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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
急──コラージュ編
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エピローグ

 ──約一週間後。

 そこは、よく冷房の効いた病室だった。カーテンの開かれた窓が真夏の街並みをシラジラと映し出し、その向こうから、喧しい蝉の声が染み込んで来る。


「ホホーウ、それではやはり、全く何も思い出せないわけですねー? 完全に記憶を失ったまま、と」

「……え、ええ」


 部屋の(あるじ)がベッドに腰掛けたまま答えると、その若い女はワザとらしく頷いた。


「なるほどなるほどー、よーくわかりましたー。──おそらく、それも()()()()()でしょう。あの霧にはいろんな作用がありますからねー。

 と言うわけでー、こちらをどうぞー。霧の毒には、甘い物がよく効くそうですよー?」


 そう言って彼女が取り出したキャラメルの小袋を、彼は戸惑った様子で受け取った。


「ではではー、私は失礼させてもらいますー。あなたの処遇に関しては、担当の者がまた報告に伺いますのでー」


 何かに言いたげな男を残し、彼女──小栗は病室を後にした。

 廊下に出た彼女はその階の片隅にある喫煙所へと、足を運ぶ。

 ガラス張りの戸を引いて中に入ると、そこに同年代くらいの女が一人、煙草を燻らせていた。右手は木乃伊のように包帯を巻いており、端正な顔のところどころにも、消えきらぬ傷跡が見て取れた。

 小栗は提げていたコンビニの袋からトマトジュースを取り出し、ストローを突き刺しつつ、


「……本当によかったんですかー、会って行かなくてー」

「……ええ。私はもう無関係ですから」


 そっけなく言い放ち、先客──篝燎子は灰を落とす。


(とか言いつつー、ここまで来てるクセにー)


 彼女は何も言わずに、しばしリコピンを補給していた。

 ほどなくして、短くなった煙草を揉み消し、燎子が腰を上げる。


「……事務所に戻らなければならないので、私はこれで」

「あー、待ってくださいよー。せっかくですし送って行きますからー」


 二人は、紫煙の烟る喫煙所を後にした。


 ※


 寂れた雑居ビルの二階、探偵事務所の中で、燎子たちは向かい合って座っていた。

 応接用のソファーのうち、依頼人が座る側の物に腰下ろした宰が、オズオズと口を開く。その左頬には、どう言うわけか未だに絆創膏が貼られていた。


「でも、本当によかったんですか、()()()()()で。一応、観月(ねえ)たちも黒巫女だったのに……」

「……まあ、あの二人は『蟲』の売り渡しには直接関与していなかったようだし。先週起きたマジュウ事件は、全て私が解決してしまったから」

「なら、よかったですけど……あ、でも、碧花さんたちには見事に逃げられちゃいましたね」

「……不覚だった。あそこで力を使い果たさなければ……」

「あれ? てっきりワザと見逃してあげたのかと……」

「……違イマス。そこまで甘くない」


 相変わらず無感動な声で答えた彼女は、「君の方こそ」と質問に転ずる。


「……ずいぶん簡単に許したね、センパイたちのこと。正直、もっと悩むと思った」

「いやぁ、まあ……。確かに、朔(ねえ)のことは哀しいですけど、観月(ねえ)が十分苦しんで来たのも、よく伝わりましたから。……それに、()()()()()()()()のは、もう僕だけですし」

「……君は、意外と逞しい」

「いや、そんなことないですよ。僕なんて全然」

「……謙遜しなくていいよ。……あの時も、君が勇気を見せてくれたから、私は頑張ることができた。だから……今更だけど──」


 言葉に迷うようにわずかに言い淀んでから、燎子はまっすぐに視線を向け、


「ありがとう」


 混じりっけのないその一言を発した。

 そして、その瞬間。

 彼女は──()()()()

 白い頬を仄かに染め、えくぼを作り、小さな歯を零して、少女のような無垢(あどけな)い表情で。

 出逢ってから初めて見るであろうまともな──それも華やぐような──笑顔に、少年は思わず見惚れてしまったらしい。とっさに返事もできぬまま、ボンヤリと頬を染めて固まっていた。


(今、笑って──)


 が、次の瞬間には、とびっきりの微笑は幻のように消え去り、そこには普段どおり能面ヅラがぶら下がっていた。ガックシと肩を落とす彼を、煙草を取り出した燎子は不思議そうに見返す。


「……どうかした?」

「な、なんでもないです……」


 いろいろな意味で残念そうな少年を他所に、彼女は煙草を咥え、百円ライターで火を点けた。


(……でも、このままバイトを続けていれば、また見られるかも知れないよね? この女性(ひと)の、笑顔を)


 宰は自らを鼓舞するように、さりげなく両手を握り締めた。

 ──そして、一旦会話が途切れたところで。

 コン、コンと、彼の背後のドアがノックされる。


「もしかして、依頼ですかね?」

「……かもね。──どうぞ、お入りください」


 探偵が声をかけると、控えめにドアが開かれた。果たして、そこに現れたのは、どうやら本当に依頼人のようだ。


「……こちらでお話を伺いますので、お座りください」


 立ち上がった宰が流しに向かうと、燎子は客人にソファーを勧めた。二人の探偵業が、ようやく本当の意味で、始まろうとしていた。

 ──季節は夏。足早に過ぎて行く八月は、後もう少しだけ続く……。


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