頭蓋館事件⑦
回避や防御の隙も与えず──燎子の放った強烈な一撃は、敵の体を斬り裂いた。
マジュウは真っ二つになるかわりに、傷口から這い出た炎に包まれる。
業火に焼かれもがきながら、彼は今度こそ絶叫した。
「何故だぁぁ! 爆発以前にあれだけ鼻がいいなら、耐えられるはずないだろぉぉぉ!」
腕を下ろして大きく深呼吸をしていた燎子は、ひととおり息を整えると、
「……全て焼き尽くしただけです。……とっさに息を止め、臭いを嗅いでしまう前にガスを焼き斬ったのですよ」
「な──馬鹿な!」
「……私のライター、少し『曰く』付きでして。……長くなるので詳しくは言いませんが、まあ、よくある設定ですね」
「いやないだろ!」
「……とにかくこの炎は、『適合者が指定した物』のみを焼き尽くす。……逆に言えば、一度私が望めば、それがどんなモノでも焼き斬ることができるのですよ」
だからやたらと「燃やして燃えない物はない」と連呼していたのだろうか? タネもシカケもあった物ではない。完全な荒業、力技である。
斬り捨てられた彼は、呆然とした声で、思わず零れたのであろう言葉を呟く。
「な──なんじゃそりゃ……!」
ぶっ飛んだ説明──漫画やアニメ等における異能力の「拡大解釈」じみた──に着いて行けない様子のマジュウを他所に、燎子はライターの蓋を閉じた。
そうして炎の刃を消すと、淡々とした口調で、さらに意外なことを話し出す。
「……ところで、私は先ほど推理的な物をお聞かせしましたが……実は、黄太郎さんがニセモノであることは、ここに来る前からわかっていました。……そもそも、碧花さんの話を聞く限り明らかにおかしかったですし」
「……な、何を言って……」
「……そして、そのことは、本当は彼女も──碧花さんご自身もわかっていたのです。……わかっていながら、私に依頼して来られたのですよ」
「なんだと⁉︎ そ、それじゃあどうして碧花は!」
「……遺産を、みなさんと公平にわける為です」
その言葉に、老人はハッと息を呑んだ。
「……碧花さんは、初めから一人きりで相続などしたくなかったそうです。……できることなら、他のご家族の方と平等にわけ合いたいと考えていた……。
しかしそんな矢先、突然生き別れの弟なる人物が現れた。しかも、どうやらそれは遺産を独り占めさせまいとする、北郷さんたちの策略らしい。──碧花さんは、とても悩んだと仰っていました。このまま彼らの計画に騙されたフリをしてもいいが、それが正しいことだとは思えない。……血は繋がらなくとも“家族”である以上、ワダカマリは作りたくないと考えたのです」
「では、わざわざあなたを家に招いたのは……」
「……ええ。……無理にでも黄太郎さんの正体を暴いた上で、他のご家族の方々を許す為でした。──そもそも、本物かどうか確かめたいのなら、DNA鑑定でもなんでもすればいいだけですし」
「……碧花」
静かに娘の名を呼んだ彼は、観念するように空を仰いだ。
マジュウは雑草の中に跪き、後悔に満ちた声でこう続けた。
「……私が、あんな遺言状を書いたばっかりに……すまなかった……!」
直後、彼のお面に亀裂が走る。それは瞬く間に全体へと広がったかと思うと、光となって弾けた。
例のディックに似た老人の素顔が、そこに現れる。
同時に、体の方の炎も消え、巨大な昆虫の甲殻や、「ザ・親父」と言った服装は、舞い上がる無数の灰へと変わった。灰は黒い蝶のように、ヒラヒラと風に乗って飛び、やがて消えてなくなる。
燎子は突っ立ったまま、蜩の鳴き出した空を見上げていた。彼女の横顔に、倒れたままの紫郎が声をかける。
「……私の完敗です。何度蘇生しても、あなたには敵いそうにない……。ですが、お陰で気が晴れました。ありがとうございます」
「……私は何も……たいしたことはしていませんので」
「ご謙遜なさらないでください。……娘の依頼とはまた別で、お礼をさせていただきたいほどですよ」
「……ソンナ、オ気遣イナク」
言いながらも、燎子の左手は「OK」を半転させて寝かせた形を作っていた。
「ははは、露骨ですね。まあ、構いませんが」
「……さすがに冗談です」無表情の為わかり辛い。「……そんなことより、一つ教えていただきたいことがあります」
手の形をやめた彼女は、仕切り直すかのように目を伏せてから、
「……あなたに、その力を与えた人物についてです。……彼──あるいは彼らと接触した時のことを、教えてください」
「もちろんです。なんでもお供述し致しますよ。……ただ、少し休んでからでいいですか。年甲斐もなく無茶をしたせいか、とても疲れました」
「……わかりました」
心なしか穏やかに聞こえなくもない声で答えると、彼女は紫郎の方へと歩み寄り、無言で手を差し出した。彼は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに節くれだった手でそれを握り返す。
立ち上がった老人の表情は「憑き物」が落ちたかのように、実にサッパリとしていた。
──かくして、頭蓋館での奇妙な依頼及びマジュウ狩りは、誰一人傷付けることなく幕となる。
はずだった。
──目を醒ました「その存在」が、館の中から乱入して来なければ。
それは、勝利の一服なのか、懐から取り出した煙草を一本咥えた燎子が、火を点けようとした時だった。
──突如、中庭を囲む壁の一部が、内側から突き破られたのだ。
二人は同時に、喫驚した顔を音のした方へ向ける。二枚にわかれヒシャゲた鎧戸や、煌めくガラスの破片を飛び散らせながら、それは草むらに着地した──かと思うと、地面を蹴り付け、白い疾風のように彼に飛びかかった。
「え?」
老人が喫驚の声を漏らした刹那──
そいつの右腕が彼の胸から生えていた。
紫郎は二つの目玉を動かして、自らの体を見下ろした。
直後、「その存在」は血塗れの右手を引き抜く。
栓が外れた反動で鮮血がバシャバシャと噴き出し、雑草の上に降り注いだ。それを目の当たりにした燎子の口から、咥えていた煙草が零れ落ちた。
「……紫郎、さん……?」




