第一章 巣立ち 3
俯いたミスティを見て、ミゲルは言葉を選び間違えたと思い、焦りながら謝罪した。
「ご、ごめん、あの、口調が少し強くなったけど、決して魔法が使えないからって、馬鹿にしてる訳じゃないんだ!」
それを聞いて、ミスティは微笑んで「あぁ、うん大丈夫だ」と言い、話しを促した。
「その…、一般的には大体10歳前後で魔法や技法を発現するって言われてるよね?けど、カルナック村の人間はそれに当てはまらない人がいる。ミスティのように遅れて発現するならまだしも、発現しないまま一生を送った人も中にはいるんだ。」
ミスティはミゲルの話しを静かに聞いている。
確かに、一部の村人は魔法や技法を行使することができない。
ミゲルはその一部の村人に共通点があると言う。
「これは僕の考えなんだけど、おそらく僕やボストフは外両親が魔法や技法を使えたから、一般的と言われる10歳くらいまでには、発現したんだと思う。
それに、僕の母さんもボストフの母さんもこの村の出身じゃないことももしかしたら関係があったのかもしれない。
ミスティのお父さんとお母さんは、確か2人とも村で生まれ、育った人だったよね?」
「あぁそうらしいな。オトンもオカンもこの村で生まれ育ったって聞いた。んで、オカンは魔法は全く使えなかったのは覚えてるよ。周りのみんなに色々してもらってた記憶がある。オトンはどっちも使えたらしいけど、でも、そんなに強くなかったんだろ?どっちにしろ、2人とももういねぇしな、周りの話しでしか俺もわからんけど。」
そう、ミスティの両親はすでに亡くなっている。
毎日村の側に作られた畑で作業をしていたが、、その帰り道でガリムライガーと言うこの村の周りに生息している怪物に襲われてしまった。
ミスティが7歳の時のことである。
それが切っ掛けで、ミスティは村長の家で面倒を見てもらうことになった。
また、村長の孫であるミゲルとはそうした繋がりができ、より絆を深めた2人は、良き親友であり、良き兄弟として成長してきた。
だからこそ、ミゲルはどうしても伝えたいことがある。
それは…。
「ミスティ、十賢者の話しは知ってるよね?」
「えっ!?いや、まぁ名前くらいかな。後、昔の偉人で、この村を作った人もいるんだろ?つか、なんだよ急に話し変わんのかよ!」
急な方向転換か?とミスティは驚きながら返した。
「まぁ、そんなにズレてはないとは思うんだけど、まあいいさ。その十賢者なんだけど、簡単に言ったら君の言った通りさ、本当に簡単にしたらね。」
と、瞼を細め流し目で、少し口角を上げ、明らかに馬鹿にしたように、いやらしくミゲルは言った。
教わったりしてねぇんだから、そこはいいだろ!と言いってさっさと話しの続きを促す。
「僕がスクールの授業で教えてもらったのは、『十賢者は突然ある力に目覚めた。そしてそれは子供の時に発現したのでは無く、心も体も成長した、大人となってからだったと言われている』って言う話しだった。
そして、こうも言っていたんだ。
『魔法も技法も、発現した者は努力さえ惜しまなければ、その命が尽きるまで成長し続ける。それは十賢者が生涯を掛けて築いた偉業が物語っている。』って。
これを聞いて、僕は思ったんだ、もしそれが本当なら、今は魔法が発現できていない人でも、心も体も成長した時に、もしかしたら発現できるようになるんじゃないかって。
そして、覚えられたのなら、歳に関係なく、努力すれば力を得ることができるんじゃないかって、ね。
だから、僕は村に帰ってきてから、君に執拗に発現の仕方を教えてきてただろう?」
「あぁ、確かに…。しつこい上に、結構スパルタだったな。」
思い返せばミゲルは、規定通り12歳でスクールに入り、3年間のカリキュラムを終え卒業した後、その上にあるアカデミーに進学した。
アカデミーはある一定以上の力量を持つ者、貴族など位の高いものが入る専門の施設だ。
騎士を目指す者、魔法を深く学びたい者など、多種ある学科からミゲルは騎士を目指した。
そして、アカデミーを卒業してすぐ、ミゲルは村に帰ってきた。
大事な「家族」達を守るための力を得て。
帰ってきてからのミゲルは、暇を見つけてはミスティに魔法、そして技法の発現の仕方について教えてきた。
ただ、そんなことを考えた上で、あれほど執拗に自分に教えていたのだとは露とも知らなかった。
まぁできないだろうと否定的な思いしかなかった。
だからこそ、発現した時は自分自身呆気に取られ、逆にミゲルは泣きながらミスティを祝福してくれた。
「うん、無理にやらせておいてなんだけど、大分酷いことをしたと思うよ。それは、ほんとにごめん。でも、君は発現できたじゃないか!18歳にして、遅咲きの花が開花したんだよ!」
そう、その事実があるから、ミゲルは満面の笑みを浮かべてミスティを讃える。
