第一章 巣立ち 1
カルナック村
季節はもうすぐ夏を迎えようとしている。
時刻は朝の7時過ぎ。
すでに太陽も顔を出し、天気は快晴といってよいだろう。
徐々に気温が上がっていく日中を避けるため、村のほとんどの人がすでに活動を始めている。
今、村の正面門の側に、一台の荷馬車が停まっている。
荷馬車には二頭の丈夫そうな馬が繋がれており、目の前に置かれた桶に顔を下ろし、桶いっぱいの飼い葉を黙々と食べている。
荷台には木箱や樽が置かれており、中には今日売りに行く野菜や果物、薬草や動物の皮などが入っている。
荷馬車の脇には同じような箱がまだいくつか積まれており、青年が一人で積荷を乗せている。
彼の名はミスティード、年齢は18才。
ダークグリーンの髪は、若干くせっ毛で、襟足が跳ねている。
ダークブラウンの瞳を持ち、目尻は少し垂れ気味の細身の青年だ。
この村で生まれ、物心ついたころから村の仕事の手伝いをしてきたこともあり、手早く積荷を乗せている。
最後に荷崩れしないように紐で固定し始めた、そんな時。
村の奥の方から二人の青年が荷馬車に向かって近づいてくる。
二人とも何かの動物の皮で作られたレザーアーマーを着込み、腰には剣を携えている。
二人の内、大柄でどっしりした体格の短髪の青年が繋がれている馬の様子を見にいくと離れていき、もう一人の眼鏡を掛けた理知的な青年は荷台を覗き込みながら、声を上げた。
「おはようミスティ!どうだい?準備は終わりそうかい?」
「あぁ、おはようミゲル!悪い、もう少し待ってくれ、これを固定したらいつでも行けるから!!」
「うん、わかったよ。でも、大丈夫、急がないからさ。移動中に荷崩れして荷物の下敷きに…なんて、嫌だからね!しっかり頼んだよ!」
ミゲルと呼ばれた青年、ミゲイル=カルナックは微笑みながらミスティードに話しかけ、お互い愛称で呼び合う気安い仲である。
ミスティードも「任しとけって!」と胸を張っている。
そして、ふと疑問に思ってミスティはミゲルに問いかけた。
「あれ?そういや、ミゲルだけなのか?今日の護衛はボストフも一緒だって聞いた気がするんだが…俺の勘違いか?」
「いや、来てるよ。あれだよ、いつもの彼の病気だよ。」
「あぁ、あの病気か」
荷馬車の裏側からコソッと顔出し、馬の方を覗いてみると、馬の首に両腕をしっかりと回して、鬣を撫でながら、頬をスリスリしている、ボストフが目に入る。
「まぁ、なんだぁ、あれだけ愛情込めて可愛がってくれるのは、世話してる俺からしても、微笑ましいんだけどさ……。早めに引っぺがさないと、一日中馬に抱きついたままだぞ、あいつ…。」
ミスティは苦笑いを浮かべ、ミゲルに「ボストフの手綱を締めてくれ」と、茶化しながら、ボストフを呼ぶように促した。
「はははっ!確かにこのままじゃ仕事どころじゃないね。おぉい、ボストフ!そろそろこっちに来て今日の予定の確認をしようよ!」
その声を聞いて、ボストフは名残り惜しそうに二頭の首を撫でてから、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。
ただし、顔だけは馬の方を向いたままである。
「どんだけの馬好きだよ!」
と、ミスティは笑いながら言い、ミゲルは若干呆れ気味にボストフに話しかける。
「スクールに通ってた時に、馬に乗った騎士に憧れを抱いたのはわかるけど、馬にまで心酔するって、ないよねぇ…。ボストフ、やっぱり君は病気だね。」
最後はイタズラっぽくミゲルに言われ、ボストフは恥ずかし気に顔赤くして答える。
「い、い、いぃだろう、別に…。騎士にはなれなくても、騎士達が言っていたように、馬は戦場で自分の命を預ける大事な心友なのだから!」
「あぁ、そうだね。馬は大事な心友だよ、で、今日の予定なんだけど……。」
ボストフの口調がだんだん強く変わりつつあることに気付き、このままでは熱弁されて、話が進まないと感じたミゲルは、強制的に話題を変えて話を進めた。
三人の仕事の内容はというと、村で取れた野菜、果物、薬草など、多数の品を持って隣街へ輸送し、商会に届けることだ。
山奥にある閉鎖的な村ではあるが、孤立無援では生活していくのは困難である。
その為、基本的には自給自足ではあるが、余剰に取れた作物や、森に自生している果物、薬草、また動物の皮や牙などを商会に卸し、買い取ってもらう。
そうして得た収入で国に対する税金や、薬や必要な生活用品の購入などに当てて生活の安定を図っている。
三人の役割分担としては、ミゲル、ボストフ両名は荷馬車の護衛である。
ミゲルは風属性と土属性の魔法と技法が使える魔法剣士であり、ボストフは土属性と水属性の技法を使う戦士だ。
二人の技量は村では上位に位置している。
そして、ミスティはというと、荷馬車の御者である。
普段は村の中で育てている、家畜の世話を仕事として受け持っている。
合わせて、馬の躾、手入れなど、動物全般を受け持ち、またボストフ以上の愛情を持って、動物達に接している。
その愛情ゆえか、二頭の馬はミスティ以外が指示を出しても、なかなか言うことを聞いてくれないため、必然的に御者も引き受けることになったのである。
そんな生活も10年以上が経っている。
すでにベテランの風格を醸し出すミスティ。
ミスティの2つ歳上のミゲル、1つ歳上のボストフの幼馴染三人は、これからの予定の確認を終え、出発前の残りの仕事を片付け始めた。
ミスティは馬の食べ終わった飼い葉桶を片付けに、ミゲルは積荷の最終確認、ボストフは3人と馬たちが飲む水を桶に詰めて、馬車へ積み込んでいる。
そして、ようやく準備が整い、目的地である隣街「オートリード」へ向けて荷馬車を走らせた。