第1話
書き直したものです。
暇つぶしに読んでいただけたら嬉しいです。
ーー生まれた時から記憶があった。
黒髪黒目の自分が意味もなく生きていた頃の記憶。特に何もせず、のらりくらりと近場の大学に行き、見意味に過ごしてきた頃の記憶が。
そんな無意味な自分の最期は誰かに突き飛ばされてトラックにドン。という感じだが、突き飛ばした相手の顔など毛ほどにも思い出せず、鈍い痛みと青空を見上げたことで、自分の死は受け入れられた。
受け入れられたのだが、次に目が覚めたのが赤ん坊の自分なのである。そりゃあ初めは混乱した。
顔を覗き込んでくる女性や男性は、やれ美人だやれ男前だと思える人ばかりで其の全てが外人で眼鼻立ちが整った美形さん揃いなのだから。
「ラティユイシェラちゃん」
3歳になった今の私、ラティユイシェラはこの国の言葉を覚えた。日本語と全く違うそれは、発音は勿論、文字すらものうのうと大学で生きていただけのラティユイシェラでは覚えるのも難しく、3年もかかったと言い訳させて欲しい。
未だに片言でしか話せない。
「おかあさま、なに?」
白金の髪を纏め上げてラティユイシェラを呼ぶ母親に顔を向けると、にっこりと淡い金の瞳が細められる。
神秘的で素敵な顔立ちをそっくり受け継いでいるラティユイシェラは、生まれただけで運を使い果たした気分だ。肝心の父はこの国の重役だそうで、会ったことはあまりないが、優秀な方だと聞いている。
「会わせたい方がいらっしゃるの」
抱き上げてくれた母の袖をキュッと掴み、客室へと歩いていく。
まだ母親と使用人しか知らないラティユイシェラの世界での新しい来訪者は誰なのか、3歳のラティユイシェラは期待に胸を高鳴らせて其の扉の奥へと金の瞳を輝かせた。
そこで待ち構える美少年を瞳に映した瞬間、ラティユイシェラは一目惚れという恋に落ちたのだと実感する。
「お初にお目にかかります。シンア・タウフェル・レヴィンソンと申します」
ーー烏の濡れ羽色の懐かしい黒髪に紫水晶を嵌め込んだ大きくて零れそうな瞳に、私の心ごと吸い込まれた。
凛とした声音とにっこりと微笑んだ美少年に目を奪われながら、シンアは続けて言葉を紡ぐ・・・この国の第一王子です、と。
前世のラティユイシェラは何に対しても無気力で、テストなども赤点でなかったら良いやと思っていたものだから、向上心が皆無だった。其の向上心が来世で生を受けた今ラティユイシェラの胸の内に燃え広がる。
ーーこの人に釣り合うような女性になりたい。
そこからは必死だった。
大体理解していたら良いやと思っていたこの国の言語を完璧に習得し、歴史、計算、対話術、礼儀作法とありとあらゆる必要になるであろうものから、草の種類まで何かに憑かれたかのように没頭した。
そこで驚くことがある。前世のラティユイシェラは机に向き合おうとしなかっただけで、スラスラと吸収する今、勉強が好きなのではないかと。楽しいのだ、世界が広がるこの瞬間が。一つを覚えるごとにシンアの役に立てることが増えたと思える。
そうして机に向き合っていくうちに落ち着いた庭園に個室を置かれ、ラティユイシェラは益々没頭するようになった。
*
あっという間に12年経った頃、私立リヴァーヴ学園から招待状が届く。この国の規則で15歳から自身に合ったレベルの学園から紹介状が届くのだ。皆初等部から良い学園に行く為に高評価の学園へ行って才能を活かしたり、学力を身につけたりする。行くも行かないも個人の自由だ。
リヴァーヴ学園とはこの国一番の進学校で、エリート回廊まっしぐらと謂われている。そんな学園からお誘いが来たということは今までの勉強が無駄では無かったと意味する。ラティユイシェラは喜んで申請の書類を送った。
それが悪夢の幕開けと知らずに。
桜が咲き誇る豪華な正門を馬車で潜り抜け、先日届いたばかりの白い制服に身を包む。きちんとした格好なんて、夜会や表沙汰以外では初めてのことだった。
既に体育館のような大ホールに紹介状が届けられたであろう名を聞いたことのある子息令嬢がズラリと並んでいる。そんなラティユイシェラも指定されている位置に向かうと腰掛けた。
全員が揃ったのか、理事長らしき人の有難いお言葉を長々と聞かされるが、それでも子息令嬢は生まれた頃から鍛えられている剛金の精神でにこやかに話しを聞く。
ラティユイシェラもそうだが、こんな数が延々と微笑みながら聞く様は壮大だ。理事長の長々しい話は終わり生徒会長からの答辞に入る時、其の光景にラティユイシェラは倒れそうなほどの頭痛に襲われた。
「ようこそリヴァーヴ学園へ。私は生徒会長をしているシンア・タウフェル・レヴィンソンだ。この学園は知っていると思うが甘くはない、それ相応の才が求められる。蹴落とされないように皆自分の才を幅広く知り、是非ともこの国の支えになるよう精進してくれ」
ーー声変わりが済んだのか、凛々しくなった声音と美少年から美青年になった私の想い人。どうして忘れていたのだろう、こんな、最悪な出会い。
前世、誰かにしつこく勧められた乙女ゲーム。Black Bad の主要キャラ、第一王子のシンア・タウフェル・レヴィンソン。
危うく騙されるところだった。いつも甘い顔を被せて品行方正、惚れている私を裏で操り主人公に自分しか味方は居ないと洗脳させる。
陰湿でネチっこく、狂気じみたキャラは安定の人気を誇り、またグイロテスクな描写が官能的で話題だったらしい。
私は裏で操られる婚約者キャラ。一目惚れも入学も、全てはシナリオ通りだったということだ。
ふつふつと浮かび上がる怒りに、思い出した衝撃で頭を抑える。ジール家の公爵令嬢である私がこんな頭痛程度で倒れるわけには行かない。新入生代表入学証書があるのだ。
ほのかに軋む舞台階段を上り、理事長から入学証書を受け取る。俯いた体勢で、舞台袖から目を見開いているシンアの表情は見えなかった。