そして突然、目が細くなり咎めるような視線をミスティにぶつける。
「ただ、発現したのはいい、いいんだけど、なんでそこから先に努力しようとしないんだよ!新しい力がどれだけ君の為になるのか、この小さな村だけじゃなく、もっと大きな『世界』にだって出ていける!守りたいものを守れる力を得られるかもしれない。君の選択肢は無限に広がったんだ!」
「……なるほどな。だからもっと真剣に習得することを考えろってことだな?……ただ、それは無理だ。」
ミスティははっきりと否定した。
そして、あまり言いたくないんだがっと、胸の内をさらける。
「正直、俺はこの力が発現したところで、今はもう全てが遅過ぎだ。オトンもオカンも死んで、怪物が憎くてしかたなかった。けど、欲しかった時にこの力は得られなかったし、スクールにも行けなかったしな。無力な自分を思い知らされて、どんだけ辛かったかわかるか?誰も助けられない。自分さえ守れない。今更、遅いだろ、ミゲル……。」
自分は無力で、何もできない。
10年以上も抱えていたコンプレックスは力を得たところで簡単には拭い去れない。
そして、それを誰にも悟られないようにグッと隠してきたのである。
しかし、ミゲルはそんなミスティの心情を知っていた。
いや、ミゲルだけではない。
ボストフや村の「家族」たちは、皆ミスティの心情に気付いている。
両親が亡くなり、必死に魔法を発現しようと、直向きに努力していた幼少期、スクールに入るための最終期日までに発現できず、泣き崩れていた姿を見ている。
それから一年余り、諦め切れずずっと影で努力してきたことも知っていた。
そして、突然それを辞めたことも…。
そう、みんな影ながらミスティを見守っていたのだ。
ただ、誰もその事に対して、声を掛けられなかった。
それはミスティの心が折れてしまったのだと「家族」達は悟ったからだ。
ミゲルはミスティが力を発現してから、この2年間何も言わずミスティの様子を見てきた。
だが、発現して以降、そこで満足したのか、努力をしている容姿はなく、毎日の仕事はしっかりとこなしているが、どこか無気力に見える時もあった。
そう、空虚と言ってもいいかもしれない。
そして、そんな姿を見続けるのはミゲルには耐えられなかった。
「弟」の「生きる」ということに対する活力がない、そうミゲルは感じた。
だから今日、ミスティにこれからどうしたいのか?と問い掛けたのである。
下を向き、視線を合わさず、心の内を晒したミスティ。
暫くの沈黙の後、ミゲルは真剣な表情になり、今まで言わなかった自分の気持ちをミスティに伝える。
他の「家族」達が言えなかったことを、おそらく「兄」である自分しか言えないと、ある種の使命感があったのかもしれない。
「ミスティ、君は気付いてないかもしれないけど、その辛いだろうことも、苦しんでいるだろうことも、僕は知っている。いや、僕だけじゃない。ボストフや村の「家族」達はみんな知っているよ。」
「えっ……?」
「気を遣って隠してたつもりだったのかもしれないけど、丸わかりさ。そりゃそうだろ、僕らは子供の頃からずっと見て来たし、周りは見守ってたんだ。そんな薄い付き合いじゃないだろ。大体君は、そんな器用な人間じゃないしね。」
薄っすら笑みを浮かべて、話しを続ける。
「でも、薄い付き合いじゃないといっても、絶望している君に掛けられる言葉を誰も持てていない。それはみんな、同じだからさ。簡単に…、そうほんとに簡単に…命を失うんだ…。明日、自分がどうなるのか、不安なんだよ。力がある者でも、不安なんだ。力がない者は余計に…そうだろ?」
「あぁ…、そうだな…。」
「僕は、怖いよ。自分がいつ死ぬのか…。剣を握って会敵しても、足が震えてる時もある。僕は弱虫なんだろうな…ははっ。」
怪物と相対した時の事を思い出したのか、ミゲルの顔は引きつった笑いに変わり、体を抱き込む様に両腕を回して小刻みに震えている。
「でも、それでも、僕は「家族」を守りたいんだ。力を発現してからずっと、大好きな「家族」を守りたいってその想いだけで僕は生きている。だから、もっと強くなりたいし、その為の努力は怠りたくない。そして、ミスティ、君にも努力して欲しい。
「家族」の為に強くなれと言うつもりはないよ。それは僕の想いだからね。だから、君には「自分」の為に強くなって欲しいんだ。僕は、君に死んで欲しくない。大事な「弟」が何もできずに命を手放すようなことになって欲しくないんだ。生きるんだ、生き抜く為に…。」
真剣な眼差しでそう言葉を続けるミゲルの想いを、ミスティは嬉しく思う。
だが、やはり直ぐにはその想いに答ることができずに、「ありがとう…。」と「少し考えさせてくれ」と言うのが精一杯だった。
ただ、こうしてミゲルの想いを受け取ったことが、これからのミスティの人生に多大な影響を与えることになるのだが、今はそれを知る由も無い。