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悪役令嬢は騙されない!  作者: サイコロ
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第4話

アーサー視点のお話です。

 12歳、まだまだ未熟で剣の腕も統率力も無く父親の期待に押し潰されそうになっていた時である。自分を追い詰めるように伝染病が蔓延(まんえん)し、多くの人が苦しんだあの頃。


 一通の手紙が届けられた。


 相手はジール公爵家の娘さんで、俺ではなく父親宛てだったのだが、あの筋肉父親(バカ)は脳内も筋肉になったのか、美しいと騒がれている令嬢からの文に「頑張れよ」とだけ口にし、早々に鍛錬場へと戻りやがった。いやいや、婚約者がいらっしゃるのに何を頑張れというのか。


 俺は護衛役2人を連れて馬を走らせ、早急にと書かれた文字を指で撫でた。

 走り書きされたかのような少々荒い文字は、所所(ところどころ)インクが擦れている。早急にの所だけ、赤い線ラインが引いてあって見やすいなと感心もした。




「ラティユイシェラ嬢から手紙が送られ、参上致した所存です!私はアレクシス・アルバート騎士団長の息子、アーサー・アルバートで御座います」


 護衛役2人は出てきた使用人達に夢中で、俺はもう1人の使用人の後を追って大規模な温室庭園の一角に建つ小部屋へと通される。


 そこで柔らかな白金の髪を粗雑に纏め上げ、白魚のように滑らかな肌は所所インクの墨だらけ。

 魅入る金の瞳は充血していて、その周りには何百枚という小部屋では収まりきらないバラまかれた紙の束。一つ一つの紙には数式と文字が埋め尽くされていて奇妙な光景だった。


「・・・アキさん、そちらの方は」


 戸惑うように揺れた金の瞳に我に帰ると、先ほど同様に挨拶を少し慌てて(おこな)ってしまう。


「子息様!?」


 驚いた顔で見上げられると、俺だって頷くしかない。嘘はついていないのだから。

 ラティユイシェラは墨だらけの指で顳顬(こめかみ)を掴むと、何やら考えてから青い液体を机に置いた。

 深みある青い液体は丁重に小瓶に入れられており、ラティユイシェラは真剣な瞳でその小さい口を動かす。



「いま流行っている伝染病の治療薬です」


 当然信じられなかった。

 自分と然程違わない年齢の令嬢が、治療薬を作ったというのだ。

 騙しているのか?どうして、何のために。ぐるぐるとあらゆる思考が交差して、巫山戯るなと怒鳴りたかったが、落ち着いた金の瞳にそんなことは出来なかった。


「…伝染病の原因はグニルという赤い花の雄蕊(おしべ)です。何もしなければ無害な花なのですが、戦場での火花などがグニルの雄蕊に触れると、毒素を出すのです。一度毒素を出したグニルは、その花粉すら毒素を含んでいるので風に煽られた花粉は人間に付着し、伝染病に繋がったと思われます。」


 ただの妄想、戯言だろうとも思った。

 しかし伝染病が蔓延し出したのは最近戦があった地方が多く、父親と宰相は相手国が良からぬ物を持ち込んだと踏んでいた。


「これがグニルの雄蕊から抽出した液体(エキス)です。見ての通り真っ赤で、こちらが…」


 コト…っと置いた小瓶には血液のようなものが入っている。


「伝染病患者の血液です」


 何て物を持ち込んでいるんだ!と狼狽(ろうばい)するが、口を挟むつもりは無かった。


「伝染病患者の血液を様々な草花と照らし合わせるとグニルという花の雄蕊にだけ反応がありました。また、抽出した液体にミヤの葉とメリアスの葉を2:6:2の割合で混ぜると赤いグニルの液体が消滅し、濃紺色(ネイビー)の液体だけが残ります」


 ラティユイシェラは一呼吸空けて喉を鳴らした。


「・・・すぐに効果がありました。服用した直後軽い目眩はありますが、すぐに無くなり改良を重ねれば紛れもなく妙薬です。幸いミヤの葉、メリアスの葉は安値で買え揃えますし治る病気なのです!」



 この令嬢は何をした、まさか自分で試したのか。死ぬかもしれない伝染病を、恐ろしいまでの行動力と根拠のある言葉。

 アキさんと呼ばれた使用人も経験済みだという。

 アーサーが驚いたのはそれだけではない。使用人達の揺るぎない信頼は何者にも代え難いものだ。こんな少女が作ったという治療薬を信じた結果、生きている周りの人間。周りが全員嘘をついている可能性も無いとは言い切れない。



「・・・言いたいことは理解した、だがそれだけでは信じられない。こちらでも使用してみよう、もし効果があるならば沢山必要になる。ラティユイシェラ嬢は薬剤師が作れるように紙に書き連ねておいて欲しい」



 これが、今思えば初の大きな任務(ミッション)だったと思う。宮廷薬剤師に手法を書いたメモを渡し『これは凄い』と声を揃えて言われた時は驚いた。反応は確かにあり、消滅もし且つ大量生産できる。ラティユイシェラが言っていたことと同じことを言っていた。

 アーサーは次に護衛役の2人に伝染病が蔓延している地域に伝令を頼んだ。

 各部署に薬剤師を配置し、大量に作っては地域に届け、騎士団を動かしグニル対策を施す。

 グニルは毒草として危険視されてしまったが、すべて撤去はしなかった。




「ありがとうございます、アーサー様の迅速な行動で多くの命が救われたことでしょう」


 目の前の少女はラティユイシェラ嬢だ。相変わらずインクの墨まみれで、お辞儀をする彼女は謙虚である。

 ーー俺は何もしていない。全てはこの治療薬を作ったラティユイシェラ嬢の働きだ。


 改めて見ればこの小部屋は化学瓶が幾度となく立てかけられ、大きな机の周りには反応のなかった草花の名前と、それの計算式が書かれてある。

 無意識に壁や机にも文字の羅列が隙間なく埋められて、才能というものを肌で感じた。


「そこで一つ相談なのですが、この薬は安値で買えるようにして下さい。儲けたお金は貧しい地域の水路経路や土地開発の足しにして貰えればと思います。そして最後に、私の名前は出さないで貰いたいのです」



 公爵令嬢なのに無欲というか、ラティユイシェラは言った。偶然に出来たものだと。

 どこが偶然なのか、自分に無いものを持っているラティユイシェラに興味を持つには時間はそう掛からなかった。


 ラティユイシェラはその後、数々の原因や治療薬を見つけてはアーサーに押し付けるようになる。



 クスクスとアーサーの隣で笑うラティユイシェラはあの伝染病を治す妙薬に名前をつけた。


A(アーサー)03(ゼロサン)っていうのはどうかしら?」

「…やめてくれよ」


 海のように深い濃紺色が俺の髪色と似ているからだそうだ。


「あらどうして?私、貴方の髪色綺麗で素敵だと思うわ」


 悪戯っこい笑みでそう言われたアーサーは、赤く染まっているだろう顔を背けて微笑んでしまう。

 父親と国王にこっそり伝染病の件を話したのは内緒だ。



 同じクラスになれて実はとても嬉しい。他人行儀な喋り方も、別にいいと思っている。

 明日から隣の席で、休日にはあの庭園へお邪魔しよう。


 ストーカー気質の生真面目騎士(ナイト)は、ラティユイシェラに見えないよう横顔を眺めて、優艶に微笑むのであった。




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