでる辺り…。」
「あぁ、あの辺り、森が少し騒がしそうだね…。けど、なんだろう…。」
目を凝らしながら木々の揺れを見ていた3人は、その揺れが南の方に進んでいることに気付いた。
そして、その信仰先には川が流れており、ちょうど森の境界線のように見えるその場所で、揺れの正体を知り驚愕した。
まず姿を現したのはガリムライガーの群れだ。
ガリムライガーは猫種から派生したと言われているモンスター。
見た目はライオンのように見えるが、オスメスに関係無く赤い鬣を生やし、体格はライオンよりも一回り大きく、爪と牙は硬質化し、爪での一撃は容易く肉を引き裂き、噛まれれば一瞬にして腕を引き千切る威力を持つ。
紫の毛並みは美しいが、性格は獰猛である。
また、しなやかな筋肉は人間には脅威となる脚力を生み出し、獲物を逃がさないまさに野生のハンターである。
その野生のハンターが20匹を超え、森の中から川に向かって飛び出してきた。
普段は4、5匹で群れをなしている筈のガリムライガーが、この様に固まって行動することは稀であり、また後方を気にするように川を泳いでいる。
まるで、何かから逃げるように。
「なぁ、なんかすげぇ嫌な予感がするんだけど…。アレが飛び出してきてんのに、まだ森の木が揺れてるって、なんかヤバイ奴が…。」
いるんじゃないか?とミスティが言い終わらぬ内に、それらが森を抜けて川に出てきた。
姿を現したのはジストロールが5体とグラントロールが一体。
ジストロール。
又の名を悪鬼と呼ばれ、緑色の体色をした体長は2mほどの怪物。
猿種から派生したとされるモンスターだ。
ガッシリとした筋肉の鎧と重量のある太い腕を持ち、額には2本のツノが現れ、鋭い爪と異常に発達した犬歯が特徴的である。
また、筋肉の発達の為か、体毛は薄く人種に近づくような進化をしている。
そして、ジストロールの上位に当たるグラントロールは、別名を豪鬼と呼称される。
体色は赤黒く、体長は4mほど。
ジストロールをそのまま巨大にした体格をしている。
ただ、違いを挙げるならば、それは右手に握られている長さ3m、直径30cmほどの木棒。
道具を使うという知恵とそれを軽々と振り回せるジストロールを上回る筋力。
またボスザル同様、リーダーとして下位に当たるジストロールを従えている。
どの怪物にも言えることだが、野生の動物から派生し、モンスター化した個体は変異種と呼ばれている。
変異種は総じて種特有の身体的特徴が強化発達し、それに比例するように、長所及び短所に影響が現れる。
主に筋力、知力、視力などの五感、危機察知能力の向上や毒などの身体異常の耐性、そして、魔法や技法を有したり、属性耐性を持つなど、特異な力を得ている。
短所と挙げたが、生物の進化の過程で退化していく能力や身体的特徴があるのと同様に、モンスター化する事でその退化がより進行し、弱点となり得る箇所が発現することもある。
簡単に言えば、変異種とはいわゆるモンスター化した個体。それを超える危険なものは上位種と呼ばれる。
その上位種をさらに上回る危険種、幻獣種など、分類はまだまだあるのだが…。
今、遠目に見えているガリムライガーの群れとジストロール、そして、グラントロールの向かう先に視線を向けると、そこには自分達の村がある。
3人はその現実が受け入れられず、驚愕の表情のまま言葉を発することができない。
お互い顔を見合すそぶりもなく、暫くの沈黙ののち、先に我に帰ったのはミゲルだった。
「じょ、冗談じゃない!マズイ、マズイよこれは!あんな数が村に…、いや、数だけじゃない、豪鬼1体でも村のみんなじゃ手に負えないよ!!どうする…どうしたらいい…考えろ、考えるんだ……。」
その叫びでようやくミスティとボストフも我にかえる…と思われた。
が、実際には思考停止状態から、現状を把握した結果、2人に訪れたのは、混乱だった。
「嘘だろ、なんだあれ、何してんだ?村に向かう?何しに?違うだろ、ただの追っかけっこだろ?遊んでんじゃないか?村は大丈夫だろ、大丈夫大丈夫……。」
「ちょちょちょちょちょちょ、どんな、どんなだよ!!いや、無理じゃね?あれは無理じゃね?俺なんもできんけど、あれは無理でしょ、無理だろ無理無理ムリむり………。」
あいつら遊んでるんだなと現実から逃避しようとするボストフ。
かたや、ムダに騒ぎまくっているミスティ。
そんな2人の態度と言葉のせいで全く集中できず、考えの纏まらないミゲルが肩を震わせながら大きく叫ぶ。
「てめぇらちったぁ黙っとけんのか!!考えっこと邪魔すんなら、このまま崖に叩き落すぞぉーー!!」
普段、「僕っこ喋り」なのは、スクールやアカデミー時代に言葉遣いで田舎者扱いされるのを嫌ったが為に、昔に矯正したのだ。
村長の息子の言葉は、ナマっている。やっぱ田舎はそんな言葉遣いだよね、などと言われるのは、バカにされているようで癪に触った。
だったら、バカにされないように、ナマリを言わないようにしてきたが、やはり感情を吐き出す時はミゲルも田舎ナマリが出てしまう。
結果、あまりの迫力で、3人の中でも長兄のようなミゲルの叫びは2人を黙らせるのにかなりの効果を持っていた。
遠くの脅威より、身近の恐怖。
2人は大人しくミゲルを見つめ、静かに頷くのであった。